2.家出と家族愛の話


忘れもしない、2021年10月26日火曜日

ボスの女上司は休み、わたしがサービス残業する、いつもの火曜日。

父もお休みの日だが「30日の土曜日引越しするからな」を言いに来たついでに、軽く仕事をしていた。
「分かりました」と、わたし。

父が帰ったことを見送ると、せっせと上司に書き置きを書くわたし。
職場では経理の仕事を任されていた為、全ての情報を引き継がなければならないが、そんな時間はもちろん無い。

わたしの立場は中堅だった為、父と上司の間に入り、仲を取り持ち、お互いの意見をまとめ、述べる立場にあった。
下も同様、わたしよりも先輩のパートさん達が2人居るが、仕事が遅くいつもイライラしていた為、こんな人達抜かしてしまえ。と中堅のポジションを勝ち取り、下と上の仲も取り持つことになった。

そんなポジションが居なくなって、この会社は大丈夫なんだろうか。
上司はまた、上に自分の意見が反映されず、認められないが故に、ストレスを下にぶつけて虐めてしまうのではないか。

そんな不安や、申し訳ない気持ちを抱えつつも、わたしはこんな所で「給料が少ない」とボヤきながら人生を終えるのは嫌だった。

将来、わたしが三代目として社長になれる見込みも少なかった。
男尊女卑が未だに根付いていて、従業員比率が圧倒的に男性が多い、田舎の中小企業だから。


わたしはここを去ることを簡潔にまとめた文章を添えて、上司のデスクに引き継ぎと共に置いた。

お次は、父。
父には捜索願を出されると思っていた為、翌日にLINEで送ろうと考え、退職届を父のデスクに置き、わたしは会社を後にした。

ドン・キホーテで一番大きいキャリーケースを購入し(1万超だった)、自宅に帰り荷物をまとめた。

必要なものは、仕事用品だけ。
私服も少しは必要だろうが、どうせどこかで購入するか、捨ててしまうからほとんど置いていった。


26日の晩、保険証を持ったままだった為、置きに行くついでに、弟に家を出ることを伝えた。

弟「姉ちゃんの人生なんだから好きに生きなよ。姉ちゃんなら大丈夫だよ。今まで何とかなってきたし、今後も何とかなるっしょ!体には気をつけてね。姉ちゃん大好きだよ」と、笑いながら少し泣いていた。

案の定、わたしは大号泣。
弟はハグをしてくれて、「ちょっと待ってて。」と部屋に戻る。
少ししてから、一万円札をわたしに渡し、「電車賃」と一言。

この一万円札は今でも使わずにずっと大切に財布にしまっている。


翌日の27日(水)、弟に「じゃあ姉ちゃん行ってくるね、またね」と伝え、妹に駅まで送ってもらい、重たいキャリーケースを引きながら電車で東京へ。

道中、電車に揺られながら父にLINEを送った。

風俗を始めたことについての謝罪、風俗という世界が素晴らしく認められるべき仕事だと言う話、わたしは愛されたくて認められたかった話、父と母の離婚の話、身内の会社で縛られずに自分の人生を生きたい話、どうかこんな娘を許して欲しい、と。


父からは「探さないから、頑張れ。家が見つかったら居場所だけは教えて欲しい。パパはお前の夢を応援する。パパはお前のことを愛してるから」との返信。


電車内で声を殺して号泣してしまった。

妹の大学が近くだった為、カフェで合流して、父とのLINEを見せ、「本当にうちの家族は色々あったよね」と、いつも通り他愛もない話を少し話して、ハグして「頑張れ」と励まされ、妹は授業へ。


その後、東京近辺で働いてる友達が会いに来てくれて少し話して、東京のデリヘルに出稼ぎに行くわたしを見送ってくれた。

ここからが、本当の始まり。


つづく

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