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【アルバム感想】今、夏を生きているんだ! 槇原敬之 - Cicada


槇原敬之の9thアルバム。これはもうものすごい傑作です。
今回はアルバムの流れがどう、とかではなく全曲紹介したいと思います。

なお、「待ってたぜBABY」はDisc2収録のボーナストラックであるため割愛しています。

1.~introduction for Cicada~

ピアノの流麗なフレーズから始まり、思い出が無数にフラッシュバックするようなシンセフレーズが入ってきて、完全にやられてこのアルバムの世界に連れて行かれてしまう素晴らしいイントロダクションです。

2.pool

槇原敬之の隠れた名曲No.1と言っても過言ではない超絶名曲です。槇原敬之は歌詞を先に書き、そこからメロディやコードをつけていくそうで、そのため歌詞とメロディ・コードの調和が完璧にとれている(お互いがお互いを強めあっている)ところがあると思っているのですが、この曲は特にすごいですね。歌詞もメロディも非常に高い次元で融和しています。また、ブラジル(ボサノバ)的リズムに日本の夏で青春を過ごしたふたりの風景(若い男女とプール)の取り合わせが面白く混ざり合い、インパクトの強い楽曲に仕上がっています。キュートなガールフレンドの描写がしっかりしていて、良い夏だったんだな、と思わせてくれると同時に、青春を喪ってしまい、もう元には戻らない感情の機微も表現されているところが好きですね。

3.Hungry Spider

彼の楽曲の中でもトップクラスに妖しい曲で、セクシーな怪電波をむんむん放っています。随所で鳴らされるアコーディオン(バンドネオン?)が楽曲のムードを決定付けていて、サイケな歌詞の世界にある、独自の奇妙さを際立たせています。随所でファルセットを用いる歌も面白く、ただでさえ奇妙なこの曲にさらにトリッキーな印象をもたらしています。それにしても、サビの歌詞を改めて見てみると怖いですね……笑 ギラギラ光る蜘蛛の無数の目が思い浮かぶような言葉選びだと思います。

4.HAPPY DANCE

大人の男女の別れを歌った曲。このアルバムには恋愛の曲がたくさん入っているのですが、この曲が一番オトナっぽい感じが出ています。別れの瞬間を踊りに喩え、巧みに"君"と"僕"の関係性とこれからのことを描ききっています。スペイン的な情熱的なサウンドも、恋が燃え尽きる最後の熱さのような感じがして好きです。間奏でちょろっと弾かれるギターがまたスパニッシュな感じでいいですね。しかし、平易な言葉選びでここまでふたりの別れを鮮やかに描写する能力には驚愕です。使われている言葉以上の風景・背景が見えてくる歌詞ってなかなかありませんし……

5.Star Ferry

槇原敬之流・蘇州夜曲といった趣のうつくしいメロディをもつ曲。夜、静かに進んでゆくフェリーの航跡のように柔らかな歌声が素晴らしいです。槇原敬之というひとは歌詞や曲だけでなく歌も天才的で、曲自体のもつ世界をワンランク上に持ち上げる歌唱能力をもっていると思います。また、具体的になんの楽器なのか分かりませんが(二胡?)、イントロや間奏で聞けるオリエンタルな響きの弦の響きが素敵です。

6.青春

個人的に2曲目のPool、12曲目のCicadaと並んでこのアルバムのカラーを決定づけていると思う素晴らしい楽曲。彼の「平易なことばで鮮やかな世界を描く」能力が申し分なく発揮されているなと感じます。曲自体はというと、跳ねたリズムが特徴のトラックに、ピアノとシンセが絡むリフが特徴的です。サビの

「青春はぬぎちらかした服の山の下/青春はビーズののれんの向こう側/青春は暗号のような言葉の中/夢と自分の間に流れる川」
https://j-lyric.net/artist/a0005ff/l002bf9.html

という部分がとても好きで、青春を振り返ったときに覚える感覚を「青春らしい」ことばで表しているところが(ビーズののれん、というフレーズの愛おしさよ!)いいですね。三島由紀夫の作品に、

遠い昔に青春が終わってしまって、その終わったあとから今までの記憶が何一つ鮮明な影を宿さず、そのために却っていつも、青春と壁一重隣合わせに暮らしているような気がしつづけている。隣の物音はたえず詳さにきこえてくる。しかし、もはや壁には通路はないのである。

ということばがありますが、この曲はそれに似たものを感じます。

7.STRIPE!

ここに来て突然のウィンター・ソング。いわゆる4536進行(ゆらゆら帝国の空洞です、など)が使われていて、どこかキュンとくるような雰囲気があります。この曲の場合はスキーに行くことに対するワクワク感を味わわせる作用があると思います。歌詞がいい歌詞がいいばっかりですが、この曲も例にもれず歌詞がいいです。特にサビの

青い空と白い雪のストライプの大きな布を神様が目の前で広げたら

というフレーズ。雪山のてっぺんから見た風景をこういうふうに喩えられるひとってなかなかいないんじゃないかなあと思います。一瞬にして景色が頭に浮かび上がってくる感じが好きです。

8.この傘をたためば

10曲目のBLINDと並んで歌詞だけで泣けてきてしまう一曲。
歌詞↓
https://j-lyric.net/artist/a0005ff/l002c04.html

槇原敬之は本当に歌が上手い! この曲は歌い方によっては結構クサくなりそうなメロディ・歌詞なんですが、スッと心に入ってくるのがすごいな、と感じます。曲後半ラストサビ前の転調する部分の歌詞の切実さがよいです。……切実さ! この曲の一番の魅力は歌詞の主人公のもつ切実さにあると思います。素直な気持ちを描写しているからこそ心に突き刺さるものがあるのだと……

9.The Future Attraction

ここに来てアップテンポなナンバー。曲自体は楽しげな雰囲気ですが、A・Bメロの歌詞がこれまた良いんですよね……現実的な、悟っている感のあるフレージングで、ハッとさせられます。ちょっとキリンジの高樹さんっぽさもあるかも。曲の途中では当時発売されて間もない(というほどでもないですかね)ピッチ修正ソフト(オートチューン?)が使われていますね。この時代にケロケロボイスを使っているのも槇原敬之らしいなと感じます。当時のポップス事情に明るくないのでどれだけケロケロボイスがメジャーだったのかは分かりませんが……

10.BLIND

僕の一番聞きたくないと
思う言葉で君が
楽になったり幸せになれるなら
簡単に言えるよ よく聞いてて
https://j-lyric.net/artist/a0005ff/l002bf6.html

今作一番の諦念系恋愛ソング……やさしい歌声でしっとりと歌い上げられることばのひとつひとつが切なくて、ドキドキが止まりません。

11.Name of Love

この記事を書くにあたって、全曲の歌詞を読み直したのですが、この曲の歌詞、すごく好きなんですよね……失恋の痛みを抱えて生きる”僕”の強がりを丁寧に描いていて、切なさが痛い……! 

叶えたいと願う気持ちもあるけど
叶った気持ちだけが 恋じゃないから
https://j-lyric.net/artist/a0005ff/l002bf5.html

なんとまあ素敵なことば……

12.Cicada

当時の槇原敬之自身の葛藤を描いたであろう楽曲。「なぜ音楽をやるのか?」「なぜ歌を作るのか?」など、そういった苦しみに対する回答がこの曲なのかな、と思います。なんといってもメロディが美しく、サビでの旋律はストリングスの響きの綺麗さもあって思わず涙ぐんでしまいます。この曲に関してはもう、言葉にできない感動がたくさんあって、うまくいえないのですがとにかくこのアルバムを聴いてみてほしい、そしてこのラストの美しさにやられてほしい、そんな気持ちです。


おわり


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