【ショートショート】 雨の匂い
友達と喧嘩をした。実際のところ、喧嘩というよりも私が一方的に呆れられてしまったという方が正しいかもしれない。
「・・・はあ。」
こういう気分のまま帰宅すると、眠る直前まで悶々としてしまうから良くない。一体何がまずかったのか、彼女とのやり取りを反芻しながら電車に揺られる。
あれは確か、彼女が私を褒めてくれたときのことだった。屈託なく思ったことを述べることのできる子で、私はそういうところがとてもいいなと思っているし、憧れているくらいだ。あのときも、彼女は私が何か言ったことに対してとても肯定的な返事をしてくれた。それなのに私は、それを素直に受け取れず「そんなことないよ。」と返してしまったのだ。
実は以前に言われたことがあった。
「私の思ったことを伝えているのに、そんなことないって否定されたら、私の思いを否定されてる気になるからやめて!」
なるほどと納得して改めたいと思った・・・はずなのに。
(また同じことしちゃったな・・・)
褒めてもらえて嬉しかったのに、身に染みついた卑屈さが悪さをして、気がついたときにはもう遅かった。彼女はふう、と息を吐いて残念そうな顔で「帰ろっか。」と言いそのまま流れ解散のような別れ方になり、今に至る。
車窓越しに小雨が降っているのを横目で見るともなく見つつ、明日何て声をかけようかと思いを巡らせる。素直になるって、難しい。そういえば、と傘を持ってないことに気がつく。今日はとことん残念な日のようだ。ぐるぐると、いろんなことに思いを馳せるふりをしながら、根っこに横たわったままの「明日の問題」を抱えたままどんよりした空を眺めていた。
最寄りの駅に着く頃には、雨は上がっていた。改札を出て、ふとアスファルトが雨に濡れた匂いを嗅いだ瞬間、他の高校の女の子たちが「ねえ、雨の匂いがする!」「本当だ。」と話しながら私の隣を通り過ぎていった。
(びっくりした・・・!)
丸々同じようなことを思った瞬間、そのやり取りを聞いたものだから、思わずその子たちを目で追ってしまった。
雨上がりのアスファルトを、何やら楽しそうに話しながら遠くなる彼女たちの背中を見て、不意に「これを伝えたい。」と思って携帯を手にした。そのまま勢いに任せて通話ボタンを押す。
3コールぐらいで、彼女が出た。
「・・・どうしたの?」
「あのね、さっきまで雨が降ってたんだけどね。」
「降ってたね。」
「今はもう上がってて、電車降りたらすごく雨の匂いがしてね。」
「うん。」
「それを言いたくなって。」
どういうこと?と彼女は電話口で笑った。笑ってくれた。そして滅多に電話なんてしてこないから、何かあったのかとドキドキしたよとも言われた。
「私、あんたのそういうちょっとよくわかんないところ結構好きだよ。感覚のセンスがいい。」
褒め言葉だか何だかよくわからないけれど、彼女にそう言われて悪い気は全くしなかった。それなのに危うく、「そんなことないよ。」がまた出そうになった。すごくすごく嬉しかったのに!慌てて言葉を飲み込んで、伝えたい気持ちに合った正しい言葉を選び直す。
「・・・ありがとう。」
電話の向こうでふふ、と笑う声がする。
「どういたしまして。」
そのまま彼女はいつもと変わらないテンションで、不意に明日の小テストの範囲を聞いてきた。「居眠りしててメモり損ねたんだよ。」と堂々と言い切る彼女のために、私は仕方ないなあと笑いながら、カバンの中を探りつつ笑顔で家路を急ぐ。
いつの間にか太陽が出て、私と濡れた歩道を照らしていた。
(1446文字)
=自分用メモ=
頭の中にある光景を、できるだけそのまま絵にしたくて夕陽に照らされた雨上がりの道を入れた小話にした。高校生は、悩んだり笑ったり本当に忙しい生き物なので、話の中の時間経過自体は30分程のつもりで書いた。
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