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夏祭り

よくある話。

「10年後、もしもそれぞれ運命の人に出会えていなかったら、その時はまた…」

「…っていうことがあったね、ミケ」

漠然と憧れていた東京都内のマンション暮らし。日課であるミケとの束の間のリラックスタイム。30分くらい前までいつものように、部屋の隅に設置したキャットタワーの頂上でにゃあにゃあと一人、見えない敵と戦っていた彼は疲れてしまったようで私の膝の上で喉を鳴らしていた。

「にゃう」

「ま、君と出会ったほうが後だけどね。ずっとずっと。知らないよね」

「みゃ?」

ミケと出会ったのは、3年前くらいだったと思う。最寄駅からの帰り道。忘れない、使い古したヒールの右足が折れてバランスを崩して倒れこんだ。誰も気にも留めず、歩いて過ぎていったあの夜ーーー。

君はどうせ一人だから、と言われているような。

「あれ、なんか、涙が…ミケ、今日私変だ」

今日だって楽しかったんだ。新しいプロジェクトのメンバーに抜擢されて、明日からまた頑張ろうって、そう思って…。膝元で喉を鳴らすミケは私のことを不思議そうに見上げた。

弱った子猫を拾い上げて、ヒールはそこに捨てて、裸足で、小走りで、開いている動物病院に見せに行ってから帰宅する頃には24時を回っていた。

一人じゃないと思った。

「三毛猫のミケ、よろしくね」

幸い身体を温めて落ち着いた彼を小箱とバスタオルの簡易のベッドに寝かせ、灯りを消したその夜。普段は夢を見ることは少ないのだけれど、その日は違った。

朧げな記憶。私がミケと出会う前に、誰かがミケに出会っていた。

「君は一人じゃないよ。君は幸せになるよ。そして君は、その人を守ってあげて」

眠りから覚めたら、三毛猫のミケがか細い声で私を呼んでいたっけ。ミケはここにいる。夢と現実の境目を認識するのに10秒くらいかかった気がする。

「10年後、もしもそれぞれ運命の人に出会えていなかったら、その時はまた、ここで会おうか」

「10年後だなんて急にどうしたの?私はずっと傍にいるよ。どっか行っちゃうみたいな寂しいこと言わないでよ」

あの時私はそう返した。笑えない若気の至り。そんなはずはなく。

その後すぐ花火が上がって、その話はそのまま流れていった。

君が、幸せだったらいいのに。

また、10年後の君に、会ってみたかった。

叶わない夏が来る。ずっと前から決まっていた。

もう、君の気持ちは分からない。

私はきっと10年前から何も変われていない。

君への気持ちも、自分自身も。

本当だったら今日がその日だった。

ましてや今年の夏祭りが中止だなんて、聞いてないよ。

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