糖尿病「血糖値が下がっても断薬はNG」龍野一郎(千葉県立保健医療大学学長)
文・龍野一郎(千葉県立保健医療大学学長)
龍野氏
糖尿病治療の最大の目的
糖尿病の国内患者数は約1000万人ですが、それとほぼ同数の“予備軍”がいると推定されています。
人間が食事をすると、食べ物に含まれるブドウ糖が細胞に入り込み、それがエネルギー源となります。普通であれば、食事をしたことを膵臓が察知すると、インスリンというホルモンが分泌されます。このインスリンによってブドウ糖は細胞に取り込まれ、血液中のブドウ糖の量(血糖値)が適切な値にコントロールされるのです。
ところが糖尿病の患者さんは、膵臓からインスリンが出ないか、あるいはインスリンは出るのに血糖値が下がりません。そのためブドウ糖がうまく細胞に取り込まれず、血糖値が安定しないのです。血糖値が一定の水準を超えた「高血糖」が続くと、眼障害、神経障害や腎機能障害など、様々な合併症を引き起こしてしまいます。
糖尿病には、膵臓からインスリンが出なくなる1型、インスリンは出るものの十分な量でなく、血糖が下がらない2型があります。日本では糖尿病全体の9割以上を2型が占めています。今回は圧倒的に患者の多い2型糖尿病の薬物治療について解説したいと思います。
糖尿病治療の基本は何よりもまず、運動を含めた生活習慣や食事の見直しです。それでも改善が見られない場合は、薬物治療に移行することになります。
糖尿病治療の最大の目的は、血糖値を下げることです。現在日本で使われている代表的な糖尿病治療薬には、インスリンの効果を高める作用を持つビグアナイド薬、膵臓に働きかけてインスリンの分泌を高めるDPP-4阻害薬、血液に出てきた糖を尿として排出させるSGLT2阻害薬などがあります。
日本人の2型糖尿病は肥満が関係していることが多く、肥満はそれだけで糖尿病の悪化につながってしまいます。ですから最近は、「肥満を助長しない薬」が好まれます。ビグアナイド薬やDPP-4阻害薬は飲んでも太りにくく、SGLT2阻害薬に至っては「体重を減らす」作用があるので、良薬と言えるでしょう。
ただ、SGLT2阻害薬は脱水を起こす心配があります。風邪をひいていたり、手術を控えている時は使用を控えるようにしてください。また、脂肪だけでなく筋肉が減少することもあるので、高齢者が使用するとサルコペニアの悪化などを起こすことがあります。
ここで挙げた薬から治療を開始して、思うような効果が見られないときは、GLP−1受容体作動薬を使用します。GLP−1はインクレチンという消化管ホルモンの一種で、膵臓を刺激してインスリンの分泌を促す作用があります。食欲を抑制するので、減量効果も期待できる。元は自己注射薬でしたが、最近は経口薬が製品化されて使いやすくなりました。ただ、最終的にインスリンが膵臓から出にくくなり、血糖値が悪化した場合には、インスリンの自己注射が必要になります。
その他の薬についても触れておきましょう。
以前はスルホニル尿素薬(SU剤)といって、膵臓からインスリンを出させる作用を持つ薬がよく使われていました。しかし、作用が強すぎて逆に低血糖を起こしたり、体重を増加させたり、長期的に見て膵臓の力を弱める恐れがあることも分かってきた。そのため最近は、作用の弱いものを使うか、使われること自体が少なくなりました。
SU剤については、50代の男性患者でこんな事例がありました。
この患者は、40代の頃に健診で糖尿病を指摘され、それから自宅近くの内科クリニックに通院するようになったそうです。生活習慣についての指導を受けていたものの、血糖値が悪化し出したので、SU剤の服用を開始しました。症状はいったん落ち着いたものの、体重の増加とともに再び悪化し始めます。薬の量を増やしたけれど改善がない――とのことでクリニックから紹介を受けました。
SU剤の使用は要注意
この患者の受診時の状態は、身長が165センチ、体重が79キロ(BMIは29.0)。肥満の傾向があり、血糖もヘモグロビンA1cが10.2%と高い状態でした。糖尿病の合併症を調べたところ、微量タンパク尿のある軽度の腎症と、軽い糖尿病網膜症があることが分かりました。
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