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【思考】春の日々

春は、変化が多い分、記憶に残っている思い出も多い。
ふと思いついたので、私の記憶の中の「春の思い出」を振り返ってみようと思う。

私は、自分が担任を受け持っているクラスの教室に、放課後そっと入ることが好きだった。

会議や諸々の用事が済んだ後、放課後そこそこの時間なので、学校自体にそもそも人が少ない。誰もいない、シーンとした廊下を歩いて教室へ向かう。
教室の鍵を開けて、掃除の際に綺麗に並べた机を横目に教壇に登る。

黒板を背にして、教壇に立って教室を見渡す。

四月は名前を覚える目的もあって、しばらく座席順は出席番号だった。

教室を見渡しながら、クラスの生徒の名前を思い浮かべる。この先一年、限られた時間を共に過ごす「自分のクラスの生徒」たち。名前や顔を、一日でも早く覚えたかった。

出席番号一番から、順に名前と「周りに何と呼ばれているか」と、併せて顔を思い浮かべるということを二周くらいするのが、初めの一週間ほどの日課だった。

ものすごく当たり前なことなのだけど、生徒たちと同じくらい「先生」も緊張している。
その緊張の度合いに個人差こそあれ、私はその緊張を一刻も早く乗り切りたかった。
せめてものつもりで、名前と顔を必死で覚えた。

私が初めて担任を持ったクラスは、窓から桜を見ることができた。

桜の花の時期が過ぎると、毛虫が湧いたり葉っぱだらけになったりと不都合もあった気はするが、いかにも春!という景色に幾度となく、たまらない気持ちになった。

今でも、よく覚えている。

はじめの方の授業は、ちょっとした書き物をしてもらったり、軽い小テストなんかをしてもらったりする。

その間に、そっとそれぞれを観察をする。

あの子、しっかり集中しているなあ。おや、あの子は何をしたらいいか聞きそびれて困っているなあ、どうするだろう。あ、ペン忘れて困ってる子いるなあ、隣の子に声かけることはできるだろうか…。

整然と並んだ机。
一生懸命プリントに書き込みをする、生徒たち。

ずらりと並ぶ、頭のてっぺん。
カリカリと響く、ペンの音。

三年後の今頃には、もう卒業していない彼ら。
その束の間の時間に、縁あって関わることができる、言葉にしきれない感情。

初めて教壇に立ってから、何度も季節は巡って、何度も春がきた。
そのたび、あの最初の教室の教壇から見た桜を思い出す。

今でも、ふと思い出す。
あの、春の日々。

だいすきな、景色のひとつだった。

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