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菊酒と皮剝

「愉しみのこころ」(1985年作品)より

 白い雲。青い空。青い海。キラキラ太陽。白い砂浜。人のざわめき。人の波。九月に入いると、海は、浜は、静寂。引潮のごとく。
 九月九日は、重陽の節供。古人は、この日から燗鍋を用いて、酒をあたため、宴をひらき、飲んだ。燗鍋に細長い口を付けたのが銚子。人の知恵は、よくはたらく。
 九月九日は、菊の節供とも云われる。酒杯に菊花を浮べ、その香りを喜び、酒味を愉しめば、長寿ももたらせられようというものです。古人の詩にこれあり。「いにしえの 奈良の土産の菊の酒 けふ九重に いはひにぞ飲む」。今人も同じこころあり。

「皮剥のかわりみそ漬」
 詩人のサトウハチローは、皮剝のことを、
  鳴らない口笛吹いている
  カワハギ坊やを今日も見た
  ふしぎにさみしい顔をみた
と詩っている。剽軽(ひょうきん)な口もと。さびしげな目もと。なんとなくほっておけない可愛さがある。
 料理をするときは、まず、厚い皮をはがす。それで「カワハギ」と云う。皮は、エラのところに庖丁で切目を入れ、さっとひっぱるときれいにむける。
 次に、腹に庖丁を入れ、肝は、ていねいに、こわれないように、取り、他のワタは、水で洗い流す。もちろん頭は落しておく。下準備ができたら、良く水を切り、薄く塩をして、ザルの上に三、四時間、放っておく。
 さて、みそ漬にするみそ床は、名古屋みそでも八丁みそでも、自家製のみそでも、何んでもよし。日頃、使っているみそを大型のバットに入れる。それにワインをざっとふりかける。みりんは、ワインより多目に。甘口がお好きな方は、ご自由に、お好きなだけ。そこに、しその青葉をみじんに切り、大量に、どっと入れ、全体をまぜ合わせる。また、しそのかわりに、さんしょの葉と実。バジル。クレソン。三ツ葉。等々。香味のあるものなら、何んでもチャレンジしても愉しい。
 みそ床ができ上った所で、先ほど塩をしたカワハギを、そのみそ床に移しかえる。魚肉全体によくみそをまぶしつけ、七、八時間ねかす。
 つぎに、いよいよ焼き。みそ床からとり出した、カワハギに付いたみそをざっと落す。みそは、丁寧には落とさないように。
 フライパンに、バタ—をとかし、全体にまわす。そこに、先ほど取り出したカワハギを入れ、さっと黄色のこげ目がつくていどにバター焼きにする。
 焼き上ったカワハギの上から、ユズでも、スダチでも、レモンでも、思いきりしぼり、あつあつをロへ。冷した白ワインでもあれば、「カワハギ坊やごめんね」といった気分になることうけあいです。
 はじめに取った肝は、この次のお愉しみに。

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