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歌劇ファンタジア~輝きの歌姫と夢追い人形~3話
万雷の拍手。終わらないアンコールの声。
しかし、人形姫はそれに応えることはなかった。
観客に手を振ったあと、本当に操り糸が切れるかのように彼女は倒れたのだ。
正確には、倒れる直前にそれをステラが支え、事なきを得た。
二人は寄り添いながら舞台袖に消え、その日の舞台は幕を閉じたのだった。
「レビ!」
舞台袖に戻ったと同時に彼女に駆け寄るブロンド髪の偉丈夫の男がいた。
「……お父様」
「喋らなくていい。これを飲みなさい」
レビの父、ラーズはステラからレビを受け取ると、小瓶に入った何かを彼女に飲ませた。
「……ステラ。また、今度話そうね」
それだけを言うとレビは今度こそ、こと切れたかのように意識を失った。
ラーズは彼女をお姫様抱っこすると傍に置いてあったゆりかごに彼女を愛おしそうに納め、ステラに振り返る。
「娘が世話になったね」
「え……いや、私はただ……彼女についていっただけで」
ラーズにかしこまられたステラは戸惑いながらそう返す。
「後で必ず連絡させるよ。ええと……お名前は?」
「ステラ、ステラ=ボイス=ウォーカーです」
「ああ、ウォーカー侯爵家のご息女か」
「……私はその、庶子ですが」
ステラはラーズの反応を覗うが、『ふむ』と一言言っただけだった。
「お気に、なさらないので?」
「娘の貴重な友人は、どんな者でも歓迎するよ」
そう言って優雅な微笑みを返す。
「レビはこんな身体だ。あれほど動けるようになったとはいえ、魔力が切れればこうなってしまうし、弱音は吐かないがまだ身体中を痛みが走っているに違いないんだ。それでも……舞台に立とうとしている」
ラーズは愛おしそうに、眠っている愛娘の頬を撫でる。
「そんな娘と同じ舞台に立ってくれた人間の素性などどうでもいいさ。私は娘の笑顔がすべてだよ」
「……私こそ、光栄です」
「謙遜しなくていい。君の歌声は素晴らしかった。レビは舞台上で嘘を吐くタイプではない。君にそれだけの実力がなければ同じところに立たせようとは思わなかったろう」
「……レビさんは、どうして舞台を?」
言ってからステラは愚問だと気づき、恥ずかしさで顔が赤くなる。
――好きなんだ。とてつもなく、舞台そのものが。
同じ舞台に立って、その想いだけはひしひしと伝わって来た。それこそ、命がけであるとわかるほどに。
しかし、ラーズは馬鹿にするでもなく、淡々と語り出した。
「長き戦争も終わり――今は平和な世。人間の帝国、エルフの森、ドワーフの王国、魔界の残党……小競り合いはあっても、大々的な戦争は無くなった。すべては――『芸術王・リアン』の功績だね」
芸術王・リアン。 その名は広く大陸で知らぬ者はないだろう。
戦争を終わらせた勇者にして最初の王である。
――と同時に、芸術をこよなく愛する文化人であった。
大規模な国同士の衝突が起きた。魔族の跋扈もあった。しかし、リアンはその魔族の王の娘と共に手を携え、事態を治めるに至った。
武力も魔力も策謀もすべてを使った果てに――枯れた国力を戻すためリアンは各国の首脳を一堂に集め、戦争とは別の提案をするに至った。
『別のことで争わないか?』と。
それが――
「大芸術祭 リアンピック。その優勝を本気で狙っているのさ、レビは」
ラーズの口からでた言葉に、思わずステラは息を呑む。
「芸術とは国力である――そのリアンの言葉から始まった祭。その勝敗で国同士の取り決めの優先度が決まるとんでもない大会。その出場を本気で考えているんだよ、うちの娘はね」
ステラは言葉もない。国を背負う芸術家たちが集うその祭り、彼女にとっては夢物語のような舞台を目指していると聞かされ、当惑していた。
「もう娘を休ませるために私は帰ろうと思うが、何か質問はあるかい?」
「あ……ええと」
顔を赤らめ、何も言えなくなった彼女にラーズは首を傾げる。
ステラの反応を覗うようにしている彼に、恥ずかしそうに彼女は告げた。
「……着替え、ないんですけど」
舞台衣装のままの彼女、その派手に目立つメイクを含め眺め見たラーズは思わず噴き出したのだった。
◆
ステラは着替えのドレスを用意してもらい、家まで馬車で送ってもらった。『娘がすまないね』という言葉と共に。
「……凄かった、な」
馬車から降り、屋敷の玄関の前に彼女は立つ。
今日の事を振り返るとまるで夢の中にいたようだった。
――また、歌いたい。
素直にそう思う。しかし――彼女の目的を知ってそれでもなお、そばに居られるだろうか? 自分にそれほどの力があるだろうか? その疑問は湧き続けている。
それでも、彼女があの時見たものは、とても心地の良い夢だった。
……だが、玄関の扉を抜けるとそこにいたのは夢とは真逆の現実だった。
「――よく、帰ってこれたわね」
継母アナベラと義妹グラニエが既に待ち構えていたのである。
「どういうつもりかしら?」
開口一番、アナベラは詰問するようにステラに訊ねる。
「……どう、いうとは?」
「しらばっくれるんじゃないわよ! 貴方は私の、いえ、家令を無視して舞台に上がったじゃないの!」
「――それは」
金満貴族相手の慰みを家令というのならそんな理不尽はない――と思う。
しかし、それを見ていた義妹のグラニエはニタリ、と嗤う。
「これは罰が必要ですよね、お母さま?」
「……ふふ、その通りよ」
一歩、ステラは二人の悪意に後ずさる。
「――貴方の実母がどうなってもいいのかしら?」
「!」
呪いの言葉が再びステラを縛る。
二人は嗤いながら、限りなく死刑宣告に近い言葉を彼女に振り下ろした。
「――罰として、暫く地下牢に軟禁よ。反省なさい? 過度な夢など、見ないようにね。」
彼女は絶望のまま、瞳を瞑った。
◆
ふわふわと浮かぶような、逆に重くて沈むような、よくわからない感覚の中でレビは微睡む。そして気づく。――ああ、夢の中なのだなと。
朝の街、歩道をジョギングする人とすれ違う。
橋を渡り、河川を超えると自らの勤めていた『歌劇団』の劇場が見えてくる。
「前世の夢を見るのも久しぶりだね」
彼女――レビは前世で勤めていた歌劇団の劇場を前にしてそう呟いた。
劇場横には公演ポスターが大きく貼られ、幾人かその前で写真を撮っているのが見える。
「楽しみだね※※さん」
ふと、自分の前世の名前で呼ばれ振り返ると、そこには今日の舞台の主役が立っていた。
「梨園さん……」
梨園霞(りえんかすみ)はこの歌劇団のトップスターである。
白く澄んだ綺麗な肌。思わず吸い込まれそうになる、大きな瞳。そして何より身体全体から放たれる特有のオーラが彼女をその位置たらしてめている。
「いつか、一緒の舞台にって約束、ようやく果たせるね」
そう言って梨園は笑う。しかし、レビは笑えない。出てくるのは涙ばかりである。
「ごめん……せっかくの初日なのに、私……」
何度も見た夢なのに、どうしても涙が零れてしまう。哀しくてじゃなく――申し訳なくて。
演出・脚本――そこに自分の名前がある。
自分が手掛け、彼女が演じるはずだった舞台。その舞台の幕が開くところを自分は見ることが叶わなかった。
その前に――自分が死んでしまったからだ。
でも、そんな自分を見ても夢の中の梨園さんは笑顔を崩さなかった。
「大丈夫だよ。何処に行っても、きっといつかまた会えるから」
――今日のお客様の笑顔はいつか、その時に話して上げるわ。
意識が消え去る瀬戸際に、彼女ははっきりそう言った。
※※※
「――目が覚めたか、レビ」
「……ああ、お父様」
目覚めると見知った自室の天井と、心配そうに彼女を覗き込む父親が目に入る。
「身体の具合はどうだ?」
「もう大丈夫ですよっ……と」
「無理に起き上がるな、レビ」
身体を走る魔力の通り道に再びそれを流すと、彼女は勢いよくベッドから跳ね起きる。
「ご心配なく。自分の身体のことはよくわかってますから」
「……よくわかっている奴が倒れこんだりしないだろう?」
ラーズはあきれ顔で娘に諭すが、彼女はふふん、と不敵に笑っただけだった。
「やりたいことをやるのが人生ですよ、お父様。私、後悔は前世に置いてきたので」
「……きっと、とてもつらい人生だったんだろうね?」
ラーズは冗談のつもりで言ったが、如何にも真剣ですといういう風にレビは神妙な顔で語り出した。
「そうですよ? 前世で私劇団員になりたかったんです! でも、病気で身体がすっごく弱くて、それで私脚本家や演出家になろうと思ったんですよ。それで、一生懸命努力した結果、ついに憧れのスターさんとご一緒に仕事出来るまでになった――とたんに持病でポックリ……聞いてますか、お父様?」
「ああ、何度目かなその、夢の話は?」
「倒れる都度見ている夢ですからね。都合、100回は超えてないと思いますけど」
レビはそう言って天真爛漫に笑う。
そんなレビを見てラーズは心底、新しい身体を造って良かったと思う。
「さて、それじゃ行かなくちゃね」
「……何処に行く気だね? まだ夜だ、明日にしなさい」
しかし、ラーズの言葉に彼女は首を横に振った。
「お姫様はね、すぐに王子様が迎えに行かないといけないんだよ。だって、そうしないと毒リンゴを食べさせられて死んじゃうかもしれないんだから」
――『妖精・変衣(フェアリーチェンジ)』
レビの装いが真っ白な軍服の王子の様に変貌する。
レビは分かっていた。きっと、ステラの家族は彼女を現在進行形で苦しめているに違いない――と。
「さて、今すぐにお救いに向かいますぞ、お姫様!」
言うが早いか、彼女は部屋を跳ねるように飛び出していったのだった。
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