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花火

好きな花火は、線香花火です。

いつのことかはっきりは思い出せないけれど、君がお土産として買ってきたのは見慣れない線香花火だった。夏になるとなんとなく脳裏をよぎる。


「これ知ってる?スボ手牡丹って言うんだって」

そう言って君は私に小箱を手渡した。急なことであっけに取られていると、そのまま続けた。

「今から外でやってみない?」


夏の夕暮れ。近所の高台の公園。私達は今日初めてこの公園に来た。一緒に住もうと言って借りた部屋だったけれど、2人で公園を散歩することもないままにそれぞれ忙しく時を過ごしてしまっていた事に今更気がついた。


「これ、上向きに持つんだってさ」

小箱から1本ずつスボ手牡丹、というその少し見慣れない線香花火を私の手に持たせ、角度を決めてから、家から持参したチャッカマンで火をつけてくれた。君もすぐさま同じ角度で火をつけた。


「最近、どう?」

出会った頃はよく、そう言って聞いてくれていた。自分のことを話すことが苦手な私を察して、「なんでも話していいんだよ」の代わりに言ってくれているのだと認識していた。

「なんか、久しぶりに聞いた気がする」

君の顔を見つめるのはなんだか歯痒くて、パチパチと鳴る線香花火に目を落としたまま返した。


「そうだっけ?」

「そうだよ」

少しだけ笑って、その後同時に火花が消えた。


「この線香花火、少しだけ消えるのが早いね?」

線香花火特有の寂しさが募ると同時に、何でだか分からないけれど、目頭が熱くなった。

「まだ何本もあるから、もう1回やろう」


何でもない日常の中に一瞬だけ夏の香りがしただけで、特に何があった訳でもなかったのに、いつのことだかも思い出せないのに、あの日のあの光だけはなぜか、忘れない。


好きな花火は、あの日君と灯した線香花火です。


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