柳空

南雲薫の影を追い続けたい。

柳空

南雲薫の影を追い続けたい。

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あなたのなまえは。

一、花時の雨(はなどきのあめ)  澄み渡る春の青空に、手を翳すように咲いた薄紅の花弁が美しい——そんな昼間からうってかわって、夕方ごろからは強い雨が降り出した。  誰かがこんな時期に降る雨のことを桜雨と言っていただろうか。 「あんなに綺麗だったのに……」  昼に見た京の町の桜の花を思い出すと、雨に散る花が一層残念に思う。同時に、あの時自分の勝手な行動で迷惑をかけてしまったことが申し訳ない。 『もしかして、あなたがお聞きになりたいのは……夜にその場所に行ったことがあるかどう

    • 白昼夢

       優しい春風が戦ぐ陸奥の地に、『雪村の里』と呼ばれる場所があった。 「いいか薫、私たち男鬼は女鬼を守ることが使命だ。 鬼は人間より力があって優れている。少しの傷ならすぐに治る。だが、女鬼は傷の治りこそ早いが、男鬼ほどの強さはない。傷を負えば皆等しく痛みを感じる。私は母様と里の人たちを、おまえは、千鶴を。いざというとき、おまえは守ることはできるか?」  諭すような口調で、優しく、しかし威厳を持って語る父。 「はい、父様!」 「あぁ。いい返事だ」  父は厳格な人ではあったが、

      • 覚めた夢の続き

         何故かとても身体が重くて起き上がれない。重い瞼をなんとか押し上げて見えるのは、顔を歪め、目元に涙を浮かべる、自分の妹によく似た姿の少女。  思えば、自分の目にも涙が滲んで見えていた。なんとか手を伸ばして有るだけの力を絞って口を動かす。 「——ち——る。——…して、—」   ◇◇◇  なんだ? 俺は何を言ってるんだ?   長い夢を見ていた、……ような気がした。目覚めた瞬間既にもう内容は忘れていて、ただ夢の最後に感じた感覚を思い出し、右頬に触れる。 「おはよう薫、朝ごはん

        • 夢の道中

          「はぁ…はっ、ぅ………」  荒い呼吸を幾度となく繰り返す。数日間かけて歩き続けた脚は既に棒のようで、ここへ逃げる前に『童子切安綱』——あの、有名な鬼切の刀によってつけられた傷から溢れ出る血は、応急の手当てはしたものの、最早おさまることを知らず、薫の通った道はその血によって赤く染め上げられていた。  もういつ息絶えてもおかしくないようなこの状態で歩みを進めようとする自分が心底哀れに思える。 『馬鹿だよなぁ……』  そんな言葉が口をつこうとも相槌を打ってくれる相手も、否定してく

        あなたのなまえは。