見出し画像

「25歳のときなにしてた?」Vol.8:作業療法士 てっちんさん

–プロフィール
岡山県岡山市出身、中村哲朗さん、あだ名はてっちんさん

作業療法士の専門学校に通い、資格を取得。現在老人ホームや地域に出て介護予防教室や高齢者のサロンで作業療法士としてリハビリを行っている。また個人の活動では、幼い頃から好きだった場所大山で、小さな子供から大人まで楽しめるイベント「芝と生きる」を主催している。

ー仕事に私生活。振り返ると25歳は転機だったー

見えないゴールを追い求めた葛藤の日々

–てっちんさんが25歳のときはなにをしてましたか?
てっちんさん:ちょうど25歳になる直前ぐらいから日記を書き始めてたのでひっぱり出してきて読み返してみました。

当時の「哲朗日記」を見せてくれるてっちんさん

てっちんさん:25歳は、作業療法士としてリハビリの仕事をして2年目ですね。4年生の作業療法士の専門学校だったんですけど、5年間学校に行ったので、24歳で社会人1年目、25歳で社会人2年目ということでしたね。

–仕事はどんな感じでしたか?
てっちんさん:職場では、新しい仕組みを作ったりプログラミングを使って仕事の効率化をしたりいて、めちゃくちゃ仕事ができる同じ職種のリハビリの先輩がいて、下にはしっかりした後輩が入ってきて、「自分は職場で存在感あるんかな?」「自分自身はこれでいいのかな」って不安な気持ちがその時は凄くあって悩んでいましたね。

それに後輩が入ってきてなんかよく見せようと変な無理の仕方したなとも思いますね。自分の心が動いて頑張っていたというよりは、やらんといけんみたいな、外的要因の動機で内側からぐっと燃えてやってきたものではなかったんです。なので、ゴールがないのにゴールを目指してた感じなので、それが余計に苦しかったと思うんですよね。

そういう状況だったので振り返りをしたいなって思って、日記を始めようって思ったんですよね。

25歳のてっちんさん。リハビリのお仕事中

–自分を見返すための日記でもあったんですね。そういう時は誰かに相談していましたか?
てっちんさん:そういうのは全然なかったですね。今だったらちょっと離れたところから「自分は今こんなこと思ってたんだな」って俯瞰して思えるんですけど、当時はそんな余裕はないから、ただ息苦しさとか居心地の悪さとかこのままでいいのかなっていうのを凄く思っていました。

ゴール目がけて走る日々

–25歳の時にこれだけはするぞ!と決めていたことはありますか?
てっちんさん:僕は本当に体を動かすのが好きなので、フルマラソンで3時間切るっていうのを目標にして走りまくってました。なんか3時間切れる人って全体の5%とかでトップでも2時間20分とかなんですよ。

25歳の時には本当に”3時間切るぞ!”と、練習すればできるとも思っていたんですよ。でもね、結局体がついてこないんですよね。それで走り過ぎで疲労骨折しちゃうんです。儚くも目標は途絶えてしまって、タイムは3時間20分くらいでしたかね。それ以上追い込むと骨が折れちゃうっていう。

–えぇ!疲労骨折してしまったんですか!
てっちんさん:月間200キロくらいは走ってましたからね。仕事行く前に20km走って出勤するっていうのをやってました。でも月間250キロとか超えてきたらもう体がだめっていうのがわかったんですよ。

仕事の方はゴールが見えず葛藤していたけど、運動の方はゴールという成果が見えるんですよね。結構運動とかスポーツとかって自己肯定感が高まるのが気持ちがいいのでやっていたのがありますね。目標を設定してそこに向けて追い込むっていう楽しさはありました。

ちょっとね度は過ぎているんですけどね(笑)

25歳がポイントだった

–将来に対してどんな風に考えていましたか?
てっちんさん:その時はリハビリの仕事をしていて葛藤したりしていて、いまいち将来像を描けなかったっていうのがあるんです。リハビリの仕事をぼんやり続けていくとは思っていたんですけど、将来像っていうのはいまいちイメージがつかなかったんですね。

逆に今の方が5年後を考えた時に大山で仕事をしたいとか、イメージは持っているなと思います。

–25歳の時は将来像のイメージがつかなかったんですね。
てっちんさん:そうですね。25歳の時は潜在的に鳥取県大山町のことは好きだという思いはあったけど、大山で何かをやりたいとかはなかったんです。
ただ、25歳の年の1年間で、大山に住んでいたおじいちゃんとおばあちゃんが2人とも亡くなっているんですよ。それで母親が岡山から大山に移って、祖父母の芝農家の仕事を受け継ぐことになったんです。

それを機に僕も、子供の頃から大好きな場所大山で働きたいなっていう風に思っていく一つのきっかけだったなっていう風に思っています。なので25歳は転機で、おじいちゃんとおばあちゃんが亡くなったとか、一方で結婚を決めて仕事を頑張って行かないといけないっていうタイミングで、25歳がポイントだったんだなって思いますね。

なぜか広島県に住んでます!

–25歳の自分が今の自分をみて一番予想していなかった出来事は?
てっちんさん:大山でイベント開いたりとかそうなんですけど、岡山に残って欲しいと思ってプロポーズしたのに、今僕が妻に合わせて広島県の呉市にいるっていうのが想像つかないことですね!

–25歳の時にプロポーズされたんですね!
てっちんさん:彼女は元々広島県の呉市出身で、看護師をしていたんですが、当時は養護教諭になるための学校に行っていたんです。ちょうど僕が25歳の時に、彼女が養護教諭になる場所を広島にするか岡山にするかの選択をしないといけない時期だったんです。
僕は結婚したいという思いはあったので、僕は社会人2年目で彼女は学生だったけど、岡山に残って欲しいということで、プロポーズしました。

–最後に25歳の私に向けてメッセージをお願いします!
てっちんさん:他の人と比べたり、背伸びをしたり、かっこよく見せたりとか、そういうのがあるかもしれないですけど、色々経験してプロセス踏んで思うことは、できることをできるだけやるっていうことしかないかなと思うんです。
もちろん引いた目で見れたらいいと思うんですけど、それも分からない時は、無理せず、背伸びせず、今の目の前のことに集中してできる範囲でできることをやることだと思います。

大好きなビールを飲んでいる25歳のてっちんさん

話し手:中村哲朗
聞き手・書き手:増井結花

※文中の記述はインタビュー当時の内容です

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?