「◯◯◯」で決めるのは悪いことじゃない

今日は“決断”のお話。
人それぞれに価値観は異なるので、生き方に対するスタンスは全然違いますが、一般的には、“決断”ってとても大事なことだと言われています。

決断それ自体というよりは、それに至る”意志“の方ですかね。
目標を掲げるときは、「強い意志」のもと、コレというものを決定する。
そうしないと叶わないともよく聞きます。

ただ僕は、何かを決めることや決断することに対して、「強い意志」が必要かどうかには疑問がありまして。

僕は、こう思います。




「しょうがない」

で決めてもいいんじゃないかな、と。

この「しょうがない」という言葉。
ネガティブな意味で使われがちなんですけれど、僕は、この気持ちは、活用次第では目標達成を”楽”にしてくれると思っています。

そもそも僕は、強い意志で何かを行ったり、何かを目指したりするのって「向き/不向き」があるのではないかと思うんですよね。

少なくとも僕はですが、「コレを絶対叶えてみせる」と高く掲げた目標より、現状からココを目指すのが最適だし、その道しかないな、と考えた上で掲げた目標の方がはるかに達成率が高い。

これは現実的に考えたからでもあるんでしょうけど、実際は目標到達の難易度って強い意志のもとで決めたものでも、そうでないものでも大差ないような気がします。

つまり、気持ちの問題。

「しょうがない」「こうするしかない」
と、肩肘張らずに動けたからこそ、気持ちが先走らず、自分のペースを保ちながら達成までの道程を歩んでいけた。
僕の場合はそうです。

そして、「しょうがない」で物事を決断したからといって、その後の人生が“つまらない展開”になるとも限らないんですよね。

たとえば、5年前の自分を思い出してみると、今とは業種こそ同じものの、クライアントもほとんど入れ替わっているし、いま暮らしている町に住んでもいなかった。
そもそも東京で、細々とではありますが暮らしていけるほどの収入を手にしているなんて、5年前の自分はあまり想像できていませんでした。

2019年6月に、まさか翌年から自宅勤務がスタンダードになってみんなマスクをつけて歩くようになるなんて予想できましたか?

どんな気持ちの元で決断したとしても、5年後の自分が何をしているかなんて、正確に予測することはできないと思うんです。
今の自分の選択肢にもない場所で生活していたり、全く違う仕事をしている可能性もある。
これには技術進歩や政治の変化といった「世の中の流れ」の影響も受けると思います。
そしてその流れは、100%正確には予測できない。

だから、その時々で世の趨勢や自分の状況を見つめた上で「しょうがない」という決め方をするのもアリなのではないかと僕は思います。

読んで頂き誠に有り難う御座います! 虐げられ、孤独に苦しむ皆様が少しでも救われればと思い、物語にその想いを込めております。よければ皆様の媒体でご紹介ください。