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5分で読める、ぼくのりりっくのぼうよみという天才の生涯(「葬式」ライブレポート付)

昨日、あるアーティストのラストライブが催された。

そのアーティストとは...


ぼくのりりっくのぼうよみ


ライブタイトルを「葬式」を銘打ち、喪服を着込んだバック演奏者達を引き連れて2000人の観客の前に現れた20歳の言葉の魔術師。若干17歳で音楽界に現れ「突如現れた革命的才能」と謳われ注目を浴びた。独特な言語感覚とユーモラスかつアイロニーを感じさせる歌詞を、心を慰撫するかのような優しいメロディにのせて歌い上げた楽曲「sub/objective」を皮切りに、化粧品CMや映画の表題曲に抜擢されるなど多方面での活躍を見せた。また、その文学的センスは編集者の感性すらも射抜くこととなる。デビュー当時、無名のアーティストとしては異例の「文學界」へのエッセイの寄稿。加えて、クラウドファンディンングを活用した自身のメディアの開設など、彼の躍進は止まる所を知らなかった。2017年11月には3rdアルバム「Fruits Decaying」をリリース。リズミカルなチル曲「朝焼けと熱帯魚」や静寂な夜と諦観を感じさせる「つきとさなぎ」など、多数の楽曲を多くの名だたるトラックメーカー達と制作。アルバムタイトルのもと敢行されたライブは大盛況に終了。今後の音楽業界を牽引する次世代のスターとして期待されていた。


しかし、彼の活動は唐突に幕を引くこととなる。

ニュースZEROにて突然の辞職発表。「自分らしくありたい」と語った彼の目には、自分自身がどのように映っていたのだろうか。その後SNSでのババア発言(通称:ババア事変)。ネットという大海の上でファンと終始言い合いになるような場面も垣間見られた。あの温厚そうな青年が、と今までの印象とは色を異にする彼の様子に落胆するファンもいただろう。事実、一部では「ぼくりり洗脳説」も囁かれていたことを筆者はイスラエルの諜報機関モサド経由で知った(ツイッターで知りました)。



「破壊したい。盛大に破壊したい」

ぼくのりりっくのぼうよみという偶像を破壊することによって、彼は自分が幼い頃から背負ってきた呪いやカルマを解除し、同時に自分の姿が誰かの希望になればいいと願っていた。なんと愚かで、儚い祈りであることか。彼が創作の際に感じていた孤独や虚無感や重圧のことを思えば、私たたちに彼の選択をとやかかう言う権利は毛頭なかった。ぼくのりりっくのぼうよみはみんなのりりっくのぼうよみを続けるのではなく、あくまで一人の個人として生き、そして滅びていくことを決めたのだ。

ラストアルバム「没落」は、彼曰く「可愛い子供」らしい。「いかに彼または彼女を輝かせるかを考えたゆえの行動です」と語る彼の顔には、悪戯好きで無邪気な子供っぽい笑みが浮かぶ。やれやれ。アルバム発売から今までに至るまでの全ての行動が、彼の思惑通りだったということだ。私たちはどれだけ彼の世界の上で踊らされているのだろうか。


そして昨日、ぼくのりりっくのぼうよみとしてのラストライブ「葬式」の幕が上がった。会場には2000人。生配信のニコニコ動画では述べ約40000人が見守る中、ぼくりりは黒衣を纏って十字架を背景にステージへと登場した 。

口火を切ったのは「遺書」。「あなたに届いたかはわからない!」と天に向かって叫びながら歌う彼に、会場は一気に引きづり込まれる。野次も声援もMCもない。着席したままの観客は何もできず、ただ暴力的なまでに彼の世界の虜となった。続いて「あなたの手を握ってキスをした」、「sub/objective」、「CITI」と1stアルバム「hollow world」の楽曲が続く。インターネットの世界で感じていた息苦しさを吐き出すように重厚なサウンドに合わせて歌い上げた後に続いたのは「Black bird」。やさしくチルな雰囲気で、時折ステージの階段に座って語りかけるように歌うぼくりりに、画面越しではあったが涙が溢れた。「二度と来ない朝」では愛と憎悪が混じり合う様を、「断罪」では「許して 許して 許して」と慟哭し赦しを乞うた後、続くのは今や彼の代名詞的な存在となった曲「人間辞職」。攻め攻めなサウンドにぼくりりのセンセーショナルな声が完璧に合わさった時、観客はもう余すことなく彼から視線を離すことができなくなった。「Be Noble」、「在り処」、「liar」と軽快に歌い上げた後に続いたのは「僕はもういない」。懺悔の曲と彼自身がツイッターで語ったこの曲では、彼自身が創作の過程で感じていた孤独や、自分を偽り続けていたことへの葛藤を感じることができた。そして「For the Babel」、一昨年のクリスマスプレゼント「blacksanta pt.2」が後を引き継ぐ。徐々に深くなる闇の中で、観客の彼への視線の熱は一瞬たりとも冷める瞬間を知らないかのように、その光のほとばしりを強くしていた。「祈りを持たない者ども」では「下品の中に神を見ろ」と低く深く強く訴えかける。まるでぼくりり自身が、その神を切に求めていたかのように。MVが衝撃的だという意見が圧倒的多数を占める「輪廻転生」がその祈りを丁寧に引き継いだ。「犯した罪は消えない あの傷は償っても治癒することはない いとも容易く奪い取った この目には煤けて見えた 石ころだって 誰かの宝 今更気づいたところで もう遅い もう遅い」。アカペラで荘厳な雰囲気のまま歌いあげる様子は形容し難く圧倒的だ。そして、ライブは残り3曲へと突入していく。

「曙光」。マイクスタンドを両手で握り祈るように歌う彼の姿に、その死が近づきつつあることを全ての観客に予感させる。神聖な空気をのみ込んで続くのは「没落」。超人への道を愉しむかのようにリズミカルに刻むビートが、シニカルでポップな未来を感じさせてくれた。終盤で流れる鐘の音は、この葬式にはぴったりだ。そして、最後。これで最後と言わんばかりに少し間を置いてヴァイオリンが「超克」のメロディを奏で始める。ほとんど水も飲まず、休憩も取らず、まるで自分の限界へ挑戦しているようなぼくりりの姿に、観客はもう言葉を発することはできない。「誰も見たことのない景色が見たい」と歌う彼の瞳には、テープスコールの中で一体どんな景色が見えていたのだろうか。左手の掌を天に掲げて、ぼくりりはその役目を果たし終え、最期は雷鳴とともに彼方へと消えライブは幕を閉じた。

ぼくりりを辞職し、人間を辞職し、没落し美しく散った彼は、この後の人生で一体どんなことを成していくのだろうか。

いつかまた、何かの形で彼の作品を見てみたい。

その時はもう一度、私たちは彼の掌の上で上手に踊らされながら、あらん限りの感性を使い切って感じようではないか。

R.I.P ありがとう。ぼくのりりっくのぼうよみ 。

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