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レモンから

【シロクマ文芸部参加作品】

レモンから、ダンシングベイビーが飛び出してきた。私は唐揚げに添えるレモンを切ったところだった。
無表情の、オムツだけのベイビーがまな板の上で踊っている。見覚えのある光景だ――アリー・マイ・ラブに出てくる、あのダンシングベイビー。懐かしいな。
※ご存じない方、忘れてしまった方は、リンクからどうぞ。

私は料理は得意じゃない。いつもなら、から揚げにレモンなんて添えない。そんな手間をかけるのは、彼と過ごす週末の夜だけ。
来週は彼が予約してくれた素敵なホテルでのディナー、久しぶりの贅沢だ。
私たちは勤務先が離れていて、週末しか一緒に過ごせない。こんな生活も、もう4年になる。
彼はリーダーシップがあって、優しい人。迷いやすい私にとって頼りになる大切なパートナーだ。いつまでもずっと一緒にいたい。

来週のホテルの予約も、私がテレビを見ながら「行ってみたい」と何気なくつぶやいた言葉を覚えていてくれた。その気遣いが嬉しかった。
奇跡的に予約が取れたと喜ぶ彼に、「ちょっと贅沢すぎない?」と一応聞いてみたけれど、彼はお金の話には触れなかった。大切にしてもらっているのだと感じ、さらに心が温かくなった。

だから、私は数年ぶりに新しいワンピースを買った。来週の夜のために。セール品じゃないブランドの服を買うのは久しぶりだった。
もしかして、プロポーズかも――と期待が膨らんでいた。

私はすでに少し酔っていたのかもしれない。熱々の唐揚げを白いお皿に盛り付けようとしたら、ひとつがコロリと落ちた。ダンシングベイビーは、それをひらりと避け、私を軽く睨んだ。
「ごめん、ごめん。」
唐揚げの山に、レタスとレモンを添えた。見た目もなかなかいい感じだ。ダンシングベイビーはまな板からお皿のふちに移動して、また踊り始めた。

アリー・マイ・ラブのダンシングベイビーはアリーにしか見えなかったっけ。この子も、きっと私にしか見えてないんだろうな。それとも、これって夢なのかしら?

そんなことをぼんやり思いながら、お皿を運んだ。

テーブルにから揚げのお皿を置き、レモンを絞ると、ダンシングベイビーは果汁のシャワーを浴びて、ぴょんぴょん跳ねながら踊り続けている。彼は何も気づかず、箸を手に取った。うん、これはやっぱり見えてないみたいね。
私はテーブルの下から雑誌を取り出した。

「来週の夜のことなんだけどね、このホテルのバーには2つあって、私はこっちのバーに行きたいな。このカクテル、飲んでみたいの。」

すると、彼が「え?」と声を上げた。「だって、贅沢だって言ってたからさ。キャンセルしたよ。今、もっとカジュアルなところを探しているところだよ。」

私は唖然とした。

確かにあのホテルは超高級だし、私たちには贅沢だとは思う。でも、私はただ、ちょっと贅沢じゃないかなって感想を言っただけ。直前キャンセルで予約が取れたって、ラッキーだって言ってたじゃない。美容室の予約だってしたし、もしかしたらプロポーズかもってドキドキしてた。
それに、予約をするのもキャンセルするのも、相談なしだなんてひどくない?

視界がぼやけ、涙があふれた。

狂ったように踊り続けるダンシングベイビーが、ぼんやりと見える。ひとり、ふたり、さんにん――どんどん増えていく。

「贅沢だって言うから、他を探そうと思ったんだよ。あそこに泊まりたいなら、泊まりたいって言ってくれなきゃわからないよ。」

言ってくれなきゃわからない?――こっちのセリフよ。
何でも勝手に決めちゃうのはリーダーシップがあるっていうのとは違うでしょ。今までだって何度も予定は早めに教えてねって言ったじゃない。お金のことだって相談してねって言ったよね。
何かがぷつん、と切れた音がした。気がついたら私は立ち上がって叫んでいた。

「私は奥ゆかしいの!高いホテルに泊まりたいなんて、自分からは言えないの!せいぜい、このカクテルが飲みたい、くらいが精一杯なのよ!」

地団駄踏んで叫ぶ私を驚いたように見上げる彼。その瞬間、増殖したダンシングベイビーたちは、次々に爆発して消えていった。私の恋も。
これが夢ならよかったのに――私は二度とレモンを切らないと心に誓った。

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