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夢中の華の色は赤

落下する夕方という小説がある。
江國香織が描いた三角関係を軸にした物語だ。彼氏との安定した関係を崩壊させた原因である人物を、主人公はどうしても憎む事が出来ず、同居生活まで受け入れる。最後まで捉えどころのない華子というこの女性がキーパーソンで、彼女無しに成り立たない構成は、私の知る限り他に類似が無い。

随分前に、あなたはあの小説の華子っぽいですよねと言われた事を思い出した。

小柄で華奢な体型の話だろうか、
当時は不本意ながら何を考えているか分からない不思議ちゃん扱いされる事もあった。いずれにせよ雰囲気とイメージ上の話だと捉え「どこが、私はあんなんじゃない」と適当に返したはずで、これまで気にも留めていなかったような事だ。

今になって苦笑したくなる。全く否定出来ない。
彼はもっと根本的なところ、放っておいたら突然全てを捨てどこかに行ってしまいそうな私の根源にある何かを見抜いていたのかもしれない。
住む場所を変えた時も、仕事を退職し方向転換した時も、自分なりに明確な理由はあったが、傍目には「突然何かを変え何処かへ行ってしまう人」に見えるだろう事は分かっていた。

中国語を自分のペースで少しずつ勉強するようになり、言語が持つ無駄のない直接的な表現に日々感化されている。
文脈の真ん中に流れるエネルギーは日本語の柔らかさと対極のもので、直線的で硬質な性質は英語より強いのではないかとさえ思う。
ある文法の本には「中国語には過去形がない。過去に行って写真を撮って今に戻って来る認識で解釈を」と解説がありそれも刺激になった。

言語にはそれぞれ特有の磁場のようなものがあると思っている。
その言語を使う者が集まり共有された意識領域、フィールドのようなもの、目に見える見えないを問わず、私は中国語が作る磁場の上に立ちたい。

そりゃ分かりやすくキャリアの為に、とか、旦那様の転勤に備えて、とか、例えばドラマ「上海女子図鑑」の主人公のように積み上げ型のサクセスをしたいので外国語を勉強しています!なんて言えたら様になるかのもしれない。

ただどんな大義名分をこさえても、本音の部分は『中国語の持つ言語性質で構成される世界の磁場の上に立ちたい』意外に理由がない。
「昔から都市設計や建物の造りに興味があって、アジア、中華圏、特に中国の空港、地下鉄、都市の構造やデザインをもっと肌で感じ自身の今後に生かしたいのです。」はその言い換えであり派生。

私はあの小説の登場人物ではない。だから過去の全てを捨ててしまうような事はしない。未来を作るだけだ。

華子のように現地人と変わりない様子でチャイナドレスを着て国の景色に溶け込み、たまたま旅行中の知人と鉢合わせ「あなた何でそんなところに居るの」と呆れられたり、前後の脈絡なしに呑気に屋台料理でも食べている姿を目撃されたい。
そんな願望が全くないと言えば嘘になるけれど、とにかく自分で作る未来に飛び込みたいのだ。

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