DAO(分散型自律組織)のガバナンスとスマートコントラクト

本レポートは、国際取引法学会で行った「DAO(分散型自律組織)のガバナンスとスマートコントラクト」の報告をNote用にコンパクトにまとめたものです。詳細な学術的な報告は別に行うとして、DAOに関わるコミュニティの人たちに海外で何が起こっているかなどを知ってもらうことを目的としてまとめています。

なぜ今、DAOが注目されているかというと、Web3促進の文脈でDAOが注目されているからである。つまり、Web3 で資本主義経済の根本的な概念が変化しつつあり、組織形態もDAO (分散型自立組織)のようになっていくことが想定されており、自由民主党「デジタル・ニッポン2022~デジタルによる新しい資本主義への挑戦~」「DAO の法人としての認定について早急に検討すべき[1]」との提言が行われているからです。具体的には、「NFT や暗号資産をコミュニティの会員証明や報酬、決済手段として利用することで、同一のミッションに賛同する多様なステークホルダーが参加可能な新しい組織ガバナンスやプロジェクト遂行の形(分散型自律組織、Decentralized Autonomous Organization、以下「DAO」という)が国内でも生まれはじめており、地方活性化や社会課題解決の新たなツールとなる可能性も注目されている。さらに、個人の金融ニーズを個人が支援する金融の形(分散型金融、Decentralizd Finance(DeFi))、性別や国籍、地域、人種等を超越した仮想的な交流空間であるメタバース等を実現する動きも加速している[2]。」との意見も示されています。

暗号資産を支える技術であるブロックチェーン、そしてWeb3は次世代の産業の起爆剤となり得るとして注目されていますま。DAOはこれらを九科す組織体として注目されています。2022年3月に米国のバイデン大統領が「デジタル資産の責任ある発展を補償することに関する大統領令」を出して、暗号資産分野での検討促進を命じています。また、2022年4月に英国財務省が、英国を暗号資産のハブにするという計画を示している、という海外での動きもあり、2022年6月に日本政府が「経済財政運営と改革の基本方針2022(骨太方針2022)」にweb関連政策を盛り込んでいます。

このような環境の下で、DAOに注目が集まっており、その今後を考えていきます。


はじめに

DAO(分散型自律組織(Decentralized Autonomous Organization )。以下、「DAO」という。)という組織がある[3]。2020年ではまだ200程度しかなかったのが2021年には2000にまで増え、2022年8月時点で5000近くまでに増えている組織である[4]。DAOの特徴は、法定された形態ではないため様々な定義がなされることがあるが、「分散されていることにより中央における管理組織の不存在」「ガバナンス・トークンによる自律的な組織運営」「スマートコントラクトの活用」の3つが挙げられることが多いく、ブロックチェーン上での運用される組織となっている。組織というより、プロジェクトなのか、エコシステムと捉えるのが良いのか、既存の組織体系、組織運営とは異なる新しい仕組みであり、法に基づいた組織ではないため、用語の定義や組織の特徴も定められたものはなく、発展途上の段階となっている。

新しい組織形態である、DAOは、既存の組織体系とは異なる存在であり、法に基づいた組織ではないため、法的位置づけが不明確となっており、DAOそのものも様々なパターンが存在している。ただし、最近のブロックチェーン関連のビジネスなどで用いられている。ただし、最近のブロックチェーン関連のビジネスなどで用いられており、法整備ができている国・地域へと動いていくため、日本で新しいビジネスを促進するのであれば、DAOの組織、ガバナンス、そしてスマートコントラクトについて考察を加えることを通じて、その特徴を明確にして、法的性格を明確にすることが必要と考えている。


(1)   DAOとは

分散化という思想は、暗号資産の仕組みであるPear to Pear Network[5](以下、「P2Pネットワーク」という。)と同じである。暗号資産であれば従来は中央に金融機関のような決済の取り次ぐ機関があったのに対して、P2Pネットワークでは取引を行う人と人とが直接取引を行うこととなる。DAOにおいても、中央に経営者がいるのではなく、分散によってP2Pで参画する人と人とが直接取引を行うというものであり、その際に、取引を自動で行うスマートコントラクトが実行されるということになる。


図表1 分散・P2Pネットワーク

(出所)筆者作成

 DAOは、中央に誰かがいて経営・運営しているわけではなく、あらかじめ作りこまれているスマートコントラクトというプログラムに基づいて、決めるべきことがあれば参加者の投票に基づいて意思決定が行われる組織となっている。DAOはネットワーク上に存在している場合が多く、どこの国にいても参画できることとなり、国際横断的な組織となっていることが多く、グローバルな存在となっている。DAOの組織の運営方法として、株式ではなくガバナンス・トークンと呼ばれるトークンの保有者が意思決定に参加できる仕組みが運営としての特徴とされている。つまり、トークンのやりとりを通じて何かを生み出すように機能するコミュニティである[6]

 スマートコントラクトといっても、DAOであるため、相手方がいるわけではなく、契約の要件を満たすかが問われることとなる。英国では契約とは、人又は団体と他の人又は団体との間における当事者間における義務負担の合意であって、かつ法的拘束力を有するものとされているところ、契約の相手方がないものの、スマートコントラクトは従来の契約と原理的に異なるものではない、とされている。

法律の観点から、DAOの法的課題として挙げられるのは、「DAOの法的位置づけが不明確(権利の主体となり得る組織なのか)」「ガバナンス・トークンは新しい組織のガバナンス足り得るのか」「スマートコントラクトは契約足り得るのか」「税務面での取り扱いが決められていない」といったことが挙げられる。本稿ではこれらの法的課題について論ずることとしたい。

スマートコントラクトは少し早く1997年からであり、DAOの歴史は2013年から始まったとされ、2014年にイーサリアムの創成者の一人であるヴィタリック・ブリテンによるDAOについてのエッセイ[7]にDAOのコンセプトが記されている。


図表2 DAOの歴史

(出所)長嶋・大野・常松法律事務所「自律分散型組織(DAO)-その概要、近時の世界的動向と法的課題-」(2022年4月)を元に筆者が加筆

近年、DAOが注目されたきっかけとしては、海外にスタートアップが逃げていく税金の問題の関係として取り上げられていた。これは、暗号資産であるガバナンス・トークンを発行してDAOとなるべきエコシステムを立ち上げて、運営が軌道に乗るまでは過半数のガバナンス・トークンを保有している場合、売却することができない状態にもかかわらず、時価評価されて当期損益に反映され、益金にも反映されるため、多額の税金を支払い必要があるため、有望なスタートアップが海外に逃げていること、とされている。また、税金問題は日本経済新聞[8]などのメディアに掲載される他、新経済連盟の提言[9]などを契機に議論が行われ、日本政府の2022年の骨太方針に取り入れられるようになっている。


(2)   DAOの実例

DAOの組織の実例として、作品ごとに製作チームが立ち上げられてスタッフや俳優を集めて行われる「〇〇映画製作委員会」が近いかもしれない。DAOとして認識されている実例としては、暗号資産のビットコインやイーサリアムがある。ビットコインは、立ち上げたとされる人物の名前はあるものの、誰かが運営しているわけでもなく、ビットコインはビットコインのアイデアを出したサトシ・ナカモトなる日本人のような名前を名乗る個人は知られているが、運営組織は存在していないにもかかわらず、2009年にスタートしてから止まることなくシステムとして動き続けている[10]

また、DeFi(分散型金融)のユニスワップ、コンパウンド、MakerDAOなども、金融的な取引を中に人が介在せずに行っている。図表2はUniswap における暗号資産の交換の説明例であり、暗号資産の交換においては、利用者は、暗号資産のペアごとに存在する「流動性プール」の中から交換したい暗号資産ペアのプールを選び、自身の暗号資産を差し出して、目的の暗号資産を得ることとなる。その際の交換レートは、プール内の当該暗号資産ペアの残高の積が、取引の前後で一定になるように自動計算されることとなっており、人の介在なく取引が行われている。

米国ドルと連動するDaiを発行するMakerDAOは、2014年に設立され、その発展促進を担う組織としてMaker財団が設立されていたが、同財団は役割を終えたとして2021年に解散しており、運営はMakerDAOが自動的に行っている。このMakerDAOのトークンである MKR は分散型取引所で購入でき、他のDeFiのトークンも分散型取引所で購入できる。 つまり、誰もが Maker プロトコルの将来に投票権を持つことができ、投票によって運営が決められることとなっている。

また、シェアベースのメンバーシップとしてのMolochDAOなどもある。MolochDAO はイーサリウムプロジェクトの資金調達に焦点を当てている。メンバーになるための提案が必要となり、提案によって、助成先候補として、十分な情報に基づいて判断できるだけの必要な専門知識を持っている評価される。ただし、オープン市場でこの DAO へのアクセス権を購入することはできない。

さらに、特定の目的のためのDAOも設立されており、米国憲法の初版を購入するためのDAO[11]であったり、ウクライナの人道支援を行うためのDAOといったものもできている。このように必ずしも営利のための組織ではない社会公共的な組織の運営にも向いているといえよう。ただ、資金調達目的で、注目を集めやすい DAO を装って、換金性のあるトークンを発行することも発生している。もともと詐欺的なDAOであったり、運営がうまくいかなくなったDAOも存在する。

 一方、DAOの失敗事例として、The DAOがある。The DAOは、ICOにおいて2016年に11,000人から1.5億ドルを集めた自立型分散ファンド。投資対象をガバナンス・トークンによる投票によって決定し、利益が上がれば投資家に分配するDAOとして立ち上げられた。しかしながら、The DAOのスマートコントラクトにバグがあり、5000万ドル相当の資金が盗難にあったため、事業は立ちいかなくなった。

この盗難をなかったことにする対応がイーサリアムで行われたことから、過去のデータを変更するのはブロックチェーンの思想から異なっている、コードに書かれたことでできることが行われただけなのにそれを否定するのは間違っている、ということが唱えられ、イーサリアムのハードフォークが行われた。

2017年、SECがThe DAOについて、少数の意思決定者の決定に基づいて決定が行われることとなっていたことなどを指摘し、The DAOは米国証券法上の証券に該当していると「The DAOレポート[12]」において指摘している。

現在のわが国における組織形態として近いものとして、合同会社と有限責任事業組合とがある。法人として登記できる合同会社や法人格は無いが組合として登記できる有限責任事業組合は、登記できることにより預金口座ができることになるが、登記できないDAOではDAOとしての預金口座は持てないことになる。ただし、DAOの受け皿としては、構成員となるための契約関係が異なったり、有限責任事業組合は投資対象とする資産が株式、各種債券、金銭債権、匿名組合契約の出資持分等の取得・保有など法律に列挙されたものに限られるなど、暗号資産への投資できないことから、暗号資産とされる場合のガバナンス・トークンは保有できないという制約があり、DAOの運営には向いていない。

図表3 図表組織形態別比較


(出所)長嶋・大野・常松法律事務所「自律分散型組織(DAO)-その概要、近時の世界的動向と法的課題-」(2022年4月)を元に筆者が加筆


1.    DAOの組織

(1)   組織の特徴

DAOの特徴の一つである組織は、ヴィタリック・ブリテンのエッセイに記されている図があり、真ん中に人がおらず周辺で働いている人がいるものをDAOとしている。真ん中に人がおらず周辺で働いている人がいないものをAI。真ん中に人がいるが周辺で働いている人がいないものをロボット。真ん中に人がいて周辺で働いている人がいるものをつまらない古い組織、としている。これをまとめたのが、下表となる[13]。周辺で働いている人は当該DAOに貢献することを意図して参加してきている人であり、当該DAOに魅力がなくなれば去っていく関係であり、組織に縛られているものではない。そのため、「貢献する人」としている。

図表4 DAOの組織としての特徴

(出所)Vitalik Buterin, DAOs, DACs, DAs and More: An Incomplete Terminology Guide (May 6, 2014)を元に野口悠紀雄『ブロックチェーン革命―分散自律型社会の出現―』(日本経済新聞社、2017)に筆者が加筆


DAOと従来の組織とは、組織がフラットであり、経営者が存在しないことがその一番の違いとされている。ただし、新しいプロジェクトを立ち上げたときなどは、当該プロジェクトを立ち上げようとした当初のメンバーの熱意と想いがプロジェクトを牽引することが望ましい時もあり、当初は設立メンバーによる牽引が行われている場合がある。

(2)   DAOの法的位置づけ

DAOにおいて課題となっているのは、DAOの法的位置づけとして権利の主体となり得るのか、というのがある[14]。そもそも、法人格が認められない場合の問題点[15]としては、(1)契約当事者・訴訟当事者になることができない、(2)許認可の取得主体になることができない、(3)法令遵守の主体になることができない、(4)課税対象が不明確となる(法人課税か、構成員課税か)といったことが挙げられる。

DAOの法的位置づけを明確にしている動きとして、米国ワイオミング州がDAOを有限責任会社(LLC)として法人化できる法律が2021年4月に成立、7月に施行している。つまり、DAO法に基づいて、LLCとして登録できるようになったということである。法律の内容としては、法人課税を選択しなければパススルー課税、定款にDAOであること明記

DAOの議決権、脱退の要件の設定、DAO結成の条件として、その組織基盤となるスマートコントラクトが更新、修正、その他のアップグレードできることが定められている[16]。ワイオミング州では、ブロックチェーンとスマートコントラクトは、ワイオミング州のような州で必要とされるイノベーションを生み出す、特徴的で多面的な技術と考えている。ワイオミング州にはブロックチェーン企業を惹きつける能力が備わっているため、円満な環境を作ることの重要性を認識すべきとしている[17]。しかしながら、ワイオミング州のLLCとしてのDAOは、DAOの運営にあたって個人責任を負うことや運営の負荷がかかることなどからDAOとしての概念にそぐわないものとなっているとする見解もある[18]

2021年7月にDAO企業として、American CryptoFed DAOがスタートしている。SECにステーブルコインを発行する登録の届出を9月から提出しているが、登録は差止めされる判決が出ている。この判決の意義としては、登録を差し止められた理由が届出書に記載している内容に不備があることによるものであり、内容としては意義は無いが、DAOが訴訟の当事者となったという点において、意義のある判決となっている。

DAOの法的位置づけにより問題となる事象としては、訴訟が挙げられる。米国におけるDAOに対する訴訟として、2022年5月にハッキングにあったDAOであるDeFiプラットフォームbZxに対して、賠償請求の訴訟が提起されている。被告には共同創設者、bZx投資家、プロトコルを作成し管理していた会社、取引プラットフォームを運営していた会社などが含まれている。他に、米国において、 2022年5月にDAOのDEXであるUniswapを相手に取引において損失を被ったことが、未登録の証券を取引させていることや取引されているトークンに詐欺的なものが含まれていることを以って、訴訟を提起しているとの記事もある。DAOに訴訟を提起した時に、誰が訴訟の当事者となるのか、そもそも訴訟の相手方となり得るのか、といったことが注目されている。ただし、ワイオミング州のDAOのように法的主体となれば、訴訟の当事者となり得ており[19]、SECから発行しようとしたトークンの差止めが出されている。

DAOの法的関係が不明確であることから、ブロックチェーンに関する国際的な専門家コミュニティであるCOALA(Coalition of Automated Legal Applications )から2021年6月にモデルローの提言が行われている[20]。モデルローではDAOを設立する巡る法的不確実性を解決するための道筋を提示しており、DAOが法人格を取得するための要件を提示している。法人としては法的な代表者を設置することを求めており、税制としてはパススルー課題としてDAO辞退に課税を発生させず、また構成員は株主と同様に有限責任とすることを示している。また、個別の国における法制としてではなく、国家間でDAOを統一的に取り扱うことを目指した提言となっている。このようなアプローチも含めて検討を行っていくことが望ましいと考えられる。

わが国において法人格を認めるために、新たな組織形態を認めるのか、既存の組織形態のいずれかにあてはめていくのかを検討する必要がある。有限責任事業組合に必要な修正を加えた一類型として認めていくのか、新たな組織類型を作るのかといったことが考えられ、有責の範囲、財産の帰属、譲渡制限など検討すべき課題は多い。


2.    DAOのガバナンス

(1)   ガバナンスの特徴

DAOのガバナンスは、運営を行っている主体が、暗号資産であるガバナンス・トークンを発行し、当該トークンを持っている者が投票によりDAOにおける意思決定を行う仕組みとなっている。


図表5 株式会社とDAOのガバナンスの比較

(出所)筆者作成


(2)   ガバナンス・トークン

組織としての意思決定として用いられるガバナンス・トークンは、DAO発足時に資金調達として発行される場合だけでなく、DAOが行っている事業への貢献に対する報酬として発行される場合もある。そして、発行されたガバナンス・トークンが、取引所において取引されることもある。ただし、ガバナンスとしての投票権を持つが、株式ではない。プロトコルの変更に関する投票券のようなものとして機能しており、トークンホルダーの定着を図るために、手数料の支払や保有者に対するトークンの配布が行われることもある。このようなガバナンス・トークンを、株券または投票券として位置づけるか、資金調達なのか、預かっているのか、その位置づけをどのようにするかによって、規制、会計、税務にも関わってくる。トークンの区分としては、支払トークン(ビットコインなど)、セキュリティ・トークン(アセット・トークン、インベストメント・トークンなどとも呼ばれ、証券の性質を持っている場合など)およびユーティリティ・トークンに分けるのが一般的である[21]。また、ガバナンス・トークンが売買されて流通することもあり、暗号資産交換所に上場されていることもある[22]

ガバナンス・トークンで一つの投票権が一般的である。平等な投票であり、誰が投票しているかは非公開とすることができ、集計も容易となっている。しかし、設立当初は発起人的な人物が多数のトークンを保有してリードすることもある。順調に運営できるようになった後は一定量を売却して、一貢献者として関わることとなる場合もある。その後も、少数の保有であるが、影響力を持ってリードしている事例も見られる[23]。過半数を取って、悪意のある決定やスマートコントラクトの改悪を行われる例もある。ガバナンス・トークンの設計も様々となっている。


3.    DAOを支えるスマートコントラクト

(1)   スマートコントラクトは契約たり得るのか

スマートコントラクトをブロックチェーン上に記録されたコードにおいてあらかじめ決められていた条件に基づいて、あらかじめ定められた資産の移転などの行為を実行すること、スマートコントラクトは、特定の条件が満たされれば特定の行為が行われる(例えば保険であれば、給付対象の事案が発生すれば給付金が支払われる)といった契約の束で成り立っている。ブロックチェーン上ではないが、一番簡単で身近なスマートコントラクトは自動販売機である[24]、という説明がされることがある。つまり、定められた金額の金額を硬貨などで支払うことにより、指定した飲料が払い出されることとなっており、ここに人の介在はなく、あらかじめ定められたルールに基づいて執行されている。また、保険契約などもスマートコントラクトに乗りやすいとされる。

わが国では、ブロックチェーンという技術を用いてネットワーク上に記録・保持される分散台帳について、取引参加者全員が合意している仕組みが取られており、そのような合意が一種のソフトローとなってシステム全体を支えているから、その取引上のルールはこのような合意に根拠を求めるべきであるとの見解もある[25]。しかし、このような見解に対しては、参加者によるそのような規範的合意があるとは思われず、合意を根拠にして証拠以上の法的効果を分散型台帳に認めることは適切でないといった見解もあり[26]、スマートコントラクトについての明確な指針は示されてはいない。

暗号資産などの根本的に思想に「Code is Law」の考え方があり、当該エコシステムの中では、コードとして書かれたルールが法律にとって代わると考えられている[27]。スマートコントラクトに記述されたとおりに手続きが行われるのであるが、例えば、未成年が契約の当事者となった場合の保護の在り方や、日本では認められていないが当該地域では認められている手続(例えば、当該地域では合法な麻薬の購入など)をどのような規制すべきなのか、といった論点はある。


(2)   英米でのスマートコントラクトの検討

欧米での動きを見る際には、「米国アメリカのどんどんやれ主義と、EUの前もって規制を整備して予見可能性を高めて発展を促そうというアプローチ[28]」であり、そのアプローチは異なっている、ということを前提としてみておく必要がある。

米国では州ごとに法規制が異なり、州が産業振興や企業誘致を狙って法改正を行っている[29]。2015年にバーモント州においてブロックチェーン法が制定されており、2017年にはアリゾナ州においてスマートコントラクトに関する法律が制定されている[30]。また、2018年にバーモント州においてブロックチェーン基盤の有限責任会社(BBLLC )を可能とする法律が成立、2019年にデラウェア州において DAO としての多くの特徴を有する The LAO (Limited Liability Autonomous Organization ) が有限責任会社(LLC )として設立するといったように各州で競い合っている。

米国においては、スマートコントラクトに関する明確な指針が示されておらず、議論が続けられている状態となっている。

一方、欧州では、2019年11月に英国のローテック・デリバリー・パネルが公表した暗号資産およびスマートコントラクトの法的課題に関する声明において、スマートコントラクトをイングランドの法律の下での「法的強制力のある合意」と結論付けた[31]

さらに、2021年11月にイングランドおよびウェールズのロー・コミッションは、同地域における現行法は、スマートコントラクトへの適用に十分対応できると発表している[32]。ただし、すべてのスマートコントラクトとはせずに、一定の要件を満たしたスマート・リーガル・コントラクトについては、と制限が入っていることについても留意すべきであろう。


4.    DAOの今後への検討

DAOは、今後の新しい組織形態として導入される可能性はある、と考えている。しかしながら、会社法、法人税法など関係する法令の調整が必要であり、導入は簡単ではない。税務だけでなく、DAOを法律でどのような組織体(有責の範囲、財産の帰属、譲渡制限など)として定義し、ガバナンス・トークンをどのように定義するか、資金調達である場合にどのような規制を行うのか、によって、DAOが今後使われるかが変わってくる。

新しい形態として、国境を越えて発展する土台として期待できるかもしれない。また、全ての組織がDAOになるわけではないことは認識しておく必要はある。しかしながら、DAOの運営内容に応じて、法律・税務などから「優しい」国を選択することが生じている。

そのため、わが国でもDAOの受け皿となる組織形態についてモデルローを参考として導入することが望ましいと考えている。DAOとしての法的な組織体を認め、その条件にあった組織体をDAOとしての法的取扱いを明確にすることにより、活動の安定性を持たせることが望ましいと考えている。そのためには、DAOでありながら、代表者を定めるといったことのようなDAOらしくはないが、法的な権利主体となるために法律に合わせることも必要となってこよう。



[1] 自由民主党「デジタル・ニッポン2022~デジタルによる新しい資本主義への挑戦~」2022)。

[2] 自由民主党「NFT ホワイトペーパー」2022。

[3] イーサリアム財団「分散型自律組織(DAO)」(https://ethereum.org/ja/dao/)参照。

[4] DeepDAOのホームページ参照(https://deepdao.io/organizations、最終閲覧2022年8月11日)。最終閲覧時点では4833であった。

[5] 中央組織を通すことなく、末端(pear)であると末端を直接つなぐことからPear to Pear Networkといわれる。

[6] 伊藤穣一『テクノロジーが予測する世界』63-64頁(SBクリエイティブ、2022)。

[7] Vitalik Buterin, DAOs, DACs, DAs and More: An Incomplete Terminology Guide (May 6, 2014).

[8] 日本経済新聞「酷税に失望、デジタル頭脳去る 暗号資産で「戦えない」」2021年11月7日。

[9] 新経済連合「ブロックチェーンの官民推進に関する提言」において、「STO・ICOに関する会計基準の整備」及び「税制改正」が含まれていた。

[10] 馬淵邦男ほか『Web3新世紀』29-34頁(日経BP社、2022)において、DAOを(1)プロダクト指向型DAOと(2)目的指向型DAOに分けている。プロダクト指向型DAOとは、「どこかの企業が中心となって開発するのではなく、有志が集まって開発して普及させ、そのリターンとしてトークンの値上がり益を享受するタイプ」であり、プロダクトという仕組みを作り上げることを指向して作られている。ただ、初めからDAOとして立ち上げるのではなく、会社または財団として立ち上げて、DAOに移行していく取り組みも行われている。目的指向型DAOとは、何らかの目的を持って集まった組織がつくるDAOである。

また、Balaji Srinivasan氏のツイッターでの発言DAOのように、実態としては、管理者やCEOが存在せず、スマートコントラクト上で自動化されている自律的DAO(Autonomous DAO)だけでなく、複数の意思決定者が存在し、官僚的に行われている官僚主義的DAO(Bureaucratic DAO)や1人の明確な意思決定者が存在しているCEO DAOもあるとされている。これらの区分の中では自律的なDAOとCEOが存在するDAOがメンバーの権利を守るという観点からは優れている、とされている 。DAOとしては自律的DAOを目指しているものの、その途上の形態として、CEO DAOなどが存在していることとなる。また、最初からDAOという形態をとらずに、自律分散化ができるようになった時に自律的DAOに移行することを志向している組織もある(https://twitter.com/balajis/status/1494244523983081475、最終閲覧2022年8月11日)。

[11] ConstitutionDAOが、落札には失敗したものの、米国憲法の初版の1冊を購入するために、1週間たらずで1万7000人の資金提供者から4000万ドル以上を調達した。

[12] Securities and Exchange Commission, Report of Investigation Pursuant to Section 21(a) of the Securities Exchange Act of 1934: The DAO (July 25, 2017). 。このレポート以降、ICOによる資金調達のいくつかに対して証券法違反として罰金を課し、登録を求めるなどの対応も行われている。

[13] 野口悠紀雄『ブロックチェーン革命―分散自律型社会の出現―』(日本経済新聞社、2017)。

[14] David Kerr and Miles Jennings, A Legal Framework for Decentralized Autonomous Organizations (November 2021).など参照。

[15] 長嶋・大野・常松法律事務所「自律分散型組織(DAO)-その概要、近時の世界的動向と法的課題-」(2022年4月)。

[16] 長嶋・大野・常松法律事務所「ワイオミング州DAO法の概要」(2022年5月)、Temte, Morgan N. (2019) "Blockchain Challenges Traditional Contract Law: Just How Smart Are Smart Contracts?," Wyoming Law Review: Vol. 19 : No. 1 , Article 7. など参照。

[17] Sai Agnikhotram and Antonios Kouroutakis, Doctrinal Challenges for the Legality of Smart Contracts Lex Cryptographia or a New ‘Smart’ Way to Contract?, 19 J. High Tech. L. 300 (2019)

[18] 柳明昌「DAOの法的地位と構成員の法的責任」法學政治學論究 132号 39-40頁、注37(2022)において、特別な立法の意義を疑わしいものにする、としている。

[19] ワイオミング州のDAOであるAmerican CryptoFed DAO LLCがトークンを発行するとしてSECに提出したフォーム10において発行しようとしている「トークンは、証券ではない」と記載しているが、記載に誤りがあり、証券ではないと認められないため、トークンの発行を認めないとする判決が出されている。(https://www.sec.gov/litigation/admin/2021/34-93551.pdf#:~:text=1.%20American%20CryptoFed%20DAO%20LLC%20%28CIK%20No.%201881928%29,was%20incorporated%20in%20Wyoming%20on%20February%2011%2C%202021.、最終閲覧2022年8月11日)。

[20] . COALAによるモデルロー(https://coala.global/daomodellaw/、最終閲覧2022年8月11日)。

[21] トークンの性質としては、ユーティリティ・トークンに区分される。ユーティリティ・トークンは、何らかのサービスを受ける権利などを持ったトークンとされている。ただし、複数の区分の性格を持つ場合もある。ESMA(欧州証券市場監督機構)やFINMA(スイス連邦金融市場監督機構)はペイメント・トークン、ユーティリティ・トークン、アセット・トークンに3分類している。ESMA, ‘Advice on Initial Coin Offerings and Crypto-Assets’, (2019)は、アセット・トークンではなくインベスチメント・トークンとしていた。FINMA, Guidelines for enquiries regarding the regulatory framework for initial coin offerings (ICOs) (2018). 暗号資産に係る法規制については拙稿「暗号資産に係る各国における法規制および会計処理」(国際商取引学会会報、2022年9月発行予定)参照。

[22] ヴィタリック・ブリテンは、2022年7月にガバナンスが譲渡できるのであれば、権力を追い求める者がそれを追求することを可能にするとして、譲渡可能なガバナンス・トークンでDAOは可能かとの懸念を提起している(https://twitter.com/VitalikButerin/status/1552703630024867841、最終閲覧2022年8月11日)。

[23] イーサしリアムの創設者の一人であるヴィタリック・ブリテンの発言は影響力があることは知られている。イーサリアム財団は2022年4月公表したレポートにおいてイーサリアムの03%しか保有していないことを公表している(https://ethereum.foundation/report-2022-04.pdf、最終閲覧2022年8月11日)。しかしながら、イーサリアムに対する影響は大きい。

[24] Nick Szabo,. Formalizing and Securing Relationships on Public Networks. First Monday, 2(9). (1997).https://doi.org/10.5210/fm.v2i9.548が初めてのスマートコントラクトを示した記述とされている。ニック・サボはスマートコントラクトにおいて契約の履行だけでなく、正常に履行できなかった場合などにもアルゴリズムを関与させることを想定している。プリマヴェラ・デ・フィリッピ=アーロン・ライト著、片岡直人編訳『ブロックチェーンと法』99-122頁(弘文堂、2020)ケビン・ワービック著、山崎重一郎監訳『ブロックチェーンの技術と革新』315-344頁(ニュートンプレス、2021)、山崎重一郎ほん『プロックチェーン技術概論』54-70頁(講談社、2021)参照。

[25] 末廣裕亮「仮想通貨の私法上の取扱いについて」NBL1090号68頁(2017)

[26] 森下哲朗「分散台帳技術と金融取引」ジュリスト1529号28頁(2019)

[27] ローレンス・レッシグ著(山形浩生訳)『CODE VERSION 2.0』(翔栄社、2007)「第一章コードは法である」1-12頁参照。サイバー空間においては、一般社会における法による規制に代わって、プログラムにおけるコードが何を行えるのか行えないのかといった規制する法として機能としていると記している。

[28] 片桐直人ほか「ブロックチェーンと法(下)」法律時報 94巻9号122頁〔片桐直人発言〕(2022)。日本については、EUと米国あいだで、様子を見ながら手探りで推進している、と評している。

[29] 現在の米国の法制の下で、二人以上の者が営利目的で事業の共同所有者となる場合にパートナーシップが成立するとされており、当事者がパートナーシップを成立させる意図を有するかは問わない。そのため、DAOは米国でのジェネラルーパートナーシップに該当すると考えられる 、プリマヴェラ・デ・フィリッピ=アーロン・ライト著、片桐直人編訳『ブロックチェーンと法』200-201頁(弘文堂、2020)、Nathan Tse, Decentralised Autonomous Organizations and the Corporate Form, 51 VicL U. Wellington L, Rev, 313, 346-347 (2020) などの見解もある。

[30] Jared Arcari, Note, Decoding Smart Contracts: Technology, Legitimacy, and Legislative Uniformity, 24 FORDHAM J. CORP. & FIN. L. 363 (2019) at 370.

[31] The LawTech Delivery Panel, Legal statement on cryptoassets and smart contracts (November 2019).

[32] Law Commission, Smart legal contracts Advice to Government, 2021.

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