個人と組織を活性化させるジョブ・クラフティング(1)

※2018年7月~2019年4月に『地方公務員 安全と健康フォーラム』に掲載したジョブ・クラフティングに関する連載を転載します(全4回)。なお,同誌発行元の地方公務員安全衛生推進協会より転載許可を得ています。同協会のご厚意に感謝いたします。

第1回 メンタルヘルス0次予防推進の重要な視点となるジョブ・クラフティング

 「ジョブ・クラフティング」という言葉をこれまでに聞かれた読者は多くないかもしれません。経営学においても、職務満足や内発的モチベーションといった、以前からよく知られているものとは異なり、ジョブ・クラフティングは21世紀になってから提唱された、比較的新しい概念です。詳細は後述しますが、ジョブ・クラフティングとは、ひと言でいえば「働く人自身が仕事や人間関係の境界、さらにそれらへの見方を調整すること」を指します。
 この概念は、職場のメンタルヘルスの0次予防を進めるための有効な視点となり得ます。こうした観点から、本連載を進めていきたいと思います。

ポジティブ・メンタルヘルスとジョブ・クラフティング
 メンタルヘルス対策においては、これまで1次〜3次予防の実施に力点が置かれてきました。それらの実践の重要性はいうまでもありませんが、近年では「予防的・組織的なマネジメントによる予防対策」、いわゆるメンタルヘルス0次予防の重要性が叫ばれるようになっています。
 0次予防は、ポジティブ・メンタルヘルスの考え方に基づき、職場の構成員それぞれがいきいきと働ける職場環境づくりを図ることで、労働生産性、業績等の向上とともに、メンタルヘルス不調者が出にくくなることをめざすものです。ジョブ・クラフティングを意識した施策は、0次予防の有効性を高めることにつながるのです。
 連載第1回の今回は、ジョブ・クラフティングとはどういうもので、メンタルヘルスという観点からなぜ重要なのかを説明します。第2回以降では、ジョブ・クラフティングをいかに促進することができるのか、さらに職場のマネジメントに生かしていく際に、どのようなことに注意すべきかなどを取り上げていきます。

与えられた仕事でも「私の」仕事にできる
 最初に、ジョブ・クラフティングがどういうものかを説明しましょう。クラフティング(クラフト)とは「つくる」という意味ですから、ジョブ・クラフティングとは「仕事をつくる」ということです。たいていの 仕事は、役割や責任が事前に定められており、仕事をつくるというのは、大きな権限をもつ上位の役職者だけが可能であるように思われるかもしれません。
 しかし、規則やマニュアルに基づいて行う業務でも、自分なりのちょっとした工夫や気持ちの込め方を通じて「私の」仕事へとつくりかえることができる――というのが、ジョブ・クラフティングの基本的な発想です。
 たとえば、窓口での対応でも、声のかけ方を変えてみたり、書類をどのように説明するのかちょっと工夫してみたりすることで、そこから始めるやり取りの味わいが変化し、その仕事についてのとらえ方も異なったものになるかもしれません。このように働く人たち一人ひとりが、主体的に、仕事やそこでの人間関係に小さな変化を加えることを通じて、与えられた職務を素材にして、自らの仕事の経験をつくり上げていくことがジョブ・クラフティングです。
 ジョブ・クラフティングの例として初期の研究でよく言及されたのは、病院の掃除スタッフへのインタビュー結果です。
 部外者からは、皆、同じように掃除しているようにしか見えませんが、掃除スタッフにインタビューすると、その仕事に対するとらえ方はさまざまでした。賃金を得る一手段として清掃業務をとらえ、与えられた職務記述書どおりに自分の仕事について答えるスタッフもいれば、自分の仕事について「患者の治癒プロセスにかかわっている」と理解しているスタッフもいました。
 このような仕事の意味づけの違いは、仕事の範囲ややり方、患者やその家族、病院スタッフなどとのかかわり方と相互に影響し合います。以上のような考え方に基づいて、ジョブ・クラフティングは、「個人が自らの仕事のタスク境界もしくは関係的境界においてなす物理的・認知的変化」と定義され、(ⅰ)具体的なタスクの内容や方法を変更する「タスク境界の変化」、(ⅱ)タスクの遂行にかかわっている他者との関係性を増やしたり、その質を変えたりする「関係的境界の変化」、(ⅲ)個々のタスクや仕事全体をどのようにとらえるかを変える「認知的境界の変化」という三次元から構成されるとされています。

仕事の有意味感の増加やワーク・エンゲイジメントの向上につながる
 次に、ジョブ・クラフティングが、それを行った人たちにどのような効果を及ぼすのかを取り上げます。
 ジョブ・クラフティングを通じて、仕事の経験を主体的につくり上げることで、自分の仕事に対する「有意味感」を感じやすくなります。自分が生み出した小さな変化をきっかけとして、自分の仕事が誰にどのように役立っているかを発見したり、仕事を自分事(じぶんごと)ととらえやすくなったりすれば、仕事の意味についての見方が変わってくるでしょう。それと同時に、「仕事が自分に合わない」という仕事へのミスマッチ感の解消も期待できます。
 さらに、ジョブ・クラフティングを行う人たちのワーク・エンゲイジメントが高いことも、多くの研究で検証されています。ワーク・エンゲイジメントが高い人たちは、仕事に誇りややりがいを感じ、仕事に没頭することができており、仕事から活力が得られています。
 仕事への態度や活動水準などから見て、ワーク・エンゲイジメントはバーンアウト(燃え尽き症候群)の対概念として位置づけられています。したがって、ワーク・エンゲイジメントは、ポジティブ・メンタルヘルスにおいて追求すべき目標の一つとされています。
 仕事の有意味感の増加や仕事とのミスマッチ感の解消、さらにワーク・エンゲイジメントの向上は、個人のウェルビーイングを高めると同時に、組織の成果の改善にも寄与します(図)。

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 こうした効果が期待できるジョブ・クラフティングは、ポジティブ・メンタルヘルスを推進する際の重要な足がかりとして位置づけることができるでしょう。
 以上のように、ジョブ・クラフティングを行うことは、個人にとってポジティブな効果をもたらし、メンタルヘルスの予防効果が大いに期待できます。
 それでは、どのようにすれば働く人たちのジョブ・クラフティングを促していけるのでしょうか。先ほど挙げた掃除スタッフの例のように、同じ仕事をしていても、ジョブ・クラフティングを通じて仕事に意味を見出す人たちもいれば、そうでない人たちもいます。同様に、仕事を自分事として取り組む程度もさまざまです。
そこで、ジョブ・クラフティングに影響を及ぼす要因についての研究を基に、次回からジョブ・クラフティングの促進について詳しく検討していきたいと思います。

初出:『地方公務員 安全と健康フォーラム』第106号


他の回へのリンク

第2回:JCの実行を左右する3つの要因「仕事の特性」「職場環境」「個人の持つ考え方や性格」

第3回:さまざまな機会をとらえ自分らしさが発揮できるよう部下を促し、変化を観察しよう

第4回:JCのマネジメントの注意点とキャリアステージに応じたJCの必要性について

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