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ラムネの音/#シロクマ文芸部

ラムネの音は三重奏。
瓶の開封の際の小さな破裂音、ビー玉が音を立てて落ち、炭酸が奏でる音が続く。
子供の頃、青いガラス瓶の中で無限に生まれる泡を眺めるのが好きだった。その音に耳を澄ますのも好きだ。

私は少し特殊な家庭環境で育った。
懐かしい田舎の実家には、今でも母と叔母が暮らしている。
私が子供の頃には祖母もまだ生きていて、3世代4人家族で仲良くにぎやかに暮らしていた。

クーラーなどはない時代だったから、夏になると、窓を開け放ち、縁側でたらいの水で足を冷やして暑さをしのいだ。
誰かと一緒に涼んでいるときは、お互いにうちわで風を送りあったりするのも楽しかった。
そして、時々、祖母か母か、あるいは叔母が、こっそりと持ってきてくれるラムネが私の楽しみだった。

「内緒よ」とほほ笑む祖母、「ご褒美よ」という母。そして「乾杯しよう」とラムネを2本持ってくる叔母。
それぞれに「内緒よ」と言うので、私は黙っていた。約束だから守るのが当然だろう。

だからラムネを飲んだ後の瓶は、いつも飲んだらすぐに裏の酒屋のおばちゃんのところへ持っていった。そういう意味では、彼女も共犯者と言えるかもしれない。

ところがある日、ついうっかりラムネの瓶の処分を忘れて秘密が発覚してしまったのだ。

最初にラムネの瓶を縁側で発見したのは祖母だった。

「後始末ができない娘は誰なの」と言ったので、母も叔母も「私じゃないわ。」と答えた。

その瞬間、全員の目が私に注がれた。
秘密がばれるというのは恐ろしいことだと知った、瞬間だった。

祖母も母も叔母も「内緒よ」と言って口止めしたくせに、「ラムネを貰って飲んでいたことを言わないあなたが悪い」と私を責めた。

私はとても悲しくなって、「約束を守りなさいっていつも言っているじゃないの。みんなの約束を守ったのに怒られるなんて、ひどい。」と言ってわんわん泣いた。

すると、祖母も母も叔母も大笑いして三人で私を抱きしめて「お前は悪くないよ、私たちが悪かった」と言って頭をなでてくれた。

それからは、公式にラムネは土曜日のお楽しみとなった。ひとりでこっそりと飲むよりも、みんなでラムネ瓶の無限炭酸泡を眺めながら飲むラムネのほうがずっとおいしい。

ラムネの音は三重奏。そして、ラムネの味も三重奏。
透きった青い夏の思い出だ。


小牧幸助さんの企画に参加しています。感謝。

#シロクマ文芸部
#短編小説
#夏の思い出

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