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一方通行の愛に満ちた手紙を


記憶がほぼないくらい遠い昔の話。

一人っ子で鍵っ子だったので、一人遊びが得意だった。
ゲームとか漫画には全く興味がなく、いつもリビングのテーブルにはノートや小さなメモ帳が転がっていた。

暇さえあれば、父に手紙を書いていたのだ。

夜に帰ってくる父に向けて、自分の時間と溢れそうなくらいの愛情を使って。

ラメ入りのペンを使ったり、お気に入りのシールを貼ったり、父の似顔絵を書いて、”大好きだよ”と添えてみたり。

父が帰ってくる瞬間は、玄関のドアが開く前の足音ですぐにわかる。
走っていき、父を見上げた。

その日書いた手紙を早速渡したり、色んな話が心の奥底から湧き上がってくるのを、一つずつ、言葉にした。


私は、「お父さん子だね」とよく言われてきて、
自分は「お父さん子だ」と、いつも思っていた。


父が箱に入れておいた、私からの手紙が数枚だけ今でも残っている。

昔の私からの「大好きだよ」「お父さんだけに教えてあげるね」「内緒だよ」「お父さんとまーちゃんの秘密だよ」「まーちゃんの一番はお父さんだよ」「ずっと一緒だよ」そういう言葉を、父は、どんなふうに受け取り、そしてどんな気持ちであの箱に閉まっておいたのだろうか。

他の捨ててしまった手紙と比べて何か価値はあったのだろうか。

私はその手紙で、ふんだんに自分なりの愛を表現していた。
惜しみなく、自分のお気に入りの文房具を使って。


父から返ってくるものは無くとも。


そういえば、お父さんのことを大好きだと思っていた。
誰にでも、その事実を伝えていた。
そして誰しもが、当然かのようにそれを受け入れていた。


父と離れ、みんなが父の話をしなくなった。
父と何度も訪れたことのある祖父母の家で、祖父はこう言った。
「お前は、可哀想やな」と。

私は、ただ、お父さんが大好きだっただけなのにね。

皆が私に配慮をするその空間は、私の過去の愛情まで蝕んでいくようだった。

だから、すっかり忘れてしまっていたんだ。
お父さんが大好きで大好きで堪らなかった時のことを。

お父さんから、一通だけでもいいから、手紙を貰いたかったよ。
気が向いた時でも、茉亜弥と名前が書いてあるだけでもいいからさ。

過去の私の一方通行じゃなかったんだって、思いたかったよ。



数週間前、15時頃に日光に照らされながら私は涙をポロポロと流していた。

父には新しい家庭があるようで、昔からそういう可能性もあるとわかっていたものの、涙が何故か止まらなかった。

別に、私のことを愛していなかったとか、嫌いになったとか、そういうことでもないのにね。


それは、きっと、お父さんのこと大好きだったからなんだよね。

こうやって、それぞれが前に進んでいくことって、どうして痛みを伴うのかな。

知らないままに、生きていけたらいいのにね。



数日前、大切な人とお酒を交わしながら、家族の話をしていた。
「それで俺の親父ぽっくりいっちゃったからね〜」
と、笑いながら彼は言った。

お互いの過去を何度も何度も共有しながら、こうして、笑ってみる。

何事もなかったかのように。

こうやって変わっていくんだ。

何事もなくないのだけれど。

全然大丈夫じゃなくても、全然痛くても、
そうやって、生きていってるんだ。

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