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灯台守の話

AN ISLAND, Karen Jennings
出版社 Holland House Books
刊行年 2020年11月12日


 ある朝、サミュエルは、彼の孤独を脅かす何者かを海が連れてきたことを知る――。
灯台守の老人サミュエル以外、誰も住んでいない小さな島の岸に、若い男が意識を失って流れ着いた。サミュエルの祖国はかつて植民地となり、父は独立のために戦い、障がいを負った。その後、将軍によるクーデターが起こり、独裁政権が生まれた。デモに参加したサミュエルは捕まり、長い年月を獄中で過ごした。島に流れ着いた言葉の通じない男の存在によってサミュエルの心は乱され、祖国の歴史と、その歴史における自らの役割を思い起こす。三人称で語られる四日間の緊迫感のある物語。

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 シンプルな舞台設定に少ない登場人物、簡潔な文体。それにもかかわらず、サミュエルの記憶が平行して描写されることで、重層的な物語になっている。演劇的ともいえる作品で、映像化に向いているかもしれない。

 著者のカレン・ジェニングスは、作品を普遍的にするために、舞台となる国は特定していないと話している(The New York Times, The Book Review)が、著者の祖国である南アフリカを含むアフリカ諸国の歴史が深く影響を与えていることは間違いない。

 人が暴力を振るうまでに至る過程、心境について描きたかったと著者が語るとおり(The Guardian, Books Interview)、サミュエルが男に対して抱く恐怖と嫌悪が丁寧に表現されている。不遇な過去を背負っている老サミュエルに、男との新しい、穏やかな共同生活を送ってほしいという(私の)願いは叶わなかった。しかし、共同生活が始まったとしても、いつかは不幸が訪れただろうと感じざるを得ない。サミュエルの記憶として飛び飛びに描写される過去は、サミュエルの思考と行動も「やむなし」と読者に思わせるものがある。島での一人の生活に戻ることがサミュエルの幸せなのかもしれないと思うと哀しい。

 そして読後、「言葉」について考えた。言葉が通じれば安心する。しかし、言葉が通じても相手の真意はつかめないかもしれない。もし言葉が通じていたとしても、男の行動がすべて善意からであったとしても、受け取り側のサミュエルのフィルターが歪み、曇っていたら、同じ結果につながっていただろう。翻訳もまた同様と思うと、歪みのない、曇りのない、それでいて愛のあるフィルターを持ちたいと思う。

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