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酒飲みの片思い

幻一さんが1983年に雑誌に連載していたエッセイ「酒飲みの片思い」12作品をまとめました。

「京の師走」

 十一月も下旬、北山から吹く風が身にしみる頃、四条大橋のたもとにある南座に、顔見世の「まねき」が上がります。宝暦年間から続いている、顔見世は、京の師走の最大の行事になっています。  いつもの飲み屋で、切符を手に入れ、三階の桟敷席でゆっくりと酒を飲みながら芝居を愉しむのも、師走の夜の贅沢です。  その南座から西へ、四条通りを十分ほど歩くと、その北、一節目は、錦小路です。師走の錦は、また格別です。東西に並ぶ店、店、店。細い路筋は、人、人、人。人々の眼は、獲物をとらえる野獣のごとく

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「秋の味」

 長く、暑い、京の夏も過ぎ、十月下旬から十一月ともなると、洛中、洛外のあちこちから、紅葉のたよりが聞こえてきます。京の紅葉は、その景色と合いまって、ため息が出る程、美しく、華麗な風情を見せてくれます。  洛西に、清滝川の溪流に沿って広がる、高雄、槇尾、栂尾の三尾の山波。中でも、栂尾・高山寺の紅葉は、苔むした石垣や、鎌倉時代に建てられた、国宝・石水院の簡潔な美しさと紅葉の華やかさの調和がすばらしい。  西山に、粟生(あお)の光明寺や花の寺として知られている勝持寺とその奥にある金

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「秋の風景」

 京都も、十月に入ると、秋の豊穰を感謝する祭が数々行われます。祭の始まりは、北野天満宮の「ずいき祭」です。  野菜で飾る、珍らしいみこしで有名です。屋根は、ずいきで葺き、稲穂、ゴボウ、大根、赤唐辛子、豆等で飾り付られます。屋根の四隅は、ピーマンやトマト。柱の上の唐獅子は親いも。たて髪は、トウモロコシのヒゲ。等々。見事に野菜が使われています。素朴で土俗的な匂いが残る、この祭の起源は、実に千年余り前にさかのぼります。  千姫の寄進のみこしが出る、御香宮の神幸祭。弥勒思惟仏で知られ

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「秋の月」

 伏見のある造り酒屋が開く、「月を愛で、酒を愛す会」に出席した時のこと。  友人達と連れ立って、いろいそと、会場の御室(おむろ)・仁和寺に急ぐ。その時、月、未だ、出ず。  双ケ丘の北、大内山の山塵にある、仁和寺は、真言宗御室派の大本山である。宇多天皇が造営され、仁和四年(八八八年)八月に落慶供養がなされたので、仁和寺と言われるようになった。  御室は、宇多天皇が仁和寺内に御室(御座所)を造られたことで、この地名がつけられた。  その後、この附近は、御所に出入りする人々が集まり

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わがこころの五百羅漢を求めて

幻一さんが1983年に雑誌に連載していた記事「わがこころの五百羅漢を求めて」10作品をまとめました。

「吠」

 酒が愉しみのひとつである私にとって、酒場でのいろいろな人との出合いは、大きな喜びです。  酒を飲みだして、二十余年、人生の友を数多く持てたのは、酒あればこそと思うこのごろです。  「酒なくて、何んの己が桜かな」と詠んだ粋人のょうに、酒は、さかなとあいまって味わうもので、その一方が欠けると、そのうま味は、半減するように思います。  「酒場は、人生の劇場」とは誰かのことばですが、紅葉の季節が近づくと、想い出す一場面があります。十年前のある日曜日、友人夫婦と一緒に紅葉を見な

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「怪」

「今度のおっさん、ちょっと怪しいで」 「何んでや」 「何んで云うても、あのおっさんが来てから、住みにくうなってへんか」 「そう云うとそうやなあ」 「ご先祖様の生きていたじぶんは、春に花を咲かし、秋には実をつけると云う、けじめがあった」 「そやったなあ」 「それがどうや、温室や暖房やらで、一年中、春や夏にしてしまいよる。全くむちゃくちゃや」 「そやなあ、ちょっとは冬の土の中で、ゆっくり寝さしてほしいなあ、ほんまに」 「植権じゅうりんやで」 「全くやなあ」 「

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「拒」

 ある朝、友人の訃報を新聞で見てびっくり。享年三十九才、あまりにも若か過ぎた他界であった。  ほんの半年余りの短い間の友人だったが、木に魅せられた、一人男の生き方を強く印象づけて、彼は逝ってしまった。  木漆を本業としていた彼は、いつか、「切り取られた木は、その年輪と同じ年数だけ耐える強さがある」と話していた。永年、木を見つめ、木をいとおしんで来た彼は、水の精の強さに圧倒され、振り回わされ、苦闘していた。また、絶対、無駄に木を切るべきでないと云っていた彼は、やさしく、温か

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「愉」

 ある日の午後。昼時に、中華料理店に入って注文を待っていると、四十五、六のご婦人を中心にしたグループが六人、どやどやと、私の横の席に陣取った。席に座るなり、注文するのも忘れて、他の客のことなど眼中にない様子で、しゃべりまくり、うるさいこと。同じテーブルの客は唖然として、食べるのも忘れる程。全くひどいものでした。  ご婦人たちは、話しを愉しみにしているのかも知れませんが、折角、ゆっくりビールでも飲みながら食事をしようとこころづもりをしていた私にとって、最悪の食事になりました。

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