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最近の無気力とひとりの時間

最近自分のやりたいことがない。ワクワクするようなこと、これだけは成し遂げたいというような“何か”がない。大学一年生の頃は毎日楽しくて仕方なかったし、色々なイベントに参加していた。イベントへの参加や一人旅は自己満足だったかもしれない。それでも日々充実していた。ワクワクすることに満ち溢れていた。

今も十分楽しい。むしろ今が一番楽しい。学ぶこともより専門性が高まり、将来のビジョンも以前より具体性を増した。しかし、空きコマにふと不安になる。やる気が湧かないのだ。何をしていいかわからなくなりとても不安になる。ジャーナリングだって瞑想だって昼寝だってなんだっていいはずなのに有意義な時間を過ごせていないことに罪悪感すら感じる。

なぜただ時間を”生きる”ことができなくなってしまったんだろう。高校生の頃だって何も考えなくても楽しく幸せに生きていられた。暇な時間、自由に過ごせる時間が大好きだった。絵を描くことや本を読むこと、お散歩することが好きだった。今はそういう時間がない。毎日課題とバイトと日々のTO DOに追われている。それでも自由な時間がないわけではない。映画を見る時間や少しのお出かけなど恋人との時間もある。

では昔と今の違いは何なのだろう。
常に無気力なことやこれまでできていたことができないのはなぜだろう。

おそらく次の二つが理由だろう。
一つ目は、自由な時間も”しなくてはいけないこと”に追われていることだ。私の特性の一つとして期限ぎりぎりまで手をつけない、始めないというものがある。これは課題が出るたびにすぐに終わらせてしまうことやTO DOを視覚化することによって少しは改善することが出来るかもしれない。
二つ目は、一人の時間を大切にしなくなってしまったことだ。私は一人の時間が苦手だ。一人旅もすぐに寂しくなってしまうため向いていない。他者との会話を通してアイデアを出したり、自分と向き合う方が得意である。しかし、今この文章を書きながら自分と向き合うこの時間がとても楽しい。文章を書くことで一人でも自分と向き合うことができそうだ。

子供の頃ただただ過ごしていた時間も私はずっと考え事をしていた。想像の世界にずっと浸っていた。今も考えたいこと、想像していたいことが多くある。noteを通して考えを深め、自分を理解し、自分の世界を作っていきたい。

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