見出し画像

鬼滅の刃二次創作

 こんにちは、もの子です。前回は鬱々とした小説を投稿してしまったので今回は少し楽しい小説を投稿しようと思います。これは私が一番鬼滅の刃にハマっていた2020年の冬頃「もし鬼滅の刃のキャラクターがカラオケに行ったら何を歌うかな?」と考えてそれを小説の形にまとめたものです。Twitterで一部のFFさんに見せたところ好評だったのでこちらにも載せちゃおうと思います。

 注意事項としては時代がめちゃくちゃです。現代の歌が普通に出てきます。そもそも大正時代にカラオケってないですよね?(笑)また、CPとしては炭カナ善ねずおばみつはガッツリあります。ほんのりぎゆしのもあるかも?いわゆるぎゆしの未満ってやつですね。地雷の方はお気をつけください。

『もしも鬼殺隊のメンバーでカラオケに行ったら?』

「ねぇみんな、カラオケって知ってる?」
 蜜璃から突然柱のグループラインにメッセージがきた。お祭り好きの彼女のことだ。何やら楽しげなことを考えているのだろう。けが人の診察を終え一息ついていたしのぶは早速返信をする。
「聞いたことないですねぇ。何ですかそれは」
「行きつけの甘味処の店主が教えてくれたのだけど、みんなで美味しいものを食べながら歌を歌う場所みたいなの。良ければ柱のみんなで行きたいのだけどどうかしら?」
「何だ、カラオケか?それならこの宇髄天元様に任せろ!俺は祭りの神、いや、カラオケの神だ!」
「宇髄さんは行かれたことがあるんですか?」
「おう!嫁三人と月に一度は行くぜ!」
 さすがは派手好きの宇髄だ。音柱ということもあり歌の実力は間違いないだろう。しのぶが頼もしく思っていると
「うむ!何やら楽しげな話をしているな!俺も参加させてもらおう!」
「甘露寺が行きたい場所ならば間違いなく楽しいに決まっているだろう。甘露寺の誘いを断る塵は万死に値する。そいつは俺が細切れになるまで切り刻む」
 煉獄と伊黒が話に乗ってきた。伊黒は相変わらず蛇のようにネチネチしている。この調子では嫌われてもおかしくなさそうだが、蜜璃はそんな伊黒をいつも「ネチネチしてて素敵♡」と言っている。
 先日蜜璃にハイカラな料理を教えてもらったときも彼女はずっと伊黒の話をしていた。しのぶはふっと笑いながら送信ボタンを押す。
「それでは今度の日曜日、柱合会議の後に皆さんで行きましょう。全員参加ということで大丈夫ですか?」
「ぼくはどちらでも……」
「皆が行くならば私も参加させてもらおう。私の奢りだ……南無阿弥陀仏」
 しのぶの提案に返事をしたのは時透と悲鳴嶼だ。悲鳴嶼には自分が最年長だという意識があるのだろう、彼らしい配慮がみられる。
「よっしゃ!じゃあ決まりだな。まだ何も反応してないやつは誰だ?」
 宇髄の呼びかけにしのぶはまだ返事をしていない二人の顔を思い浮かべる。厄介な二人が残ったものだと思っていると
「俺は遠慮する」
 二人のうちの一人、冨岡が空気を読まない発言をした。
(まあ冨岡さんならそう言うと思ってましたけど……)
 今頃伊黒は冨岡に向けて呪詛の長文ラインをネチネチと打っていることだろう。それが送信される前にしのぶは冨岡に呼びかける。
「冨岡さん、柱同士の親睦を深めるのも重要なことですよ」
「お前たちで勝手に深めろ。俺には関係ない」
「あなたはどうしていつもそうつれないのです?理由を説明してください」
「俺はお前たちとは違う」
 全くもって意味が分からない。冨岡は根が悪いわけではなくきちんと優しさも持ち合わせていることをしのぶは知っているが、彼は絶望的に言葉が足りないのだ。それゆえ誤解を招くことがあり他の柱と時折衝突する。
「全くもう……そんなだからみんなに嫌われるんですよ」
 彼をその気にさせる意味も込めてしのぶは軽く毒を吐いた。だが、冨岡からの返事が一向にない。流石に強く言い過ぎたのだろうか、しのぶが少し心配し始めた頃
「俺は嫌われてない」
 何だか的外れな返事が返ってきた。呆れたしのぶはさらに毒を吐く。
「あぁそれ……すみません、嫌われている自覚がなかったんですね。余計なことを言ってしまって申し訳ないです」
 またしばらく間が空く。
「カラオケとやらに行ったら皆と仲良くなれるのか?」
 嫌われてないと言い切ったものの、やはり本人も少し気にしているのだろう。そんな冨岡が少し可愛らしく思え、しのぶはクスッと笑う。
「ええ。カラオケは皆さんと仲良くなるチャンスですよ」
 実際は伊黒や不死川と衝突し余計に仲が悪くなる可能性の方が高そうだが、しのぶは冨岡にカラオケに参加してほしいと思っていた。最愛の姉を失ってからしのぶはいつも笑顔を絶やさずにいるが、そんな生活にも少し疲れ始めている。なぜかは分からないが冨岡はしのぶが唯一自分を飾らずに毒を吐ける相手なのだ。
(冨岡さんって歌は上手なのかしら……。顔だけは美形ですしうまかったらかっこいいですが、あの人は不器用だからやっぱり下手くそかもしれませんね……)
 ぼんやりと考えごとをしていたせいでしのぶはラインを見るのを忘れていたことに気づく。慌ててスマホを見ると冨岡から返事が来ていた。
「やはり、俺も参加させてもらうことにする。不死川はどうだ?」
 しのぶは頭を抱えた。不死川は冨岡を最も嫌っている人物の一人である。ただでさえカラオケなどという話に乗りそうもない彼が、嫌いな冨岡から話を振られたらどうなるか。しのぶがフォローを入れようとしたそのとき
「俺はァそんなふざけたところには行かねェぞォ」
 案の定不死川から怒りのラインが届いた。しのぶがどうしようかと思いあぐねていると
「不死川、お前はお館様のご意志に背くのか」
 思いがけず悲鳴嶼が会話に入ってきた。
「先日お館様とお話ししたとき、今後より強い鬼を倒していくためには柱同士の連携が必要だとお館様はおっしゃっていた。カラオケとやらはその第一歩となるが、お前は行かないのか」
 カラオケが柱同士の連携を図る第一歩になるかどうかは甚だ疑問であるが、この場を丸く収めるためにもしのぶはそれに乗っかることにする。
「もし不死川さんだけカラオケに行かないとお館様が知ったら、お館様を悲しませてしまうことになりますよ?」
 しばらく間が空いた後、不死川から返事が来た。
「分かったよォ、行けばいいんだろォ」
「良かったです!では当日、楽しみにしていますね♪」
 こうして今度の日曜日、柱9人でカラオケに行くことが決まったのだった。

「では、今回の柱合会議はこれでお開きとしよう」
 いつも通りお館様の言葉で柱合会議は締めくくられ、皆でぞろぞろと庭に出る。
「皆でカラオケに行くのとっても楽しみね♪伊黒さん♡」
「あぁそうだな」
 しのぶは相変わらず仲の良い蜜璃と伊黒を横目に歩いていた。と、そのとき
「あ!お〜い、柱のみなさ〜ん!ご無沙汰してま〜す!」
「なんだ?カラオケってうまいのか?」
「ちょっと伊之助!さっきから食べ物じゃないって言ってるでしょ!馬鹿なの?」
「みんな、もう少し静かにした方が……」
 ここにいるはずのない4人が駆け寄ってくるのが見えた。新人の鬼殺隊士である竈門炭治郎、嘴平伊之助、我妻善逸、栗花落カナヲだ。炭治郎は鬼になった妹の禰豆子が入った箱を背負っている。
「あァ?!何でテメェらがここにいるんだよォ」
 以前禰豆子を巡って炭治郎と一悶着あった不死川が怒りを露わにすると
「俺が呼んだ」
 冨岡がしたり顔で答えた。滅多に笑わない彼が「ムフフ」と笑っている。なぜ冨岡はいつも人の神経を逆なですることばかりするのだろうか。しのぶは以前から密かに疑問に思っている。冨岡に悪気が一切ないことをしのぶは知っているがそこがまた厄介だ。
そして冨岡に続き炭治郎が笑顔で不死川に話しかける。
「不死川さんすみません。玄弥も誘ったんですけど、玄弥は自分が行っても兄貴が怒るだけだからって……。次の機会には必ず連れてきますね!」
 玄弥は不死川の弟だが不死川はいつも自分に弟はいないと言っており、弟の話になるといつも声を荒げるのだ。そんな彼に向かってなぜ今玄弥の名前を出すのか。冨岡も冨岡だが炭治郎も炭治郎だ。兄弟弟子揃ってずれているというか天然なところがある。水の呼吸を使っているとそうなるのだろうか。
 しのぶが呆れるのも束の間、
「俺には弟なんていねェ。いい加減にしねぇとぶち殺すぞォ!」
 不死川の怒声が響き渡った。今にも刀を抜こうとする不死川にしのぶは笑顔で話しかける。
「まあまあ不死川さん。人数が多い方がきっと楽しいですよ?それに、下の子と仲良くするのも柱の務めです。先日もあまり下の子に意地悪をしないようにとお館様からお叱りを受けたばかりじゃないですか」
「………………」
 不死川が俯きながらぶるぶると震えている。呼吸も荒い。彼は今、お館様の顔を思い浮かべながら葛藤しているのだろう。
「わ、分かったよォ……」
「さぁではみんなで行きましょう♪宇髄さん、案内よろしくお願いしますね」
「おし!それはもう派手派手なカラオケボックスに連れて行くぜ」
 こうして柱と炭治郎たちは宇髄の言う「カラオケボックス」という場所へぞろぞろと向かうのであった。

「うむ!これは宇髄らしい豪勢な場所だな!」
「だろ?俺様のお気に入りの部屋だぜ」
 ここは宇髄の予約していたカラオケボックスの大部屋だ。照明はやや暗めだが天井の中央にはミラーボールがあり色とりどりのライトがギラギラとしている。冨岡が炭治郎たちを呼んだのは想定外のはずだが、彼らが入っても十分なゆとりがあるほど広い。椅子はふかふかしており何もかも高級感が溢れている。
「金を払うのは私なのだが……南無阿弥陀仏」
「うおー!なんだこれ!この土地の主の腹の中か?うぉおお!戦いの始まりだ!」
「馬鹿にも程があるだろ!ここは歌を歌う場所なの!あっ禰豆子ちゃん箱から出てきたのぉ?今日も可愛いね♡俺の隣に座ろ」
 ワイワイガヤガヤとした空気の中皆思い思いの席に座る。ふとしのぶは炭治郎の隣でもじもじしながら所在無げに立っているカナヲに気が付いた。
「カナヲ、私がお隣に座ってもいいかしら」
「は、はい師範……!」
「お、カナヲ!じゃあしのぶさんと一緒にここに座るといいよ!」
炭治郎がすっと自分の右隣を示す。
「うん……ありがとう」
カナヲは炭治郎の横にそっと腰を下ろす。頰がほんのりピンクに染まっており少し嬉しそうだ。
(ふふっ。カナヲも随分と表情が豊かになりましたね)
 カナヲはかつて親に売られ縄で連れ歩かされていたところをしのぶと姉のカナエが買い取ったのだ。最初カナヲは表情が乏しく命令されたことしかしようとしなかったのでしのぶはずっと心配していたが、カナヲも最近は少しずつ自分の気持ちを出せるようになってきた。「いつか好きな男の子でもできたらカナヲだって変わるわよ」いつしかの姉の言葉が蘇る。カナヲの横に腰を下ろしながらしのぶが姉の柔らかな笑顔を思い出していると
「失礼する」
 冨岡がストンと自分の右隣に座った。
「あら冨岡さん、珍しいですね」
「あちらのテーブルは埋まっていたからな」
しのぶが反対側のテーブルに目をやると、煉獄、時透、悲鳴嶼、宇髄、蜜璃、伊黒、不死川は既に席についていた。伊黒はもちろん蜜璃の隣に座っているが、彼と蜜璃の間は一尺ほど空いている。
 煉獄は大きな声で隣の時透に「時透!君は歌うのが好きか?」などと話しかけているが、時透は上の空だ。時透は過去の記憶や本来の自分を忘れてしまっているらしく常にぼんやりしているところがあるが、煉獄はそんな時透を何かと気にかけている。同じ年頃の弟がいることもあり面倒見が良いのだろう。
 するとノックの音が聞こえ部屋の扉が開いた。
「お飲み物とお食事をお持ちしました」
 フライドポテトに唐揚げ、サラダ、天ぷら、うなぎの蒲焼き、鮭大根、生姜の佃煮、炊き込みご飯、ふぐ刺し、焼き芋、ふろふき大根、とろろ昆布、おはぎ、桜餅と様々な料理がテーブルに並んでいく。
「わぁ♡とっても美味しそうね♪」
 蜜璃が料理に目を輝かせた。彼女は筋肉の密度が人の八倍ありその分消費するエネルギーが大きい。そのためいつもものすごい量の食べ物を食べるのだ。噂によると相撲取り三人よりもたくさん食べるとか。伊黒はそんな蜜璃を穏やかな眼差しで見つめている。
「よし!料理も来たことだし一曲目は俺様がド派手にパァーッと決めてやるぜ!」
 一番にマイクを握り立ち上がったのはやはり宇髄だった。ヘアバンドの宝石がライトできらりと光る。

「つ〜よ〜く〜〜な〜れ〜る〜〜理由を知〜〜った〜〜ぼ〜くを〜〜連〜れて〜〜す〜すめ〜〜♪」

 流れ出したのはLiSAの『紅蓮華』である。さすがは音柱、パンチが効いておりプロなのではないかと思うくらい歌がうまい。全員食事の手を止めて宇髄の歌に聞き入っている。

「どうしたって〜消せないゆ〜めも止まれないい〜まもだ〜れかの〜ために強く〜な〜れ〜るなら〜あ〜りがとうかな〜しみよ〜〜♪」

 曲が盛り上がるに連れて宇髄のアレンジがどんどん「派手に」なっていくが、それがまた深みを出している。心を強く揺さぶられたのはしのぶだけではないだろう。部屋全体が熱気を帯びているのをしのぶは感じていた。
 特にしのぶの斜め向かいに座っている伊之助は興奮で目をキラキラと輝かせている。料理が出された途端猪頭を脱ぎ捨て天ぷらにかぶりついた伊之助だったが、宇髄の歌が始まった途端食べるのをピタリとやめたのだ。食い意地が張っている伊之助にとってこれは奇跡に近いことである。

「ぐれ〜んの〜華よ〜咲〜きほ〜これ〜〜運命を 照らして〜〜〜♪」

 宇髄の歌が終わった。少しの間が空いた後、部屋は拍手喝采に包まれた。
「うむ!宇髄殿!君の歌声は素晴らしい!感動したぞ!」
「嗚呼、なんと素晴らしい歌声だ……南無阿弥陀仏」
「きゃあ宇髄さん♡こんなに歌が上手いなんて知らなかったわ♡素敵♡」
「すごかったなぁ……すぐ忘れるけど」
「ちっ……男前で嫁さんが三人もいるだけじゃなくて歌も上手いのかよ……」
「宇髄さんほんとすごいです!」
「ムゥ、ムゥ〜〜!!」
 煉獄、悲鳴嶼、蜜璃、時透、善逸、炭治郎、禰豆子が口々に賛辞を述べる。ちなみに蜜璃が宇髄を絶賛したとき伊黒が宇髄をギロリと睨んだのをしのぶは見逃さなかった。
 ガターン!突然激しい音がしたのでしのぶが慌てて振り返ると伊之助が立ち上がっていた。
「すっげ〜な!さすが祭りの神だ!山の王の俺様もやってやるぜ!!」
 伊之助は宇髄のもとへ駆け寄りマイクを奪った。が、しばらく硬直した後
「なんで音楽が流れねえんだ!山の王の俺様にとっとと音楽を流しやがれ!」
 曲が始まらないことに怒り暴れ始めた。
「はぁ?自分で曲を入れなきゃ始まるわけないだろこのバカ猪」
「あぁ!?紋逸のくせに偉そうなこと言うんじゃねえよ!曲入れるとか意味分かんねえ!」
「まあまあ善逸も伊之助も落ち着けよ」
 善逸と炭治郎も加わり騒ぎが大きくなってきたとき
「うっせえんだよォ塵どもがァ歌うならとっととしやがれェ!」
 不死川が三人を一喝し、部屋はしんとなった。冷え切った空気をなんとかしなければとしのぶは伊之助に声をかける。
「まあまあ。初めてなのですから分からないのは当然ですよね。宇髄さんを見てやり方はなんとなく分かったので私が入れてあげますよ。伊之助くんが歌いたい曲はなんですか?」
「……曲の名前は分かんねえけど、明かりをつけましょぼんぼりに〜ってやつだ」
「あら、それは『うれしいひなまつり』ですね」
「はぁ?お前何考えてんの?ひなまつりって三月の歌だぞ?今は七月です、し・ち・が・つ!」
「ああん?紋逸、親分の俺様に文句あんのか?」
「俺はいいと思うぞ、伊之助。みんなそれぞれ好きな歌を歌った方が楽しいじゃないか」
「ほら見ろ。権八郎も良いって言ってるじゃねえか」
「あ〜もうはいはい。いいですよ好きにすれば」
「では『うれしいひなまつり』でいいですね」
 しのぶが曲を入れると穏やかで可愛らしい旋律が流れてきた。

「明かりをつけまショぼんぼりにーィ お花をあげまショ桃の花ーァ♪」

 伊之助の歌声には独特な語尾上がりの癖があり決して上手いとは言えないものだった。だがそれも含めてなんだか愛らしい雰囲気を纏っている。禰豆子は曲に合わせて嬉しそうにタンバリンを鳴らしていた。
 しのぶはふと、なぜ伊之助がひなまつりの歌など知っているのだろうと疑問に思った。山の中で猪に育てられた彼に歌は無縁のはずだが……。もしかしたら伊之助は蝶屋敷の女の子たちが歌っているところを見たのかもしれない。その光景を思い浮かべしのぶはほっこりする。

「はーるの弥生のこの良き日ーィ 何より嬉しいひなまつりーィ♪」

 伊之助は歌い終わると腰に手を当て踏ん反り返った。
「どうだ!山の王である俺様の歌声は!」
「いや普通に音痴だよ語尾上がりの癖なんとかしろよ気持ち悪い」
 辛辣な評価を述べる善逸に伊之助は激怒するかと思いきや、意外にも伊之助は善逸をギロリと睨みつけただけでズカズカとしのぶの方に歩いてきた。伊之助はしのぶにマイクをぶっきらぼうに突き出す。
「ほらしのぶ、お前も歌え」
「伊之助くん……」
 しのぶは驚きながらマイクを受け取った。自惚れているわけではないが、しのぶは伊之助が自分に対して少し特別な意識の向け方をしていることに前から気がついていた。はっきりとは分からないが、彼がしのぶと話すときの眼差しは母親を慕うような柔らかさを纏っているような気がするのだ。名前を覚えるのが苦手な伊之助がしのぶだけは正しく名前を呼ぶことにしのぶはもちろん気がついている。
「ふふっ。では私は夏らしい歌でも歌うことにしますかね。カナヲも一緒にどうです?」
 自分からは絶対に歌うと言わないであろう妹にしのぶは優しく微笑みかけるが、カナヲは「え、し、師範……」もじもじしている。
「わぁ、しのぶさんとカナヲの歌!ぜひ聴きたいです!ほらカナヲ、頑張れ!」
「う、うん……炭治郎、ありがとう」
 炭治郎からマイクを受け取ったカナヲはマイクを両手でぎゅっと握りしめた。その姿はなんとも可愛らしい。
「では、私とカナヲで『打上花火』を歌います」
 しのぶが曲を入れると少し儚げな美しい旋律が流れ出した。しのぶがなぜこの曲を選んだのかというと、来週ある花火大会に炭治郎と行く約束をしたカナヲがその日から度々この曲を口ずさんでいるからだ。カナヲが浴衣に合う髪の毛の結い方をこっそり練習していることもしのぶは知っている。今度まとめ髪のやり方を教えてあげようと思いながらしのぶは歌い始めた。

「あの日〜見わ〜たした渚を 今も〜思い出すんだ〜♪」

 我ながら良い歌い出しだ。宇髄ほどではないがしのぶも歌にはそれなりに自信がある。隣のカナヲは少し慌てた様子で口をパクパクしていた。自分がいきなり振ったのだから無理もない。頰がほんのり上気しており一生懸命歌おうとしているのが分かる。炭治郎が優しい眼差しでカナヲを見つめていた。
(カナヲ、頑張って!)
 しのぶが心の中でカナヲに声援を送っているうちに曲はサビに入った。

「パッと光って咲い た〜は なびを 見 てい た〜 きっとまだ 終わ ら〜ない夏が〜♪」

 カナヲもサビからはきちんと入れたようだ。大きな声ではないがきちんと歌えている。だんだん心にゆとりもできてきたのだろう、心なしか表情も少しずつ生き生きとしてきた。その表情を見てしのぶはほっと安心する。内気なカナヲを歌に誘うことはしのぶの賭けだった。下手をしたらカナヲを焦らせるだけで終わってしまう可能性もあったが、カナヲは今みんなの輪の中で彼女なりに楽しむことができている。しのぶの賭けは成功したのだ。

「曖昧な こ ころを〜 解 かして つ ない だ〜 この夜が〜続いて欲しかった〜♪」

 二人が歌い終わると、皆が「ほぅ……」とため息をつくのが分かった。しのぶとカナヲの歌に聞き惚れていたのだろう。そして
「カナヲ!良かったぞ、頑張ったな!」
「俺ほどじゃねぇが派手に決めてくれるじゃねぇか胡蝶」
「しのぶさぁ〜ん、お声もお顔もお美しい〜〜。カナヲちゃんも可愛いよ〜〜。まぁ俺は禰豆子ちゃん一筋だけどね!」
「ムゥ、ムゥムゥ〜〜!」
「しのぶちゃんもカナヲちゃんもとっても可愛いわ♡素敵♡」
「やるなしのぶ!」
 皆が口々に感想を述べる。
 ふとしのぶは部屋に入ってからというもののほとんど言葉を発することなく隣で鮭大根を貪っている彼の存在を思い出した。ちょうど最後の一口を口に入れたところのようだ。しのぶはそんな彼の腕を人差し指で突っつきながら声をかける。
「どうでしたか?冨岡さん」
 鮭大根で口の周りを汚した冨岡が顔をあげる。
「……うまかった」
「まさかそれ、鮭大根の感想ではないですよね?」
「………………」
 どうやら図星だったらしい。
「そういうところですよ、冨岡さん……。私は先程の歌についてきいてるんです」
「……うまかった」
「あなたはそれしか言えないんですか……。まぁそれなら良かったです。ところで冨岡さんは何かお歌いにならないんですか?」
「……俺は歌わない」
「あらあら……せっかくみんなと仲良くするためにカラオケに来たというのに……。そんなだから嫌われるんですよ?」
「………………」
 何も言わない冨岡にしのぶはさらに畳み掛ける。
「ここで歌わずに帰っちゃうと、冨岡義勇は歌が下手だから逃げ帰ったんだって言われちゃいますよ?それでもいいんですか?」
「……俺は下手じゃない」
(やれやれ……)
 相変わらず口下手な冨岡にしのぶが呆れていると
「わぁ、冨岡さんの歌、俺も聞きたいです!」
「ムゥ〜〜!」
 炭治郎と禰豆子が会話に入ってきた。冨岡は30秒ほど逡巡していたが二人の期待の眼差しに根負けしたのか
「……歌う」
 ついに歌うことを承諾した。
「さあさあ、頑張ってください、冨岡さん。応援してますよ」
 にっこりと微笑みしのぶが曲を入れる機械(宇髄によると「デンモク」と言うらしい)を冨岡に渡すと、冨岡はもたもたした手つきで曲を入れた。
 冨岡は一体何を歌うのだろうかとしのぶが考えているとのどかな三味線の音色が流れてきた。桐谷健太の『海の声』である。穏やかな海のイメージが冨岡の編み出した技である「水の呼吸 拾壱の型 凪」を連想するからだろうか、彼によく似合った曲だとしのぶは思った。
(季節もぴったりですし、冨岡さんにしては気の利いた選曲ですね……)
 しのぶが感心したのも束の間、

「そらのこえ〜〜〜が聞きたく〜て〜 風の〜〜こ〜えに〜み〜みすま〜せ〜〜♪」

 なんとも音痴な歌声が聞こえてきた。歌っているというよりは歌詞を棒読みしているのに近い。そもそもリズムが全くと言っていいほど合っていない。
(やはり不器用な冨岡さんは歌も下手でしたか……)
 しのぶが残念なような少し安心したような複雑な気分になっていると
「地味にぼそぼそ歌ってんじゃねぇよ冨岡ぁ!もっと派手に行け派手に!」
「冨岡ァふざけてんのかテメェ、ブチ殺すぞォ」
「貴様、それで歌を歌っているつもりなのか。これではまるでつまらない昔話を聞かされているようではないか。貴様の歌など聴く価値もないと思っていたがやはりその通りだったな。甘露寺の尊い耳を貴様の汚い歌声で汚すなゴミカス」
「音痴な冨岡さんも可愛くて素敵♡」
「嗚呼、なんというみすぼらしい歌声だ……。冨岡の存在自体が可哀想だ」
「何この歌声……まぁどうせすぐ忘れるしどうでもいいけど」
「うむ!聴くに耐えない歌声ではあるが一生懸命歌うのは良い心がけだ!頑張れ冨岡!」
 柱の面々が次々と冨岡に茶々を入れる。冨岡はそれが聞こえているのかいないのか、「どういう気持ちの顔これ」という顔で淡々と歌い続けている。

「こ〜え〜に出〜せば と〜どきそ〜うで今日〜も歌って〜る う〜みの〜声にのせて〜♪」

一体どうやったらそんなにめちゃくちゃなリズムになるのか。しのぶも他の柱に続き持ち前の毒舌で冨岡をからかう。
「あらぁ?冨岡さん、俺は下手じゃない、なんて断言しておいてその有様ですか?もしかして、嫌われていることだけじゃなくて音痴なことにも自覚がないんですかぁ〜?」
 しのぶは「蟲の呼吸 蜻蛉ノ舞 複眼六角」とまではいかないが隣で歌っている冨岡の腕を素早く何度もつつく。冨岡は一瞬困ったような表情になったが構わず歌い続けた。

「川のこ〜〜え〜よや〜〜まの声よ〜 僕〜〜の〜声を乗せて〜ゆけ〜♪」

 何とか最後まで冨岡が歌い終えたそのとき、
「冨岡ァ、テメェ気色悪い声で歌いやがってェ」
 不死川が立ち上がりズカズカと冨岡の方へ向かって歩き出した。これはただ事では済まないかもしれない。
「キャーーだめだめ、喧嘩はだめだよっ。冷静に……」
 蜜璃が慌てて仲裁しようとしたそのとき
「不死川、お前も歌うといい。意外と楽しかったぞ」
 冨岡が「ムフフ顔」で不死川に語りかける。
「歌う前に腹ごしらえが必要か。そういえば不死川はおはぎが好きだったな。こちらのテーブルのおはぎも食べるといい」
 どんどん的外れな方向に言ってしまう冨岡。冨岡は口下手で無口であるが、なぜこう余計なことだけは言ってしまうのだろうかとしのぶが何度目か分からない溜め息をついたそのとき
「冨岡ァ、喧嘩売ってんのかテメェ、ブチ殺すぞォォ!」
 不死川が冨岡に襲いかかろうとした。だが、その瞬間煉獄が後ろから素早く不死川を抱え込んだので大事には至らなかった。
「不死川!隊員に暴力を振るうのは隊律違反だぞ!」
「柱同士の連携を取っていきたいというお館様のご意志にお前は背くのか」
 年長者である悲鳴嶼にまで叱責され不死川はバツが悪そうな顔をする。お館様の名まで出されてしまっては不死川に反論の余地はない。
「わ、分かったよォ」
「うむ!分かったのならそれでいい!ところで不死川、君も一曲歌わないか?」
 不死川を解放した煉獄が不死川にマイクをズイと突き出す。
「君なら米山官師の『みかん』なんかいいと思うぞ!」
「それを言うなら米津玄師の『lemon』だろォ。でも俺はそんなの歌わねェぞォ」
「うむ!そうか!曲の名前も歌手の名前も間違えるとは!よもやよもやだ!柱として不甲斐なし!穴があったら入りたい!」
「いや、全然穴に入りたそうな顔じゃねェぞォ。というか俺は歌わねェからなァ」
「不死川は歌が下手だから歌いたくないのか」
 いきなり冨岡が会話に割り込んできた。
「ハァ?!冨岡ァ、テメェにだけは言われたくねェぞォ。テメェなんか俺の足元にも及ばないってことを証明してやらァ」
 不死川が煉獄からマイクをふんだくった。こうして不死川は米津玄師の『lemon』を歌うことになったのである。

「夢な〜らば ど〜れほど 良〜かったで〜しょう 未だ〜に〜あなた〜の〜ことを〜夢〜に見る〜♪」

 これは、かなりうまい。彼らしい低音が効いており歌声に力強さがあるが、その中に繊細さも感じられる。不死川は普段荒々しい性格であるが、彼の根の優しさを表しているような歌声だ。しのぶは意外に思う一方で予想通りの気もしており不思議な気分になっていた。皆も同じ気分なのだろう、少し驚いた顔をして彼の歌声に聴き入っている。

「あの日の悲〜しみ〜さえ あの日の苦〜しみ〜さえ そのすべてを〜愛〜してた〜あな〜たと〜とも〜に〜♪」

 普段の彼にはとても似合わない歌詞だが少し切ない雰囲気が今は不思議と似合っている。もしかしたら彼は今失った家族や仲間と曲を重ね合わせているのかもしれない。しのぶは鬼に殺されてしまった両親と姉を思い出し少し泣きそうな気持ちになる。

「切り分〜け〜た〜果実のか〜たほうのよ〜うに〜〜 今で〜も〜あな〜たはわた〜しの〜ひか〜り〜♪」

 不死川が歌い終わった。部屋は何とも切ないようなしみじみとした空気に包まれている。
 すると煉獄がガタリと立ち上がり
「不死川!いい歌声だったぞ!よくやった!」
 不死川を全力で褒め称えた。部屋の空気が明るい方へガラリと変わる。
「派手に感動したぞ不死川。やるじゃねぇか」
「不死川さんにこんな一面があっただなんて♡ギャップが素敵だわ♪」
 皆が口々に不死川を褒め称える。ご褒美に渡すつもりなのだろうか、冨岡は小皿におはぎを取り分けはじめた。不死川は「そ、そうかよォ……」と少し照れた様子だ。そんな不死川に伊黒は少し拗ねたような視線を送っている。すると蜜璃は視線を不死川から伊黒に移し
「伊黒さん、私たちも何か歌いましょう♪」
 と笑いかけた。普段は歌など全く歌わなそうな伊黒であるが、
「か、甘露寺がそう言うなら……」
 とボソボソと答えている。蜜璃が可愛すぎて正視できないのか、彼女から目をそらしているのが何とも初々しい。口元に包帯を巻いているため表情ははっきりと見えないが満更でもなさそうだ。彼がいつも首に巻いている蛇の鏑丸は嬉しそうに蜜璃の方へと首を伸ばしている。
「やったぁ♪伊黒さん、嬉しいわ♡」
 蜜璃が胸の前でパチンと手を合わせる。
「どんな曲がいいかしら……。そうだわ!来週花火大会もあることだし、HoneyWorksの『東京サマーセッション』なんてどうかしら?」
「甘露寺が好きな歌ならば何でも構わない」
「じゃあ決まりね♪ふふっ、伊黒さんと歌えるなんて、とっても楽しみだわ〜♪」
 初めて聞くタイトルにどんな曲だろうとしのぶが思っていると。

「やあこんにちは♪」
「こんにちは」
「ねえ調子どう?」
「普通かな♪」

 二人の歌が始まった。どうやら男性と女性が掛け合いのように歌う歌のようだ。蜜璃の可愛らしい声がよく活きている。照れながらぶっきらぼうに歌う伊黒も音を正確に当てておりなかなかのものだ。ちなみに伊黒は歌を歌うときも口元に包帯を巻いたままである。

「待ってる 左手に〜〜 ほんの少し〜触れてみる〜〜 繋ぎたい 繋ぎたい〜だけど ポケ〜ット〜に隠れた〜」
「ほんとは 気づいてる〜〜 ほんの少しで届く距離〜〜 繋ぎたい 繋ぎたいほ〜んね 背中に〜隠すの〜♪」

 二人はお互いに目を逸らしながら顔を真っ赤にして歌っている。恥ずかしさからかサビに入ったあたりから蜜璃の声がところどころ裏返っているがそれが余計に愛らしい。伊黒の首元にいる鏑丸は妙にノリノリだ。
(ふふっ。不器用なお二人にぴったりな曲ですね)
 しのぶは照れまくっている二人をほほえましく思いながら見つめる。

「待ってる 左手に〜〜 ほんの少し〜触れてみる〜〜 繋ぎたい 繋ぎたい〜君を 黙って〜奪・う・よ〜〜」
「ほんとは 気づいてる〜〜 ほんの少しで届く距離〜〜 繋ぎたい 繋ぎたいぎゅ〜っと に〜ぎり 返〜す〜よ〜〜♪」

「お前らド派手に見せつけてくれんじゃねぇの〜」
 二人の歌が終わると宇髄がニヤニヤしながら二人をからかった。
「きゃあっ、宇髄さん、恥ずかしいわ」
 蜜璃が両手で顔を覆う一方、
「前から思っていたがこの曲に出てくる男は本当にろくでもないやつだな。俺なら甘露寺が髪の毛を15センチも切ったらすぐに気がつく。甘露寺が歌ってほしいと言ったから歌ったが俺の目はこんな節穴ではない」
 伊黒はこの曲の歌詞についてネチネチと文句を言っていた。だがそれも照れ隠しであることにしのぶは気がついている。
「あぁ甘露寺さんすごい可愛かったなぁ。禰豆子ちゃんも人間に戻ったら一緒に歌おうね♡」
「ムゥ〜〜!」
「そうだ、善逸も何か歌ったらどうだ?」
「そうだなぁ……」
 善逸、炭治郎、禰豆子がわいわい騒ぎはじめた。伊之助は飽きてしまったのか机に突っ伏して眠っている。善逸は少し悩むそぶりを見せたのち曲を入れすっくと立ち上がった。
「それでは我妻善逸、悲しい愛の歌を歌います」
「おっ、ド派手に決めてくれよ!」
 特徴的なリズムのイントロが流れてきた。Official髭男dismの『Pretender』である。

「き〜み〜と〜の〜ラ〜ブスト〜リ〜 それはよ〜そ〜う〜ど〜おり〜 いざ〜始まれば〜 ひとり芝居だ〜♪」

 予想以上にうまい善逸の歌にしのぶは驚いた。そう言えば善逸は耳が良く絶対音感があるのだったか。しのぶはかつて蝶屋敷で炭治郎がそう言っていたことを思い出した。善逸の歌声はどんどん大きくなっていき、曲が盛り上がるにつれて白熱してきた。

「グッバイ き〜み〜の 運命の人〜はぼ〜くじゃない〜〜 辛〜いけど〜否めな〜い でも〜離〜れがたい〜のさ〜♪」

 サビに入ったとき善逸が大粒の涙を流し始め、向かいに座っていたしのぶはギョッとする。彼は完全に自分の世界に入ってしまったようだ。炭治郎や禰豆子、カナヲも心配そうに善逸を見上げている。
 そしてカナヲはいつの間にか炭治郎の市松模様の羽織を羽織っていた。この部屋は冷房が効いているため炭治郎が気遣ったのだろう。

「永遠も〜 や〜くそ〜くも〜な〜いけれど〜〜〜 とても〜綺〜麗だ〜〜〜♪」

 歌い終わるや否や善逸は禰豆子に抱きついた。
「禰〜豆子ちゃ〜〜〜んっ!俺は禰豆子ちゃん無しでは生きていけないよぉ〜〜〜。俺と結婚してくれ〜〜〜〜っ!俺もうすぐ死んじゃうから〜〜〜〜っ!」
「こら善逸!禰豆子はまだ嫁には出さないぞ!離れるんだ!」
 善逸と炭治郎はもう大騒ぎだ。禰豆子は困ったように鋭い爪の生えた小さな手で優しく善逸の頭を撫でている。
「善逸くん、禰豆子ちゃんに一途なのね♡可愛いわ♡」
「嗚呼、何という感動的な愛だろうか……」
 蜜璃と悲鳴嶼は善逸の禰豆子を思う気持ちに心動かされたようである。いつも泣いている悲鳴嶼であるが、今はとびきり大粒の涙を流している。
「では私もそろそろ歌うとするか……」
 悲鳴嶼はマイクを自分の元に引き寄せた。彼は目が見えないため隣に座る時透に耳打ちして曲を入れてもらっている。果たして彼はどんな曲を歌うのだろうか、彼には演歌が似合うかもしれないなどとしのぶが考えていると、意外にも打楽器の可愛らしいリズムが聞こえてきた。Foorinの『パプリカ』である。

「曲が〜り くね〜り はしゃいだ道〜南無〜 青葉のも〜りで駆け回る♪」

 知っている曲なのだろうか、禰豆子はご機嫌な様子でタンバリンを鳴らし「ムムムムムゥムゥムゥ〜♪」とメロディに合わせて口ずさんでいる。血鬼術で幼子のようになっている禰豆子とは対照的に悲鳴嶼は屈強な大男であるが、見た目とのギャップが可愛らしく曲が不思議と彼に似合っている。音程は結構外れておりお世辞にも上手いとは言えないが、ところどころに「南無」が入ることを除けばリズムは概ね合っており少なくとも冨岡よりはよっぽどマシな状態だ。
 そういえば冨岡はどうしているだろうかとしのぶは右隣を見やると、いつの間にか冨岡はいなくなっていた。トイレにでも言ったのだろうかとあたりを見渡すと、冨岡は反対側のテーブルで小皿に生姜の佃煮をよそっているところだった。不器用なせいで手つきが妙にもたもたとしている。小皿一杯に生姜の佃煮を盛り付けると冨岡は「てちてち」と歩いて自分の席に戻り小皿をしのぶの目の前に置いた。
「……食べるといい」
 しのぶは驚いて冨岡の顔を見る。しのぶは生姜の佃煮が好物であるが、生姜の佃煮が盛られた皿は反対側のテーブルに行ってしまい諦めていたところだったのだ。しのぶが度々生姜の佃煮に視線を送るのを冨岡は見ていたということだろうか。彼は鈍くて天然なところがあるが、観察眼は優れているのだ。鬼との戦いにおいても彼の冷静な観察眼と素早い判断をしのぶは評価している。
「ありがとうございます。でも、こんなにたくさんは食べられません」
「そうか、では半分は俺がもらう」
 冨岡がもたもたと生姜の佃煮を半分自分の小皿に移す。
 気がついたら悲鳴嶼の歌は最後の盛り上がりを迎えていた。

「パプリ〜カ 花が咲い〜た〜ら〜南無〜 晴〜れた空に種〜を蒔こう 南無南〜無 夢を描〜いたなら〜南無〜 こ〜ころ遊ばせあなたにとどけ〜 か〜かと弾ませ南無南無とまれ〜♪」

 悲鳴嶼が歌い終わると皆がパチパチと拍手をした。
「悲鳴嶼さん、南無南無言っていてとっても可愛いわ♡」
「禰豆子ちゃんも楽しめたみたいで良かったねぇ♡」
「ムゥムゥ〜!」
 皆が口々におしゃべりを始めた。そんな中一人あらぬ方向を向きぼんやりとしている時透に悲鳴嶼はマイクを渡す。
「せっかくカラオケに来たんだ……。時透も何か歌うといい」
「ぼくは何も覚えてないから歌うのはちょっと難しいけど……この部屋に入ったとき最初に流れてた曲ならまだなんとなく覚えてるからもしかしたら歌えるかも……」
「うむ!それは春希の『長靴』だな!」
「いや瑛人の『香水』だろ。地味にかすってすらいねえな」
「よもや!では時透!全力で歌うといい!」
 ということで時透は『香水』を歌うことになったのだったのだが、しのぶは時透を心配していた。先程流れていたのを一度聴いただけでまともに歌えるとは到底思えない。タイミングを見て自分も助っ人に入らねばとしのぶはさりげなくマイクを引き寄せる。ところが

「夜中に〜 いきなりさ〜 いつ空い〜てるのってLINE〜♪」

 しのぶの心配をよそに時透の歌い出しは完璧であった。宇髄のパンチの効いた声とも不死川の低く響く声ともまた違う、少し甘いようなやさしい声が魅力的だ。この歌声を聴いたら恋に落ちる女性が続出しそうである。時透は刀を持って二ヶ月で柱になるほど剣術の才能に優れているが、彼の天才肌は剣術に限ったことではないようだ。

「別にき〜みを求めてないけど 横にい〜られる〜と思い出す 君のド〜ルチェア〜ンドガッバ〜ナ〜のその香水のせいだよ〜♪」

 いつも無表情である時透がほんの少し柔らかい表情をしている。そんな時透を蜜璃はやや興奮した様子で眺めていた。おそらく「きゃあ、無一郎くん♡かっこいいわ、可愛いわ♡」とでも思っているのだろう。煉獄は弟を見守るようなやさしい眼差しで隣の時透を見ている。

「でもまた同じことの 繰り返〜しって僕がフラれるんだ〜♪」

「うむ!時透!とても良い歌だったぞ!」
「派手に才能あるなお前」
「嗚呼、何と心に染み入る歌声だ……」
「きゃあ、無一郎くん♡かっこいいわ、可愛いわ♡」
 曲が終わると皆わっと時透に話しかけた。時透は普段感情の抜け落ちた声しか出さないので彼の歌はより皆の心を揺さぶったのだろう。
 炭治郎も時透に笑いかける。
「時透くんすごいな!こんな特技があるって知らなかったよ。俺も頑張って歌うから聴いてくれ!」
 と、その瞬間善逸がすごい勢いでガタリと立ち上がった。
「あ、俺ちょっとトイレ行ってきます……」
 善逸は隣にいる禰豆子をさっと箱に入れその箱を背負うと「雷の呼吸 壱の型 霹靂一閃」でも使っているのではないかと思うほどの速さで部屋をビュンと飛び出していった。
(善逸くん、顔色が真っ青だったけど大丈夫かしら……。状況によっては後ほど蝶屋敷で見てあげないといけませんね。というか、トイレに行くのに禰豆子さんを連れて行く必要はあるのでしょうか?)
 しのぶは善逸のことを心配したが、炭治郎は善逸の様子に全く気づくことなく煉獄に話しかけている。
「煉獄さんも一緒に歌いませんか?俺、煉獄さんと一緒にLiSAさんの『炎』を歌いたいんですけど!」
「うむ!『炎』は俺も大好きな曲だ!是非とも一緒に歌わせていただきたい!竈門少年、よろしく頼む!」
 こうして炭治郎と煉獄は一緒に『炎』を歌うことになった。二人が並んで前に立つ。穏やかなイントロが流れ、二人が大きく息を吸い込んだと思ったそのとき

「さよ〜なら あり〜がとう 声〜のか〜ぎり〜〜♪」
「さァ"よ"〜ならァ"ァ ヴァり〜グァトゥオ"オ" グォエ"〜のグワァギィりイ"イ"イ"♪」

 凄まじい騒音が部屋中に響き渡った。命の危機を感じたのか、それまでぐっすり眠っていた伊之助が飛び起きる。
 だが、よく聴いてみると煉獄は概ね正しい音で歌えており、声には彼らしい深みもある。どこから声を出したらそんなに大きな声が出るのだろうというくらい大声を張り上げておりうるさすぎるのが難点だが、歌っているのが彼一人であればそこまで問題ではなかっただろう。マイクを切るなどの工夫をすれば彼の歌を味わい深く堪能できたに違いない。
 問題は炭治郎である。彼は煉獄に負けず劣らずの大声で歌っているが、その声をほんの一瞬聞いただけでも吐き気が止まらなくなってしまう。言葉では説明できないほどのおぞましさだ。しかも煉獄の音とぶつかることで不協和音が生み出されている。ちなみに煉獄は自分が歌うのに夢中になっているのか炭治郎の歌を気にするそぶりはない。
 ふとしのぶはトイレに行くと言ったきり帰ってこない善逸を思い出した。彼は炭治郎の歌から逃げたのだと気づく。
(善逸くん、そういうことだったのですね……心配して損しました。ですが、禰豆子さんを守ったのは賢明な判断です)
 しのぶがあたりを見渡すとほとんどの人が真っ青な顔をしていた。伊黒は真っ青になりながらも蜜璃と鏑丸の背中をさすっており彼の優しさが伺える。
 だが、その中でただ一人、平然とした顔で二人の歌に聴き入っている男がいた。水柱の冨岡義勇である。彼は「水の呼吸 拾壱の型 凪」でも使っているのではないかというくらい平然とした顔をしていた。よほど集中して歌に聴き入っているのか、周りで苦しむ人々に気づく様子もない。
(冨岡さん、あなたという人は……)
 そう思ったのが最後、しのぶは気を失い机に突っ伏した。

「胡蝶!大丈夫か胡蝶!」
 煉獄の声でしのぶは目を覚ます。体を起こすと冨岡の羽織が畳まれ枕のように自分の頭の下に敷かれていたことに気がついた。
「すみません、私としたことが気を失ってしまうなんて不甲斐ないです。もう大丈夫ですよ」
「うむ!それは良かった!俺たちが歌い終わり気がついたら皆苦しんでいたのだ!よもやよもや!これはどうなっているのだ!」
「そうなんですよ!歌い終わったらみんな真っ青になっていたのでびっくりしました!ここにきて結構な時間が経ってますし、皆疲れが溜まっているのかもしれませんね」
「もしかしたら、食中毒かもしれない」
「いや違うから!お前たち頭おかしいから!俺は禰豆子ちゃんと近くの公園まで避難してたから助かったけどそうじゃなきゃ死んでるから!」
「ムゥ〜〜〜?」
 どうやら無事なのはたった今目覚めた自分を除き煉獄、炭治郎、冨岡、善逸、禰豆子の五人のようだ。他の人たちは皆気を失ったりぐったりしたりしている。中には泡を吹いている者もおり危険な状態だ。姿が見えない者はトイレに駆け込んでいるのかもしれない。
 しのぶは自分の手持ちの薬剤を確認する。目眩を和らげる薬と精神を落ち着かせる薬は持っている。吐き気に効く薬は今手元にないが簡単に調合できるだろう。
「煉獄さん、冨岡さん、善逸くん、炭治郎くん、禰豆子さん、ちょっと手伝ってください」
 こうしてしのぶを中心として大至急隊員たちの手当が行われたのであった。
 ちなみに煉獄と炭治郎の歌声は他の部屋にも、いや建物中に響き渡っていたらしく、今回カラオケに行ったメンバーは全員そのカラオケボックスを出禁となってしまった。宇髄お気に入りの店であったため、炭治郎と煉獄は後日彼のげんこつを派手に食らったという。

あとがき

 まずはこの長い小説を最後まで読んでくださりありがとうございます。いや、改めて見ると本当に長いですね!今文字数を見たら17,000字くらいあってびっくりです。卒論が20,000~40,000字と言われているのでこの調子なら卒論も楽々書けちゃうんじゃない?と楽観的な気持ちになってきました(笑)

 この小説は遊郭編の放送前に書いたものですが、今なら宇髄さんの選曲は絶対に残響散歌だろうと思いますね。ただ、紅蓮華に始まり炎に終わるという流れも綺麗で気に入っています。おばみつをどうしてもカップルで歌わせたかったのですがいい曲が思いつかずHoneyWorksの『東京サマーセッション』に。一つだけ曲の知名度が低くなっちゃったかな。難しい。

 冨岡さんは歌がうまいのか下手なのか?というのも悩みました。うまそうなキャラが多く下手枠が不足していたので下手ということにしてしまいましたが……歌がうまい冨岡さんというのも見てみたいですね!歌が下手でいじられキャラになってしまった分しのぶさんとの生姜の佃煮エピソードを付け足してみました。

 あ、あと伊之助の『うれしいひなまつり』と炭治郎の音痴設定は単行本のおまけ漫画からそのままいただいています。なんで伊之助がひなまつり?と訊かれることがあったので念のため。

 私が今までに書いた小説は前回の記事のものと合わせて二つだけです。二つ書ければ他にも書けるだろうという気もするのですが、他の作品を書きたいと思ったことがびっくりするほどありません。でもまたいつかふと思い立って書くかもしれませんね。そのときは読んでくださると嬉しいです。ではみなさん、ごきげんよう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?