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「京の師走」

「酒飲みの片思い」(1984年作品)より

 十一月も下旬、北山から吹く風が身にしみる頃、四条大橋のたもとにある南座に、顔見世の「まねき」が上がります。宝暦年間から続いている、顔見世は、京の師走の最大の行事になっています。
 いつもの飲み屋で、切符を手に入れ、三階の桟敷席でゆっくりと酒を飲みながら芝居を愉しむのも、師走の夜の贅沢です。
 その南座から西へ、四条通りを十分ほど歩くと、その北、一節目は、錦小路です。師走の錦は、また格別です。東西に並ぶ店、店、店。細い路筋は、人、人、人。人々の眼は、獲物をとらえる野獣のごとく、ランラン。いきいき。売り子の掛け声。人いきれ。店頭に並べられた種々多彩な色どりを見て歩くだけで幸せになります。
 「いやあ、お久しぶりどすなあ」
 「やあ」
 「この頃、どないしておいやすのや、いっこうに顔見せはらんと」
 「……」とにこにこ。
 「たまにはお顔見せとくりやす。ええおひとやと思うてても忘れてしまいまっせ」
 師走の混雑の中を眼をあちこち飛ばしながら遊んでいると、たまに行く飲み屋の女将にふいに声を掛けられ、こんないけずを言われるのも愉しいものです。
 「いらっしゃい、まいどおおきに」
 「今日の鱈は、特別どっせ、ご主人。鱈ちりでいっぱい、よろしおっせ。この雪見ながら」
 「ほんなら、今晩、鱈鍋でいっぱいとしようか」
 「ええ鱈どっせ」
 「ほんまに、ええ鱈や。身が透き徹ってるわ」
 「そおでっしゃろ。そや、白子と入れはらんと」
 「そうそう。鱈鍋に白子が入らんと絵にならん。そのプリプリしたとこ、一皿」
 「まいどおおきに。良いお年を」
 「おおきに」
 なんとなく忙(せわ)しない師走の錦で、こんな会話を交しながら、ゆっくりと買物を愉しむ。これぞ京の年の瀬。京に錦在り。錦に京在り。至福。

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