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ふと思う。なぜそこに当事者はいないのか

前から思うこと。ちょっと気持ちに落ち着いた今、ふと思う事がある。今日はそれを振り返ってみてみようと思う。

最近のまあやと近況

最近は自宅のキッチン運営とスポーツ団体が運営するカフェでアルバイト始めて、3ヶ月目に入ります。福祉と言う公に心を滅多刺しされたこともそoに触れなければ、パートナーも私も通常(その仕事をする前まで)に戻っています。キッチンでも定期的に週3回の運営で定着し、リピーターがじわじわ増えてくれたのも、嬉しい限りです。


地元の野菜を新鮮な状態で仕入れしたランチを提供
自宅ご飯も試食でまず食べて採用するか決めている
ランチはおまかせで500円。今はカボチャが多く入っている


なぜこんなランチを提供するのか

500円と思った方もいると思います。数が少ないから丁寧に作って、顔が見える環境で相手を思う料理ができることが私の理想で、一番美味しい状態と知っているから・・・
儲けがあるのか?!とよく聞かれるのだけど、全くマイナスというわけではなく、欲をかくわけではなく、最低限食べる事ができたらよく言われる『プライスレス』というものは大きい。

笑笑チケットで運営が潤滑になる

前者で書いた500円ランチももちろんそうだけど、田舎あるあるですが、公共交通(電車、バス、デマンドバス、タクシー)がないことや免許がない人も多いということも課題ではあります。だけどそのフォローはあくまでシステムが作られたという状況であるということは、薄々感じているものの、あるだけでも有難いという状態でもあります。私とパートナーが行っている活動はあくまで個人であり、なおそれは有志であり、真ん中に当事者がいると言う事が基盤にあります。それを知った方達はよくわからない募金や、無駄にその善意を無碍にしている場所に寄付するようりもここに使ってほしいとこのチケットが存在します。(詳細はまた記事をアップします)

なんでこの話になったのか

今まで話した内容は全て、そこに当事者(今回は運転免許がない、交通機関がない、コミュニケーションが取れないため引きこもり傾向がある、年金が少ない、LGBTQ+コミュニティなど)が真ん中で全てが進んだイベントや企画、プロジェクトなのです。もちろんその方ばかりが集まって居場所になっているという窮屈なものではなく、着たい時にお迎えできる時にマッチして活動できること、できないことでもできることで行う役割として持つ権利を持った場所を作っています。どんなことでも生きている意味があるし、人間が運営するので(特に個人で行っているので)できないこともあります。その中でできないことはもっと大きな場所がしてもらえるように、働きかけているものもあります。


決め付けるな!!をモットーに活動する活動のロゴ
みんなの声を聞こうとアンケートを集めるQRコード

声を集めてもっと見えないものを知ることが大事だと思ったのです。それは公のものや、わかりやすいものは受け入れやすいと言う反面、不合理的な人々はそれ自体たどり着けなかったり、その対応(自分が蚊帳の外や担当がコロコロ変わり、質の継続が不可能であること)によって心の傷が深くなってしまうケースも相談が集まっています。公では全てとは言いませんが、決まり、ルールなどで粗雑になっていることは事実です。実際私も苦情を言っても話を聞くのみで終了でした。

ランチをきっかけに・・・

その中でご飯を食べることをきっかけに、この場に来てくれて、話を聞く事が出来ることも重要です。
それでも500円のランチは儲かるの?!と言われてもすごく儲かると言うことを期待していません。そしてでも私も生活をしないといけません。でもそれ以前にある意味障害者の当事者であり、それを持って仕事をすることがどんだけ難しいかを、福祉というものに、心を滅多刺しされたことが私の中には消化せず残っています。そしてその先に笑笑チケットが始まりました。作るだけでは始まりません。この集まったチケットはどうやって使われるのかを目の前で見る事ができることに賛同して、必要な人に使う事ができる寄付社会貢献を選択してくれる人で成り立っています。

美作市が動いてきたのか

2期を行う #美作市男女共同参画審議会  の審議会として今後5年のプランの策定に多様性という項目の中にLGBTQに関して組み込んでほしいと当事者として発言してきました。その言葉の流れとしては多様性のあと、インクルージブとなることが長い歴史から当事者が訴えてきた言葉だと私は認知しています。その中でその言葉の意味を知らず、とりあえず使っていたらいいと使用して、中身の軽い活動に全てが動いていることに恐怖を感じているのも事実です。動いているのは確かだけど・・・本当にそうなのか・・・小さな声でも出し続けていくことが必要だと思っています。でもそれができない人もいるのもそれは必要だと思います。自分の生活を守ることも大切です。私がしたからと言って、自分も・・・ということは強制でも正解でもありません。それに声を聞くQRコードを作ったのです。時にはパブリックコメントも市に提出しています。

そこに当事者はいるのか

色んな団体に属して感じることは、小さい任意で有志が活動する形から、NPOや社団などになっていく移行に興味を持ち、私の活動は個人と言う選択をしました。

そこに当事者はいるのか。

その当事者を指すものは何なのか。

そして誰がいないのか。

例えば

・女性が作る街に話をするのに、なぜ女性がいないのか・・・

・聾唖の人のサポートでは健常者の感覚を押し付けて、貶すことが多々あるのか・・・

・障害者のコミュニティを作っているのに、障害者の人や家族がいない場で組み立てるのか・・・

・女性専用の相談室はなぜ相談ができないのは、女性だけと決めつけているのか・・・そこに男性がいたのか、トランスジェンダーの人や同性カップルの相談はなかったのか・・・

などなどあげたらキリがありません。
私はLGBTQコミュニティで活動してきた中で、年間200〜250人くらいのルポを行った時期もありました。それは知らなかったから知りたいと言う、後付けのルポでしたが、私の中では興味探求で、相手を知りたい。理解したい。わかり合いたい・・・そう言った感覚だったと思います。もちろんわかったことも多かったけど、まだわからないこともありました。でもそれは当事者しか分からないことも多くあると思います。それは今題にしたなぜ当事者がいないのか・・・と言う問いに、オープンマインドで話ができる場を常にある。そこにいる権利があると言うことです。その権利さえもここに来て、侵害されたことはあります。

多分、都会なら(LGBTQコミュニティがスタンダードに広がった都市部)大問題になっているし、メディアが取り上げたら炎上になることを平気で、行われていることに、権利を主張することすらできない環境が実際にあります。でも言わないとそれがいけないことだ、それが差別だと主張しないといけないと私自身感じています。言っていい権利があります。

ここに来る前にサンフランシスコに視察に行った時に、GLBT博物館にいくことを決めていた時、その博物館の理事の方から話を聞く事がありました。その時にLGBTQと言うのがスタンダードだけどなぜ?と聞くとG(ゲイ)のことがわかってきたから、その後L (れずビアン)がわかったのだよ、今はB  (バイセクシュアル)とT(トランスジェンダー)なんだよ。そして今はどの展示に関しても、誰がいないかを考えているよ。それは色んな人種やセクシュアリティなどみんながシェアすることが大切だと聞きました。
今私が行うものに関して、今に至るまで半年間福祉に関わって、その立場を経験し、知ることでなんで当事者がいないのかを知りました。今はその福祉と全く違うものをしているのは、私の答えだと考えています。

最後に

これがどこまで伝わるのか分からないけど、ある意味当事者であることを加味してこの記事を考えてほしいし、サポートする人たちももっと考えてほしいと切に願っています。

声を挙げる。

今は私の声の一部をシェアしたいと思います。アンケートのQ Rコードから小さな声をお待ちしております。最後まで聞いてくれてありがとうございます。
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失語症の診断を受けた本人が、少し斜めから見た気持ちを見る事ができます。ちょっとすらっと流れる日常を振り返るきっかけになってもらえたらいいな。

いろんな人と触れ合う中で生まれる感覚を紹介 ✅失語症 ✅老後 ✅コミュニティースペース ✅本 ✅カスタム作家

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