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覚めた夢の続き

 何故かとても身体が重くて起き上がれない。重い瞼をなんとか押し上げて見えるのは、顔を歪め、目元に涙を浮かべる、自分の妹によく似た姿の少女。
 思えば、自分の目にも涙が滲んで見えていた。なんとか手を伸ばして有るだけの力を絞って口を動かす。

「——ち——る。——…して、—」
 
◇◇◇

 なんだ? 俺は何を言ってるんだ? 
 長い夢を見ていた、……ような気がした。目覚めた瞬間既にもう内容は忘れていて、ただ夢の最後に感じた感覚を思い出し、右頬に触れる。
「おはよう薫、朝ごはん出来てるよ?」
 制服を着て既に身支度を済ませた千鶴が、ベッドに向かって声を掛ける。
「あ、あぁ。今行くよ」
「どうしたの? 薫が私より起きるの遅いって珍しいよね?」
「何か、長い夢を見てたんだ」
「えー、どんな夢?」
「もう忘れたよ。もう一度寝れば続きが見れるかな」
「変なこと言ってないで、今日ももう学校なんだから。早くご飯食べよ?」
 ふわりと笑顔を浮かべた千鶴に手を引かれ、ダイニングへ向かう。

 引き取られていた南雲の家にいた頃も、もちろん言うほど不自由な日々を過ごしていた訳では無いが、この家で千鶴と暮らせるようになってから、朝目覚めてからの時間にこれまで以上の幸せを感じられるようになった気がする。
「千鶴」
「ん、何? 薫」
 自分で作った朝食を頬張りながら返事する妹の左頬に一粒、米がついているのが目に留まってしまった。
「ふっ、あははっ」
「え、ちょっと何薫? 怖いよ?」
「何っておまえ・・・・・・・まぁいいや、早く食べなきゃ置いてくからな」
「せめて何だか教えてよ! ちょっと、食べるの早い! もう、薫~!」
 徐々に春が近づいて暖かくなってきた三月の日差しが差し込む食卓に二人の笑い声が響く。

——ありがとう。
 薫は言いかけて留めた言葉はまた今度言おうと、心の中で静かに決めた。

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