イベントレポート|文藝春秋シリーズカンファレンス 「真実の瞬間」 顧客との絆 ~出会いの「瞬間」からはじまる、価値体験~
経済産業省が2021年7月30日に発表した「電子商取引に関する市場調査」によると、新型コロナウイルスの流行を背景に、旅行サービスや飲食サービス分野におけるEC(電子商取引)売り上げは大幅に減少。その一方で、これまでEC化が遅れていた小売業や製造業などが実店舗での機会損失をECで取り返すべく新たにBtoC-EC市場に続々と参入し、物販系ECでは前年比で21.7%の伸長率を記録したことが判明した。
その勢いは今後も続くものと予想されており、競争が激しくなる中、大手ECプラットフォーム、自社EC、実店舗での販売などあらゆるチャネルでの体験の創出、購買促進が不可欠となっている。
商品そのものの力に加え、ブランドイメージ、シームレスな顧客体験、期待を裏切らない接客、“また買いたい”と思われる付加価値など、ブランドと顧客が出会う「真実の瞬間」から「ロイヤルカスタマー」へとつながり続ける仕組みづくりがEC成功のカギを握っていると言える。
本カンファレンスでは、「真実の瞬間とデジタルエクスペリエンス」に焦点を当て、顧客体験(CX・UX)や顧客接点(UI)、従業員体験(EX)、オンラインとオフラインの融合(OMO)、消費者直接取引(D2C)などの取り組むべき課題について、実践者や有識者の講演を通じ考察を試みた。
■基調講演
「消費者行動の理解による体験の創出」
~意思決定の背後にあるメカニズムを読み解く~
立命館大学 経営学部 准教授
寺﨑 新一郎氏
寺﨑氏は早稲田大学博士(商学)。専門はマーケティング、消費者行動。九州大学経済学研究院助教等を経て現職。主著に『多文化社会の消費者認知構造:グローバル化とカントリー・バイアス』、単訳に『インタビュー調査法の基礎:ロングインタビューの理論と実践』がある。日本商業学会各誌、『マーケティングジャーナル』、Journal of International Consumer Marketing等、国内外の主要学術誌に論文掲載実績も。
寺﨑氏は冒頭、「デジタル環境下における消費者の認知メカニズムを理解することで、より快適なデジタル体験を提供するヒントを示したい。消費者の視点からではなく、研究者の視点から消費者行動がどのように説明できるのか議論を進める」とメッセージを発し、講演をスタート。
消費者行動の理解に役立つ理論・概念の中から「情報過負荷」「処理流暢性」「解釈レベル理論」「あこがれの方程式」を取り上げ、以下の通り言及した。
情報過負荷(information overload)
パクとリ(2008)の研究によれば、ECでの商品購入にあたり、具体的かつ説得的な「製品特徴レビュー」と、主観的かつ感情的な「単純推奨レビュー」に触れた消費者はともに、レビュー数が多くなるほど知覚された製品人気は上昇した。
ただし、単純推奨レビュー(主観的かつ感情的)の場合、レビュー数が多くなるほど、知覚された情報有用性は高まった一方で、製品特徴レビュー(具体的かつ説得的)の際は一定数(閾値)を超えると知覚された情報有用性は下降線をたどった。つまり、情報が多くなりすぎるとその有用性が知覚されなくなるのである。
このように、レビューを画面上に表示する際は、どのようなタイプのレビューが多いのか、レビューは消費者に負担をかけるほど多くなっていないかの二点に気を配る必要がある。
処理流暢性(processing fluency)
五感=視覚・触覚・聴覚・味覚・嗅覚からの刺激に対する情報処理の用意さは、「処理流暢性(以下、流暢性)として概念化される。流暢性が高いときは、知覚情報がスムーズに処理されるため不快感が生じにくく、対象に好ましい評価が下される。
流暢性について二つの例が示された。一つは、脳の半球優位性と処理流暢性との接点である。レッティとブレワーによれば、右視野の情報は左脳に、左視野の情報は右脳に送られるため、画面上で文字情報が右側に、画像は左側にある場合に流暢性が高くなると推測される。
次に、色の明度と位置効果の観点からは、知覚重量は色が明るいほど軽く感じられるため、明度の高い製品を画面の上部に、明度が低い製品を画面の下部に表示すると流暢性が高まるというスナガらの実験結果が紹介された。
こうした、一見すると些細な知見の実装によって、ウェブサイトへの評価が改善されるのである。
解釈レベル理論(constual level theory)
解釈レベル理論とは、対象との心理的距離の遠近による精神的表象の変化を説明する理論のこと。人間は、心理的距離が遠く感じた場合は対象を抽象的に捉え、心理的距離を近く感じた場合は対象を具体的に捉える。
実験の一例として、製品の販売収益の一部がアフリカの児童養護施設に寄付されるという、寺﨑と石井らのシナリオ実験が紹介された。ウェブ上で行われた調査結果から、アフリカの人々に対して心理的距離を近く感じる消費者の場合、白黒写真(抽象性が高い)よりも、カラー写真(具体性が高い)のビジュアルを添えた製品のほうが、好ましい評価が下された。
このように、デジタル上で製品やサービスを訴求する際、解釈レベル理論を援用することで、消費者の解釈レベルに応じた適切なコミュニケーションが可能となり、企業業績にもプラスに働くのである。
あこがれの方程式(The Dream Formula)
デュボアとパテルノーによれば、あこがれはブランドの認知度とそのブランドの所有者比率との間の差から生じるという。この知見を踏まえると、ブランドの認知度を上げると同時に、リアル/バーチャルを問わず販路を絞ったり価格を上げたりして入手容易性を下げることが、あこがれの醸成に効果的だと推測される。
つまり、欠乏のレベルを維持しブランドの普及を統制するために、ブランド認知を高めつつ供給と流通を厳格に統制することが大切であることを、資生堂やスターバックスの例を示しながら説いた。
最後に、本講演で扱った仮説検証型の調査だけでなく、インタビューのような探索型の調査を併せて実施することで、消費者の根底に潜む価値観や仮定(思い込み)を探ることができ、より重層的な消費者理解につながるのでぜひ検討されたい。
日常生活における自らの意思決定プロセスを客観的に考察できれば、実務や研究にもヒントが得られる、と述べて寺﨑氏は講演を締めくくった。
■トークセッション
サンリオピューロランド・公式アプリで築く、顧客との絆
ワンタップではじまる、感性デジタルマーケティング
株式会社サンリオエンターテイメント
営業部マーケティング課 課長代理
志賀 優子 氏
株式会社ヤプリ 執行役員CCO
金子 洋平 氏
志賀氏はデザインプロダクションでディレクター経験を積み、2007年にWebインテグレーターの会社に転職。企業のデジタルプランニング、ディレクションに従事。2016年からサンリオエンターテイメントのマーケティング課において広報マーケティング、プロモーショングループを統括。18年4月からサンリオのマーケティング本部でPRと調査分析に転籍し、兼務でピューロランドのマーケティングを担当。
金子氏はGMOインターネットにてマーケティング、新規事業立ち上げを経験後、起業。「ファッションメディア」「ファッションEC」の会社を11年経営し、 2016年よりアプリプラットフォーム「Yappli」のヤプリに参画。
サンリオエンターテイメントは、屋内型のサンリオピューロランドと屋外型大分ハーモニーランドの2つのパーク事業を展開している。最近は若い女性、特にF1層を中心に「お客様(ゲスト)の声を聞くこと」「世の中の流れを先読みすること」を徹底。同社のコンテンツ、サービス、マーケティング担当の3部署は、積極的にゲストの声・データ・トレンドを共有しスムーズな連携を実現している、と志賀氏は口火を切った。
コロナ禍でのマーケティングでは、以前から導入していた「アンバサダープログラム」を活用し、顧客の声、“推し”に対する意見に耳を傾け、ファンの教えを反映・改善することを徹底している。コロナ禍におけるマーケティングとしては、SNSのリスニングを強化。「行けない(来られない)お客様」のニーズを聞き、できることは実施し、心の奥底をしっかり読む努力をすることを心がけた。
また、ECサイトの開設を3カ月という短期間で行い、売上げが非常に伸びた。ECオリジナル商品の開発も行い。顧客から「ピューロランドに貢献できてうれしい」といった声も届き、満足していただけるのであればキャラクターや各テーマパークへの顧客の熱量を裏切らないように、と思いを新たにしたという。
公式アプリも刷新。ヤプリ/Yappliとの協業で2020年11月にアプリをリニューアル・リリース。来場予約から始まるコミュニケーションのメインストリームをアプリへ移行した。予約、入場、来場者へのアプリプッシュ通知、ECの顧客データを連携したアプリプッシュ通知(データベース連携)、などをすでに実施しており、「コミュニケーションインフラ」として今後ますます発展させたいとのこと。
金子氏にアプリ導入後の状況を聞かれ、「とにかく顧客データが非常に多く、濃く取れるようになった」と即答。MA(マーケティングオートメション)ツールでデータを連携し、“その中で迷わず完結できる”アプリやウェブなどのデジタルを活用しコミュニケーションを発展させていく予定と答えた。顧客層を一層明瞭に把握し、本質を捉え顧客満足度を高めるためにアプリを軸にしたDXを進めていきたい、と志賀氏はまとめた。
■スペシャルセッション
「感性価値を高めるブランディング&デジタルマーケティング」
~伝統と革新‐ラグジュアリーブランドのフロントランナーの将来構想~
リシュモンジャパン株式会社
代表取締役社長 リージョナルCEO
三木 均氏
三木氏は樫山(現・オンワード樫山)入社後、フランス駐在(カシヤマ フランス社長)等を経て、2002年リシュモンジャパン入社。クロエジャパンCEO、クロエ本社(パリ拠点)のインターナショナル ディレクター、ヴァン クリーフ&アーペル ジャパンCEO等の要職を歴任。15年から現職。
セッションの冒頭、三木氏から二つの問いかけがなされた。
「ラグジュアリーブランドとは?」
・長い歴史を持っている、物語(ストーリー)や培った商品、経験、価値を有する。
・世界中で流通している、全世界の人々に広く愛されている。
・アイコン商品がある、ブランドを象徴する製品がある。
・上記が“差別化”を生んでいる。
この四点を有するのがラグジュアリーブランドだ、と定義した。
「ラグジュアリーブランドビジネスとは?」
エモーショナル=感情、感覚、感性に訴えるビジネスである。計算式で成り立つものではなく、好き嫌いを始めとする感情があって初めて成立する。
実のところラグジュアリーブランドは“生活必需品”ではない。本当は必要ではあるのだが……と含みを持たせ、ブランドビジネス、エモーショナルビジネスとは、「NEEDS(必要性)とWANTS(欲望)をつなげWANTSを喚起すること、と三木氏は続けた。
例えば、喉が渇いたという必要性に対し、水道水を飲むのではなくペットボトルのお茶やスタバのアイスラテを求める。時間を知るというNEEDS以上の要素を持つ高級腕時計を身に着ける――。こうした顧客の感情、WANTSをどうやって掻きたてていくのか、“扱う商品やサービスがWANTSであること”をどのようにお客様に提示していくのか、がブランドビジネスの根幹となる。
そのためにラグジュアリーブランドは、ブランド自身が顧客や消費者に「直接」価値やイメージを訴える手法、プロモーションをここ数年強化している。ブランドが直接訴求することでWANTSをどれだけ駆り立てることができるか。これが非常に大切だ、と語った。
また、現代は「LESSの時代」である、とも。
・(量や程度が)より少ない、いっそう少ない
・(数が)より少ない
・(大きさ)がより小さい、いっそう少ない
キャッシュレス、ジェンダーレス、ペーパーレス……。身の回りや生活の中にどういった「レス」を作り、どういった価値=バリューを創造し世に示していくのかが大切。タイムレス、ボーダレス、シーズンレスなどがブランド(ファッション、ジュエリー含む)ビジネスのキーワード、テーマになる。春夏物、冬物、男性用女性用といった商品はなくなるかもしれない。タイムレス=普遍的で価値の失われない価値ある商品を提供していかなければならない。
最後に顧客を中心に据えた「エコシステム~NEW RETAIL」にも言及。店舗=RETAILを起点にECやコンタクトセンター、クリックインブティック、SNS、LINE、デジタルプレイヤー(YNAPやZOZOなど)を活用。ボーダレスかつ双方向のコミュニケーションを行い、新たな、特に若年層の顧客を開拓していく。バーチャルブティックやバーチャル接客などを含め、コミュニケーションの多様化は今後ますます進むだろう。そのための戦略立案や投資は惜しまない所存とのこと。
デジタルをひとつのパーツとして取り込む、DXを推進することでいかに顧客のWANTS=欲望を掻きたていくか、がラグジュアリービジネスの要諦である、と再度強調して講演を終えた。質疑応答では、ラグジュアリーブランドの今後の重要なテーマとして「カスタマイゼーションとパーソナライゼーション」のポテンシャルについても見解を披露し、将来への展望を示した。
2022年2月28日 オンラインにて開催・配信
撮影 今井 知佑
ここから先は
文藝春秋digital
月刊誌『文藝春秋』の特集記事を中心に配信。月額900円。(「文藝春秋digital」は2023年5月末に終了します。今後は、新規登録なら「…