死後の世界はあってほしい 山崎章郎
私は死をまぬがれないだろう
2018年秋、およそ30年間、緩和ケア医であった私は、がん患者さんの仲間入りをすることになった。リンパ節に転移がある大腸がんであることがわかったのだ。幸いにも腹腔鏡手術による切除が成功したが、再発予防のために抗がん剤を服用したところ、とんでもない副作用に見舞われた。それでも何とか耐えたが、経過観察のCT検査で、なんと肺の両方に複数の転移が見つかった。2019年5月、私はステージⅣになったのである。単発転移なら摘出もできるが、多発転移の治療は抗がん剤しかない。それも治癒が前提でなくなる。つまり治らないということである。セカンドライン(最初の抗がん剤の効果がなかった場合、2次治療に用いる)の抗がん剤を勧められたが、私はしないことにした。人によって残された時間に差はあるが、私は死をまぬがれないだろう。
ステージⅣと診断されて以来、後述する「がん共存療法」にたどり着くまで、抗がん剤治療はしていなかった。再発予防のための抗がん剤の副作用が、あまりにも強すぎたからだ。皮膚が黒ずみ、手のひらの筋がひび割れて血が吹き出した。足も同じようにひび割れて歩くのも難儀になり、訪問診療も難しくなった。ギブアップして1クールは休薬したが、それでも最後まで続けたのは、これが終われば解放されると信じたからだ。半年後にようやく終えた時、「ご苦労様。終了です」という言葉を待っていたら、なんと「両方の肺に転移があります」だった。さすがに愕然として、次の抗がん剤治療を提案されたが、すぐに返事はできなかった。
多発転移では外科手術による局所的な治療はできない。可能なのは抗がん剤治療だけだが、ステージⅣの段階で抗がん剤に期待できるのは治癒ではなく、延命だけである。延命を期待して抗がん剤を続けても、必ず薬剤耐性ができてがんは大きくなり、いずれ治療の限界が来る。私の在宅緩和ケアの取り組みの経験から言えることは、治療の限界になった時から亡くなるまで、半数の人は約1か月しか残されていないということだ。こんなことならもっと早い段階で治療をやめておけばよかったと後悔する人も稀ではない。
最善は患者自らが決めること
もう治らないのに、あの耐え難い副作用を再び経験して、たとえ命が1年2年延びたところで命の質はどうなるのだろう。抗がん剤はエビデンス(科学的な根拠)のある最善の治療かもしれないが、最善とは生き方を含めて、患者自らが決めることではないか。治癒が期待できないのなら、限られた時間をどう生きることが自分にとって悔いのない人生になるのか。私はそんなことを考え始めていた。
抗がん剤をやめて1か月ほどすると副作用が抜けてすっかり元の生活に戻った。抗がん剤治療を受けても受けなくても、次第に悪化して最後の時間が必ずやって来るなら、普通のことができるこの生活を大事にしながら、いずれ悪化していく日々に備えよう。そう考えた私は、主治医に勧められたセカンドラインの抗がん剤をお断りした。
不安はなかった。同じステージⅣの患者さんが不安になるのは、自分がこれからどうなっていくか、すべてが未知の世界だからだ。でも私は緩和ケア医として大勢の患者さんを診てきたから、人が亡くなっていくプロセスは予測できるし、それに対処する方法も知っている。だから苦痛や死を恐れることはなかった。しばらくがんと共存しながら、緩和ケアを取り入れていけば苦痛の緩和は可能なのだから、そこは自然の摂理に任せよう。だから、抗がん剤をやめると決意したあとは、むしろすっきりした気分だったのだが……。
患者さんと「戦友」の関係に
患者さんに、私がステージⅣのがんであることを伝えると、びっくりされたり、涙を流された方たちがいたのは、やはり長いお付き合いで家族のような関係になっていたからだ。それ以来、診察したあと「お大事に」と言って立ち上がると、ご家族から「先生もお大事にね」と返されるようになった。「無理しないでくださいね」と送り出されるのだから、どちらが患者かわからない。どうも医者と患者の関係ではなくなっているように思う。仲間というか……、いや仲間というより「戦友」の感覚だろうか。それゆえ、患者さんの言葉が以前と同じであっても、言葉の裏にある想いも一緒に伝わってきて、心に染みわたるのだ。
緩和ケアという私の仕事は、患者さんが亡くなっていくことが前提になる。患者さんもそれを承知しているから、死を話題にすることはタブーではない。例えば、患者さんから「私はあとどれぐらいですか」と尋ねられることはよくある。その時は、亡くなるまでに起こることを具体的に伝えることにしている。
「死ぬまでの期間は人によって違いますが、まず体力が落ち話すことがむずかしくなります。やがて書くこともできなくなるから、伝えたいことがあったら今のうちに話しておくか書き残しておくのがいいですよ」
そんな話をしていると、私の方からも「もしご自分が亡くなったらどうなると思いますか」と尋ねることがある。「あの世に行くと思います」と答える人が多いのは、死後の世界を信じている人が多いということだろう。すると私はこう尋ねる。
「死後の世界があるんだったら、会いたい人はいますか?」
「もちろんですよ」
「どなたに会いたいですか?」
「お母さんに会いたいです」
お父さんに会いたいと言う人は滅多にいないのだが、珍しくそう言った70代の女性がいたので、「じゃ、私はお父さんが迎えに来るまでお付き合いしますね。そこでバトンタッチしますよ」というと、顔をくしゃくしゃにしていた。
死は永遠の別れなのか
あの世を信じる人にとって、死は消滅ではなく、単なる通過点であり、次の世界に移る感覚ではないだろうか。それが死んでいく人にとって希望になり、ご家族もそれを聞いて、あの世でこの患者さんに会えるんだという思いを強くしているに違いない。だから、時々、こんなことも言われるようになった。
「先生、あの世で待ってます。でも、急いで来なくてもいいですよ」
死後の世界があるかどうかなんて誰も実証はできない。でも、あの世の存在を語る人が世界中にいるのを思うと、人類はその存在を潜在的に感じているのかもしれない。死が近づくにつれて、それをより強く感じるようになるのだろう。
死が永遠の別れなら、本人も家族も辛いだけだが、この世から消えた後に、あの世で先に逝った親しい人と語り合えると思えるなら、死への向き合い方も変わるはずだ。だからこそ亡くなる時は、「今までありがとう。さようなら」ではなく、「お疲れさま。また会いましょう」と言うようにしている。私自身ががんになったからこそ、そのことを強く感じるのだ。
死の間際に、すでに亡くなった身近な人が現れることを、宮城県で多くの人を看取った在宅医の故・岡部健先生は「お迎え現象」と名付けたが、これも死後の世界を認めることと同じだと思う。患者さんの身に起こる出来事を、脳の異常反応としての幻覚と評価するのか、それとも一人の人生が終わる過程で起こりうる出来事と見るのかでは全く違ってくる。エビデンスに対してナラティブ(自ら紡ぐ物語)という言葉がある。病気を治せる可能性があるならエビデンスで語るのもいいが、その人の人生が閉じようという時に起こる出来事はナラティブでしか語れないこともあるはずだ。お迎え現象を見た患者さんを、幻覚を見たと診断すれば治療の対象になるが、その現象を患者さんが旅立ちの準備をしているからだという物語で理解できれば、患者さんもその家族も安心できるはずである。
私がこの仕事を始めた頃は、死後の世界を確信したことはなかったが、自分ががんになって死をリアルに感じるようになった今、どう考えてもあの世はあった方がいいと思うようになった。以前は「あったらいいな」だったが、今は「あってほしい」世界だ。もちろんその存在は証明できないが、あった方がその人の人生を肯定しながら物語をとてもうまく描けるのだ。
新しい世界への旅立ち
がん患者になってから、私は患者さんたちに「次の世界はあるんだから、また会いましょう」と堂々と言えるようになった。それを聞いた患者さんたちは、皆ほっとした表情に変わるのがうれしい。
通常、患者さんが亡くなると死亡確認の診断をするが、私は家族に呼ばれてもすぐに死亡確認はしない。医者の特権を利用することになるが、「私が診断しない限り、患者さんはまだ生きています。その間に皆さんは最後のお別れをしてください」と伝え、お別れが終わったあとで死亡確認をするのである。その後のエンゼルケアは看護師さんたちの担当だが、私はご家族にこう言う。
「亡くなることは決して終わりではなく、新しい世界への旅立ちなのですよ。旅立ちなんだから、やっぱりきれいにしてあげて、ご本人がいちばん気に入るような格好で旅立ってもらいましょう」
最近はご家族にここまでお伝えするようになった。
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