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酒の短編集「文豪たちが書いた酒の名作短編集」(^O^)/

本(文豪たちが書いた酒の名作短編集)

タイトル通り文豪たちが書いた酒にまつわる短編集です。彩図者文芸部編集のこの本は、先ずは編集者の企画のユニークさに敬服といった感じですが、私もこの文庫本のタイトルを広告で見て、早速買ってきて読んでみました。

坂口安吾から始まり夢野久作、芥川龍之介や福沢諭吉と続き、最後は太宰治、さらに「太宰治との一日」を書いた豊島与志雄まで13人の作家の短編15編が収められています。

作品は小説だけでなく随筆も含まれており、文豪といえども酒に関する想いは私たち一般人と大差はなく、酒にまつわるエピソードには、共感を覚える箇所も何カ所も出てきます。

林芙美子の随筆「或一頁」では「随時小酌」という言葉が登場し、酒をたしなむには随時小酌にかぎると書いています。酒を飲みすぎた女性の醜態に対する嫌悪感を述べていますが、こうしたたしなみは今風に言えば「ちょい飲み」あたりになるのでしょうか。最も現代のちょい飲みは、経済的制約や健康志向など、当時の趣きとは大分違いがあるのも事実ですが。

太宰治の「酒の追憶」では、「ひや酒は、陰惨極まる犯罪とせられていたわけである。いわんや、焼酎など、怪談以外には出て来ない。」と新派の芝居のセリフを引用しながら、こう述べています。
日本酒は燗をつけて飲むべきものであり、冷や酒が邪道で下品、さらに焼酎はさらにランクが下だったと言うことですが、これもブランド物の冷酒の日本酒や焼酎などの現代の状況と比較すると、隔世の感がありすぎといった印象です。 

さらに同じ太宰の「禁酒の心」では、最後に「なんとも酒は、魔物である。」と結論付けています。この文豪の場合も、何度も禁酒をしようと誓いながらも、その魔力に負けて飲んでしまうという偽らざる心境であったと、同じ酒飲みとして大いに共感する所がありました。

個人的な体験を述べれば、私も若い頃は深酒をして、酔いがさめた翌日に後悔することが幾度となくあり、酒のことを「悪魔の水」と例えたこともありました。
年配になり病気で入院して以降は、酒量も減ってきましたが、それでも禁酒とまではいかないのが、酒飲みの性(さが)とでもいうものでしょうか。

「節酒を心掛けるように」とは、健康診断でよく指摘されることですが、やはり適正な量をたしなむ節酒をしつつ定期的な休肝日を設けてこそ、酒が「百薬の長」と言われる所以ではないしょうか。

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