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くもをさがす/西加奈子

「あなたに、これを読んでほしいと思った」

最終章の「息をしている」に書かれている一文なのですが、この一文で西さんの思いとか、強さとかが、一気に脳天の方までぐわぁ〜って伝わってきて、込み上げてくるものがあって泣けてしまった。

この本は、西さんが乳癌の告知をされてから、辛いって言葉じゃ足りないくらい苦痛な治療と、全摘手術、術後のまたもや辛い以上の苦痛な放射線治療を経験した日々を綴った闘病エッセイです。

ただ、ガンに罹患したことが判明したのは、住み慣れた日本での出来事ではなく、カナダのバンクーバー在住であったために、日本の医療機関とはまったく異なる医療スタイルがあったり、ままならない英語に苦労したり、世界中を混乱に陥れたコロナまでもが西さんを絶望させてゆくのです。

タイトルの「くも」は、空の雲ではなく、虫の蜘蛛。
なぜ蜘蛛なのか。これについては、亡くなられた西さんのお祖母さんの思想が深く関わっていて、西さんにガンが見つかるまでの過程でとても大切なきっかけとなっています。

ガンと告知されてから日記をつけるようになった西さん。その日記を元にほぼ同時進行でこの本を執筆したとのことです。日記に記した内容をそのまま引用している箇所もあり、印象深かったのは、ほんの一文だけの記載だったが、西さんと同じく作家の山本文緒さんが癌で亡くなられたことについて書かれていたこと。侵された部位は違っても、同じガンで亡くなったということは、辛い治療中の西さんをさらに大きな恐怖へ陥れたのではないだろうかと、そのほんの一文だけで感じ取れてしまう。

本当に事細かにガンの治療中の出来事を記されていて、どんな薬を飲んだとか、自分で激痛の注射を打たなければならないとか、この薬を飲んだら赤いおしっこが出たとか、この薬は青いおしっこが出たとか、知らなければ恐ろしい自分の身体の変化についても、ガン治療と向き合うことなのだと教えてくれる。

西さんは心底本当に強い女性だと思いました。抗がん剤治療でありとあらゆる毛が抜けることはわたしも知っています。西さんは治療をうける前に自分の髪の毛とウィッグカットをしにいきます。自分の髪の毛を坊主頭にした西さん。カット後の自分を「わたしは最高に美しかった」と綴っているのです。加えて、両胸を全摘した術後の自分の身体が最高に好きだ、とも言えてしまう西さん。カッコ良すぎる。

そして、西さんの周りには西さんと同じくらい最高にカッコいい友人たちで溢れていることも、西さんが辛い治療を乗り越えるための強い支えになったことは間違いないと思えました。

もし、自分がガンと告知されたとき、感じること。
絶望、辛い、痛い、怖い。
これからどうなるか分からない大きな不安。
そして、死。

この本を読むと、不思議とそんな癌に対する思いが少し緩和されていくように感じたのです。それはきっと、西さんが西さんらしく綴ってくれたからだと思います。

登場する病院の先生、看護師、薬剤師、みんなカナダ人なのに、西さんにかかればみんな関西弁になってしまうし、向こうの病院スタッフはみな明るくて、ひょうきんで、物事をあまり重く受け止めない軽い感じが異様に関西弁と合っていて、読んでいて、あれ?ガンってもしかしてそれほど重くないのかもしれない…と感じさせてしまうあたりも凄いなぁと感心させられる。それが時に、西さんを辛い治療から前向き思考に変えてくれたりもすれば、西さんを大いに泣かせることもあったりするのだけれど。

西さんが出会った、乳がんサバイバーの方々もものすごく良かった。ひょうきんで、あっけらかんとしている感じはやっぱり通常な感じだとして、治療のこと、全摘手術の辛さに関することなど、やはり経験者しか分からないことがたくさんあって、だけど、がんサバイバーの皆さんは西さんを前向きにさせてくれ、西さんにたくさんのエールを送っているのです。

わたしは西さんの書く小説が好き。文庫になった作品は、ほぼ読んだと思う。作品を通じて感じる登場人物たちがみせる強さとか弱さとか優しさとか、そういうの、この本を読んで、「あぁ、西さんなんだな」と感じたのです。
うまく言えないんですけど、きっと西加奈子さんの小説を好きな方には分かっていただけるかなと思います。

西さんの言葉を借りるなら、まさしく
「あなたにこれを読んでほしいと思った」です。

健康な方にも、がんサバイバーの方にも、がん以外で闘病されている方にも。多くの方に。これを読んでほしいと思いました。

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