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「アカペラ」の経験が、チームの一人一人の大切さに気づかせてくれた話

本日のテーマは、私が、表現方法の一つとして、得ることができた、「アカペラ」から学んだ、個人個人の大切さの話。

集合体だからこそ、個人を活かしきることが必要なんだな、と思えるようになった話です。

「アカペラ」という音楽を知る

アカペラは某テレビ番組の企画でご存知の方も多いと思いますが、「声だけで」音楽を奏でる一つの表現方法、といえばいいんでしょうか?音源に頼らず、一人一人の音色、声質の個性でハーモニーを生み出す歌唱スタイルです。

ざっくり分けると、ボーカルとコーラスが2から3パート。コーラスを下から支えるベース、それに、なくても成り立ちますが、より音楽に躍動感を生み出すボイスパーカッションがそろって、ひとつのチームになります。

私が、主に担当していたのは、コーラスでした。パートの中だと、比較的上の方。ベースの音と重なって、ボーカルが歌いやすいように音を作ります。このパートは他のパートと違い、私以外にもだいたい誰かがコーラスにいます。譜面上は、同じパートなので動きも音も同じ部分もたくさんあるのですが、厳密にいうと、受け持つ音が違います。仮に誰かが抜けていると、曲の中の大事な音の成分的なものが削がれて、バンド全体の音が成り立たなくなる、そんなパートです。

なので、全員揃ってこそ、バンドの音になります。カラオケ音源を鳴らして歌うものとは、そこが大きく異なります。アカペラでは、一人一人の声が「楽器」です。「楽器」である以上、一人一人の音、つまり「声」が楽器のように、キレイに奏でられないといけないわけで…音の正確さがある程度求められてきます。吹奏楽でいう、チューニングとか、パートセッションとか、音の質や正確さを揃える作業、それが「声」で必要になってきます。正しい音、濁りのない音、他のパートと喧嘩しない音…そんな感じで「音作り」が求められてくるんです。


チームだからこそ、「一人の音」が大事

先にお話したとおり、アカペラでは基本的に誰かが欠けただけで音楽が成り立たなくなります。

主旋律を聴かせるボーカルがいなければ、「歌」が聴こえてきませんし、ベースがいなかったら、上のハーモニーだけで、下から支えるものがなくなり、音が締まりません。ボイスパーカッションがいなくなれば、リズムやテンポが崩れてしまったり、なんとなく物足りなくなったり、バンドの持つパワーや熱みたいなのが削がれてしまいます。もちろん、コーラスも、ボーカルが乗っかるオケに当たる部分を作っているので、ハーモニーの音が抜けてしまいます。なので、一人一人の「個の力」がとてつもなく大事なのです。

私には吹奏楽の経験もあるので、構成人数が少なければ少ないほど、「個の力」の重要性を無視できないことを知っていました。しかし、吹奏楽だと、同じパートが複数人いるし、パートが抜けても、別のパートが補えたりもする…失敗しても上手いこと隠れたりする…というちょっとしたズルい考えも持ってしまったりするのですが、アカペラは、ハーモニーを極限まで削ぎ落として作り出された引き算の音楽です。誤魔化しなんてもの、通用しません。

例えば、アーと歌う場所でラーと歌うなど、発音が違うだけでハーモニーは崩れてしまうほど、とっても繊細なんです…「音」の形、大きさ、柔らかさ、丸さ…そういった「音程」以外のものまで、合わせないと成り立たないものだったりします。

一人一人が、自分の「声」を把握するだけでなく、チームメイトもみんなの「音」を把握して、そこに上手く噛み合っていくように作っていくのです。一人一人がパズルのピースのようなもので、ハマる形のピースにならないと、わかりやすく「浮いて」しまいます。そうならないためにも、一人一人の「個の力」の大切さが、アカペラにはあるような、そんな気がするのです。


奏でるために、みんなを自分を知って磨きあう

各パートが担当する「音」を組み合わせて出来上がる、アカペラという音楽。一人一人の「声」が浮かない程度に、独立して、かき消されない程度に、混じり合わなきゃいけない…そのためには、「お互いの良さ」を突き詰めなきゃいけないわけです。

曲中では、このパートの何を"聴かせたい"のか、どのパートが主張する音作りをしようか、といったことを話し合う必要がありました。そうなると必然的に、「個人の音」が「チームのハーモニー」のどんな役割を担うのか、考えなければなりません。そのためには、「自分以外の音」に自分がどう合わせていくかということと、他のメンバーが作った音に「自分の音」をどう馴染ませていくか、ということをよくよく考える必要があります。そのために、「一人一人の音」をよく知り、個性、強みを磨いていくことが、アカペラをより魅力的な音で届けるために欠かせないのです。

チームの中の役割を果たすため、自分はどこで「主張」していかないといけないのか、どこで他の人を「援護」すべきか…そんなことを考える力が、アカペラには必要です。

もしかしたら、この力って、普段の生活の中の集団生活にどう向き合うかということを考える力に繋がっている気がします。そして、アカペラチームで歌ってみるのは、そんな力を効果的につけてくれる経験なのではないか?と思うんです。


アカペラだけじゃなく普段の生活でも

私達は、大きなくくりで考えれば、社会という大きな「チーム」に所属していると考えられるわけですが、アカペラの経験は、その「チーム」の中で「自分がどうあるべきか」を考えさせてくれるようになった、とても私にとって大きな経験でした。所属してた期間は1年もないですが、今でも、アカペラで培ったものは、私の生活に確かに活きている、と感じます。

アカペラを経験したことで、私は「チームの構成員」であるということを普段から意識できるようになりました。私が、「主張」しなければならない役割があれば、あえて人を立てる役割をする必要がある場合もある。でも、「欠けることはできない」し「代わりも効かない」のだと、今は思うことができます。

「私の声」という唯一無二の楽器があるように、「私」という人間は「私」にしかなれない。「私」は他の人にはなれないけど、「私」という存在は唯一無二なのだ、「私」にしか出来ないことがあるはずなんだ、と信じることができます。だから私はどんな私であれ、今は、それなりに幸せだ、と思いながら生きていけるのかもしれません。

一人じゃわからなかった、合わさる素敵さ

ひとりひとりがいなきゃ成り立たないサウンド

私だって、必要な一人だった

「私」は、「私」自身の大切さをアカペラで、知ることができました。だから、それに気づかせてくれたアカペラが、音楽が、私は大好きです。

人生の中で大事にしたい、大切な私の要素です。

最近だと、Little Glee Monsterとか、INSPiとか、アカペラやコーラス主体で動いている音楽が特に好きです。そういう音楽の楽しさを知っている人と、これから仲良くなっていけたらな、なんて思います!

どうやらnote内の音楽のジャンルはまだまだ成長途中のようなので、どんどん盛り上がっていってくれたらいいなーと思います!そんなわけで今回はアカペラを取り上げてみました!

アカペラ、いいですよ!

ボーカルの素敵さが、テレビでもよく話題になりますが、ボーカルを支える他のパートの方の素敵さにも、このパートがいるからココが生きる!!みたいな部分に、この記事をきっかけに気づいてくださる方がいてくれたなら、それだけで私は幸せです。

…ちなみにアカペラの他パートだと、私は低音のベースがすごく好きです。縁の下の力持ちなベース、カッコイイです。音を支えてくれる器のデカさみたいなものを感じます!ベースパート強めのサウンドがたまらなく好きです。

ああ、アカペラまたやりたいなぁ…そのためには、自由に動き回って練習の場所に出向ける私にならなくちゃ!!もっと歌って楽しく生きれるようになりたいです。

私の声は、Radiotalkでも発信してますので、マガジン『「私」の声』のベタココッテ様が書いてくださった『フリーバトンの記事』から、Radiotalkのページにリンクを貼っていただきましたので、そこから飛んでみてくださいね!よければ、考えを文章という形で表現しているnoteだけでなく、感情や熱を届けられる「声」を大切にした(この声もアカペラによる効果が表れたもの!)声活動にも興味を持っていただけたらすごく嬉しいです!

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このnoteでは、私の経験を通して、なんとなく掴んできた、自分の心をラクにする『好きを大切にする』生き方を、話しています。

ゆるゆると発信を続けていくので、読んでみようかな、と言う方は、よければ、フォローしてもらえたら嬉しいです。

そんなわけで、本日はここまでです。

ここまで読んでいただき、
ありがとうございました。


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