竹をとりに行った日

小学生のころのこと。
リビングでTVゲームをしていると、急に祖父が現れて、ついてこいと言う。
しぶしぶゲーム機の電源を落とし、言われるがままに車に乗せられる。
古い日産のセダンの車内はなんだか埃っぽい空気感で、
ぼくはすぐに酔ってしまった。
後部座席で目を閉じて横になっていると、祖父が言う。
「諒の魂が空を飛んでいる。ふらふら」
鳥の目線で俯瞰した街を想像した。
いまどこを走っているのか分からなかったが、
いつも通っている小学校が見えた。校庭には誰もいない。
古ぼけた灰色の校舎。
ぼくは青い空につつまれて、ぼんやりしていた。

たどり着いたのは、霊園の隅にある竹藪だった。
やけに広い空間ではしゃぐぼくを尻目に、
祖父は鉈で竹を刈り始めた。
春の光が車のフロントウィンドウできらきらしていた。
「一本やってみろ」
祖父に持ち掛けられ、ぼくは鉈を手にする。
木製の柄はしっかりとしていて、小さな手にもフィットした。
力いっぱい、竹の地面に近いところに向けて鉈を振るった。
表面にうっすらと筋が入った。
その痕は、出血した時みたいに鮮烈なイメージをぼくに与えた。
「だめだな、こりゃ」
祖父は鉈を取り上げ、再び竹を刈り始めた。
悔しかった。
しばらく祖父の鉈を振るうさまを眺めていると、
いつの間にか日が傾いてきていた。
祖父は竹を車に運び始めた。
これ、車に入るのかなあ、と思いながら運ぶのを手伝った。
祖父がトランクを開ける。
よく見ると、トランクの奥に縦50㎝・横20cmほどの穴が開いている。
その穴に祖父は何本か竹を突っ込んだ。
なるほど、この穴を通せば持って帰れるというわけか。
ぼくは妙に納得し、後部座席に乗り込んだ。

庭に竹が生えている家をみて、鮮明な竹藪の香りとともに、
よみがえってきた記憶。
祖父が竹をどうしたのかぼくは知らないし、
そもそも竹を取りに行ったのかどうかさえ、定かではない。


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