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「わがこころの五百羅漢を求めて」(1983年作品)より

 広辞苑で「拝」の項を見ると≪頭をたれて敬礼すること≫、≪つつしんでする意≫とありました。

 正月ともなれば、普段、社寺に参ることのない人でも、何となく神仏に掌を合せたくなるようです。 清冷と晴れた元旦の初日を、思わず拝みたくなる気持も、また、日頃の生活で、人から恩を受けた時に思わずこころの中で拝むことも、これ自然の姿でしょう。

 一昨年の冬、スペインの地中海沿岸をオンボロ・レンタカーで一人旅をした時のことです。その日の朝、バルセロナから、特に目的地も決めず、一路西へと出発しました。タラゴナの近くの小さな漁村のあちこちを見ながら二、三時間、オンボロと一緒に走って、何処かのホテルに泊るつもりで、のどかなスペインの風景を楽しんでいました。

 夏の地中海スペインは、ヨーロッパ各地からの人人で、たいへん混雑するようですが、それと比べ何と寂しく、静かな冬のスペインであったことか。

 日が西に傾むき始めたころ、途中の村や町で、ぼつぼつホテルでもと、HOTELやHOSTELの看板を見つけては聞きに入りましたが、「満室」の返事。そのうち、大きな街に人れば何とか一人位どこかにもぐり込めるだろう、とたかをくくっていましたが……。バレンシア地方の州®バレンシアに着き、2、3のホテルに当ってみましたが、「空き部屋なし」の冷たい返事があるばかり。夕食は、どこかのホテルに入り、スペインの田舎料理でもゆっくり…と決めていたので、朝から食べたものは、ある漁港の街角のBARで白ワインと小さいトルティーヤのみ。

 スペインの夜は街灯らしいものがほとんど無く、道ぞいの家々からも灯一つも見えない漆黑の闇。道の名前も分からず、いよいよ落ち着かなくなりだした十時ごろ。暗い山道の高台に、ぽっかり浮んだHOTELのネオン。思わずこころで拝んでいました。「空き部屋がありますように……」と。

 その夜、ホテルで食べたオニオンスープの美味しかったこと。格別、舌に、腹に、こたえました。

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