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【感想】レミゼラブルと私

私は、あまり映画を観る人間ではない。
映画館に行った記憶でいうと、「スタジオジブリ」の新作が出るときは親に連れられて家族で観に行ったり、付き合っている人や友人に誘われて洋画を観に行ったりというくらいだろうか。
決して嫌いなわけではないが、映画館に行って観るという習慣がないのだと思う。そのため、映画は基本的にテレビで放送されるときや、気が向いたときに動画のサブスクを覗く程度という人生を歩んできた。

そんな私が、人生で自ら上映期間中に映画館へ行き、三度も観た作品がある。
それは2012年に公開された、『レ・ミゼラブル』だ。主演はヒュー・ジャックマン、その他にラッセル・クロウやアン・ハサウェイ、アマンダ・サイフリッドやエディ・レッドメインなど、錚々たる名が連なる。

そもそも私は、ヴィクトル・ユゴーの『レ・ミゼラブル』が大好きだった。初めて読んだのは小学生のときだっただろうか。図書室でとりあえず分厚い本を読むことにハマるという、変な奴だった私は「ああ無情」に出会った。

1815年10月のある日、ディーニュのミリエル司教の司教館を、46歳の男が訪れる。男の名はジャン・ヴァルジャン。姉の子ども達のために、1本のパンを盗んだ罪でトゥーロンの徒刑場で19年も服役していた。行く先々で冷遇された彼を、司教は温かく迎え入れる。しかし、その夜、司教が大切にしていた銀食器をヴァルジャンは盗んでしまう。翌朝、彼を捕らえた憲兵に対して司教は「食器は私が与えた」と彼を放免させた上に、残りの2本の銀の燭台も彼に差し出す。人間不信と憎悪の塊であったヴァルジャンの魂は司教の信念に打ち砕かれる。(中略)これは、ひとりの徒刑囚が偉大なる聖人として生涯を終えるまでの物語であり、その底を流れているのは、永遠に変わることのない真実の「愛」である。

wikipediaより

小学生くらいの年齢によくある自意識の一種で、分厚い本を読むことにステータスを感じるようなタイプのがきんちょだった私は、小学生の頃から「大きな森の小さな家シリーズ」や、「冒険者たちシリーズ」、「ナルニア国物語シリーズ」にゴリゴリのめりこんで読み漁っていた。
そんな中で、出会った一冊が「ああ無情」だったように記憶している。
ジャンバルジャンを冷たく見つめるところから始まり、ファンティーヌに深く同情し、コゼットの生活とその行方に涙した。子どもながら非常に感動し、一時は一切れのパン(食パン一枚を含む)を見ただけで考え込んでしまうくらい影響を受けた。

そんな作品が映画化されるなんて!しかも、洋画をさほど知らない私が、かっこ良いとその人生まで調べ、元教員だったことに勝手に親近感を抱いていたヒュー・ジャックマンが主演!(笑)

大人になり『レ・ミゼラブル』の文字を何かのタイミングで目にするまで、すっかり忘れていた思い出と共に、「これは絶対に観たい!!」と初めて思った。

恥ずかしながら、過去にミュージカル化されていたことは知らなかったので、この映画で観るものが正真正銘、私にとって「初の実写化」だった。

結果として、私は三度映画館に通った。
本当はもっと行きたかったのだけど、仕事の都合諸々で三度になった。同じ映画を、映画館にわざわざ行って三度も観るなんて!本当に、人生で初めての経験だった。それくらい惹かれたし感動した。

幼い日の記憶も相まって、映画館で三度とも泣いた。ファンティーヌ(アン・ハサウェイ)が泣きながら歌う「I Dreamed a Dream」で頬を濡らし、エポニーヌ(サマンサ・バークス)の「On My Own」に心を動かされ、最期、ジャンバルジャン(ヒュー・ジャックマン)が旅立つとき、コゼット(アマンダ・サイフリッド)が呼びかけ歌う「パパ、パパ…」の部分で声を殺して泣いた。

古い感動の記憶に、素晴らしい音楽と想像を具現化したような映像の力を与えられた結果、言葉にし尽くせない感覚が私の映画の思い出として新しい色彩を持った。

これが、今までの私の人生の中で一番の「映画にまつわる思い出」だ。思わず、棚を探してBlu-rayを出してしまった。

三度観た上にBlu-rayも買った。どハマり極まりない!

また、久々にゆっくり観たい。

上記は85回のアカデミー賞での演奏のリハーサル映像、私の大好きな映像の一つだ。
素晴らしい音楽が本人たちの歌唱で、しかもメドレーで聴けるので良ければ聴いてみてほしい…!

#映画にまつわる思い出

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