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【ショートショート】 昼休憩のブランコ

 昔から、ブランコに乗ることがとても好きだった。
 うまく勢いをつけたら一周ぐるりと回れそうなところとか、ふわりとした浮遊感とか、空が近づいたり離れたりするところとか…。風をびゅうと頬に感じる瞬間も、髪がぶわっと広がる感覚も、その気になればまだまだ挙げられそうなくらい「好きなポイント」はあった。
 それでもいつの間にか、公園に足が向かなくなってブランコに乗ることが減り、今となってはブランコの何がそんなに楽しかったのかよくわからなくなってしまった。残されたのは、「ブランコが好きだった」という思い出と、無駄に美化されたブランコにまつわる記憶だけになっている。

 喫茶店の前にある公園を眺めながら、そんな取り留めのないことを思う午後。私は気がつくと「大人」になっていて、ブランコに乗るこどもたちをぼんやり見ながらアイスコーヒーを飲んでいた。

 私、いつの間に「大人」になったんだろう。ブランコは今なおこどもたちには人気の遊具のようで、順番待ちをしている小さな背中が並んでいる。ああ、私が小さいころもあんな感じだったなあ。
 私、いつの間に公園に行かなくなったんだろう。もう、何がきっかけだったのか、公園に行かなくなった自分が、代わりに何に楽しさを見出していたのか。何も思い出せなくて、少し悲しくなった。

 私、いつの間に…
ーカラン、とアイスコーヒーの氷が溶けてグラスが鳴る。
 苦くて全然美味しいと思えなかったはずのコーヒーを、こんなに飲むようになったのはいつからだろう。

ーヴヴン、と仕事の連絡を受け取った携帯が鳴る。
 楽しくてやり甲斐があって夢中で駆け抜けてきたはずなのに、気がついたら惰性で走り続けているような仕事の仕方になったのは、いつからだろう。

 目の前のブランコに群がるこどもたちは、ワクワクした表情で順繰りに自分が乗るときを待っている。乗っている子は、キラキラした顔で風の中を行ったり来たりしている。束の間の昼休憩、ランチを食べに入った喫茶店で、羨ましそうにそれを眺めている自分がものすごくつまらない人間に思えて、何だか笑えてきた。

 私も乗りたい。今、ブランコに乗りたい。
 不意にそう思って立ち上がり、レジに向かう。時計を見ると、昼休憩はあと15分残っていた。会計をしたら、あの順番に並んでいるブランコの列に、並んでみようと思った。


(965文字)


=自分用メモ=
1000文字以内で、季節も時間も明記しないまま書き進めてみたら、どんな風景が思い描けるのかを探って書いた。む、難しい!何よりも今回はタイトルをつけるのに苦労した。悩みすぎて、危うく日を跨ぐところだった…!む、難しい!(2回目)

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