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「みんなNetflixへ行けよ」 映画監督・武正晴が『全裸監督』で得たもの

2016年『百円の恋』で日本アカデミー賞優秀監督賞を受賞した映画監督、武正晴(53)。どん底から這い上がろうとする人物描写に評価が高い。Netflixが配信するドラマ『全裸監督』ではアダルトビデオ界の風雲児・村西とおるをモデルに描き、世界的な大ヒットを収めた。2021年にはシーズン2の配信も予定されている。

武正晴(1)

武氏(映画監督)

『全裸』はやりたかったことを爆発させた

実は2000年代に入って一時期日本の映画界にがっかりしていたんです。素晴らしい監督のもとで助監督として面白い現場も多々あったけれど、費用や観客の顔色をうかがうことばかりでまるで風呂敷を畳んでいくようにやることが小さくなって映画もどんどん先細りして。「やりたいことと全然違うじゃん」「貧乏くせえな」と思ったこともあった。

小道具ひとつでもそう。撮影でコカ・コーラが必要になっても、本物は使わない。似たものを作ってそれを撮るのがみんなのルーティンワークになってた。「なんで、そんなことしてるの?」と尋ねたら、「いつもやってるんで」と答える。「本物を使っちゃえよ」というと、「駄目です」「なんで?」「文句いわれます」「いわれた時に考えればいいんじゃない?」「裁判になるといけないですし」。使いたかったら交渉して許可を取って、お金が必要なら出せばいい。でも、その作業に手間も費用もかかるからやらなくなっていた。

それで現場が「何か、しょうがねえじゃん」という雰囲気に陥るのがすごく嫌だった。じゃあ僕ぐらいは一発、頑張らなきゃ、なんとかしなきゃ、ってずっと思っていて。

そんな時に「どうぞやってください」ってNetflixの人が拾ってくれたんですよ。「やれるだけやってください。文句をいわれたら対処します。うちは弁護団もいるんで」って。これはもう本当に大きなチャンスだった。やらなくていいことから解放される。美術の人が徹夜してありもしない架空のジュースを作らなくて済む。Netflixは「映画を作るつもりでやってください」ともいってくれて。それはかっこよかったですよ。だから『全裸』ではスタッフも腕のある職人も、俳優も今までのやりたかったことを全部、爆発させた。

たとえば演出では、あの時代をノスタルジックに見せるのではなく、アップデートさせたんです。衣装のデザインを全部現代のシルエットに変えるとか、色使いも元来のものから変えて今ならこの感じとか。リアルで攻めるか、もしくは嘘をつくかで「じゃあ、嘘をつこうぜ」とした。

嘘をつくというのは映画の作り方としてどの時代も同じで「この時ジーパンはないけど、かっこいいから穿かせちゃおう」というノリのこと。僕らが60年代の物語を作る時と一緒ですよ。「なんかかっこいい」とか、片や「だっせぇ」とか、過去を面白がって振り返ることってあるじゃないですか。過去を懐かしむのでなくて、過去のいいところだけ取って、駄目なものは「新しくしちまおうぜ」という演出にしたんです。

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