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古生物飼育小説Lv100 第八十二話をサイトに掲載しました

夏休み期間のあまり遅くならないうちに公開したかったお話でした。ヘッダー画像(足立区生物園)にドキッとした人は気を付けたほうがいいかも!?
今回もよろしくお願いいたします。

サイト

カクヨム

以下はネタバレ込みの解説です。今回ゴキブリをはじめ昆虫のお話をずっとしますし写真も出てきますので苦手なかたはすみません。

というわけで今回はゴキブリの祖先筋の虫、セミの親戚、キリギリスの親戚、現生種そのままになるので作図していないもののダイコクコガネの一種と昆虫の回です。この図は縮尺を統一していて、上段右から2番目のダオフゴウコッススがだいたいミンミンゼミくらいの大きさです。ピクノフレビアがデカい!

昆虫回をやるのは実は難しいです。難しいっていうことを前にもイベントで配る無料ペーパーに書いたんですけど、飼いかたを考えるのが難しいというより、そもそも化石しかヒントがない種類を飼えるのか飼えないのかが昆虫の種類によって全然違うので。

普通に今生きてる種類だと、例えばチョウなら決まった種類の植物を栽培してその葉を幼虫に与えてコツコツと、っていうやりかたがはっきりしているいっぽう、チョウの化石が見付かってもその幼虫が何の植物を食べてたかは分からないですからね。

それで、化石種と現生種であまり食べ物が変化していなくてなおかつ細かい種類に頓着しないものしか出せなくなるのです。

トンボは現実には飼うのが大変だけど化石から再生することを考えるとチョウと比べればまあなんとか……ということでトンボ回を(メガネウラともっと今のトンボに近いものの)2回だとか、あとは脇役としてごくわずかしかしか出していなかったのですが、それ以外にもなんとか昆虫が出せないかとずっと考えて少しずつ選んでいたのが今回のゴキブリ・セミに近縁なもの・キリギリスに近縁なもの・ダイコクコガネだったのです。

ゴキブリについて

ゴキブリは現生種のほうは飼育方法が確立していますし、すごく注目を集めますし、化石種のほうも「ほぼゴキブリらしき虫」が昆虫の歴史のかなり初期、3億年以上前の地層から発見されているので、古生物をなんでも再生して飼えるとなったら一度はやっておきたいところでした。

ただ先程からあまりゴキブリと言い切っていないとおり、実は完全に今と同じようなゴキブリのグループが現れたのは白亜紀、つまり恐竜時代の後半に入ってからなんですね。それ以前の「ほぼゴキブリらしき虫」はなんだったのかというと、長い産卵管があったり幼虫の形が全然違ったり(サナギにならない虫なので「成虫の翅がない小型版」ではあります)、翅がだいぶ大きかったりと、色々と今のゴキブリと違う特徴を持っていて、ゴキブリの祖先筋ではあるけれどゴキブリそのものではないとされています。こういうのを「ステム網翅類」、そこから現れた完全なゴキブリとカマキリを含むグループを「クラウン網翅類」といいます。見た目ゴキブリらしいものよりカマキリのほうがゴキブリに近いんですね。「ステム〇〇」は「〇〇につながる系統だけどそれそのものではないもの」、「クラウン○○」は「それそのもの」ということです。

産卵管があるのは重要な特徴で、今のゴキブリはがま口に例えられる卵鞘というもので複数の卵をまとめておき身に着けたまま守ったり、直接幼虫を産んだりしますが、そういう繁殖の工夫がなかったということになります。もしかしたら卵を産む場所に気を遣ったりと少しデリケートだったかもしれませんね。

ステム網翅類の中でもちょっと詳しいことが分かる代表的な種類が今回登場したアルキミラクリスなのでした。実はミラクリスという近い種類の化石のレプリカを群馬県立自然史博物館のショップで買っていたものの、ミラクリスのほうは詳しいことが全然分からなかったのですよね……。化石のレプリカは感じを掴むのと気分を盛り上げるのにちょうどよかったです。

アルキミラクリスは(おそらくミラクリスも)翅が大きくて石炭紀のぬかるみを避けてよく飛んでいたらしい、言われています。今のゴキブリがどれくらい飛べるかは種類や気温によってまちまちで、翅があるのと関係なく飛べないものもいるのでちょっと迷ったもののアルキミラクリスには木に登るのに良い特徴もあり、樹上性で翅が大きいならということで素直に飛ばしています。調べてる過程でポーセリンローチという本当にすごくよく飛ぶ現生種が見付かったので、アルキミラクリスとポーセリンローチだけでなく化石種と現生種を並べるようにしています。

ポノプテリクスは去年福井県の勝山の手取層群から見付かったと発表された5種のゴキブリのうち特に特徴的なペトロプテリクスに近縁でなおかつ詳しく分かっているものを選びましたが、これはステム網翅類とクラウン網翅類を全て含んだうちのひとつという意味でのゴキブリで、分類上はポノプテリクスやペトロプテリクスはクラウン網翅類の中でもどちらかというとカマキリに近いようです。

この仲間はゴキブリやカマキリに近いくせに前翅が固くて甲虫にそっくりという変わった種類です。今も別の系統で甲虫そっくりになったカブトムシゴキブリというのがいるそうです。

カマキリに近い上に、ブラジルのサンタナからたくさん見付かっている化石を見るとハンミョウによく似ているので、肉食なのかな?と思ったものの、近縁種に花粉が付いているのが見付かっているのと、ハンミョウに似ていても植物を食べる甲虫は普通にいるので、別に肉食とは言えないようです。

手取層群の5種のゴキブリの中に、白亜紀前期になってようやく現れた完全なゴキブリであるプラエブラッテッラ2種が含まれていて、ペルルキペクタも近い時代の詳しく分かっている完全なゴキブリのひとつです。ちょっと翅が大きめかな。

セミの近縁種について

ダオフゴウコッススとシナポコッススは昆虫化石の中では知られているほうで、ちゃんと調べるまでセミそのものの化石として覚えてしまっていたんですけれど、セミ科ではなくセミ科に近い別の科(パラエオンティナ科)だということが分かりました。

そしてパラエオンティナ科がどこまでセミに近い特徴を持っていたのかが大問題なのでした。

セミの幼虫・成虫ともに、一応こうすれば飼えるという解説は昔の昆虫図鑑に載っているものの、実践できるのかというとかなり疑問……という虫なのですね。幼虫はアロエをを1面がガラスの木箱に植えてその土に潜らせれば飼えるとか、成虫は木に紐でつないでおくなり木の幹ごとケージで囲っておくなりすれば飼えるとか言われているのですが、きちんと継続的に飼えた例はほぼないようです。(一応そんなような記録だけは見付かったものの詳しい手法などがなく……。)特に昆虫館でセミの累代飼育をしたなんていう話は皆無でした。ただ幼虫をある程度生かしたという研究などはあるようです。

なぜセミの幼虫を飼うのが難しいかというと、土の中でどのように居場所を選んで過ごしているのかが明らかになっていないということが大きいようです。セミの土の中での暮らしはかなり謎なんですね。夏にはあんなにたくさん出てくるのに。あんなに身近な生き物が実は謎が深いのって、なんだか楽しくなってしまいます。

「Lv100」で扱う上では、セミは飼えないとしてセミに近縁なパラエオンティナ科をどうするか?少しずつセミの謎を解明していることにしたとして、パラエオンティナ科を飼うことで手がかりにしているのか、それすらもないのか?

セミが飼えない主な原因が幼虫が土の中で暮らすことなので、パラエオンティナ科の幼虫が土の中で暮らしていなかったのなら飼える、ということにしたんですが、パラエオンティナ科の幼虫の化石など直接的な証拠は特になく……、結局、セミ科とそれに最も近縁なテチガルクタ科以外のセミの仲間が土の中で育たないから、という説明を、登場古生物の説明の欄には書いています。

ただ確信に至ったのはセミ科とパラエオンティナ科の前肢の違いだったりします。セミの成虫の前肢って幼虫のシャベルみたいな前肢の名残りらしく妙に太いんですね。一応見る限りではパラエオンティナ科の前肢は太くないようなので、幼虫の頃も土に潜るのに使う太い前肢は持っていなかっただろううと思って、パラエオンティナ科2種を登場させました。

セミに最も近縁なテチガルクタ科でも鳴きはしない(人間の可聴域の大きな鳴き声は出さない)のでパラエオンティナ科も鳴かなかっただろうとしています。

キリギリスの近縁種について

実は化石からの情報だけで飼える昆虫を探すのはキリギリスの仲間から始まったのでした。なぜかというとキリギリスの仲間の中で肉食の傾向が強いものほど前肢の棘が発達しているという傾向があるので、化石からこれが読み取れればどれだけ肉食だったかが分かると思ったんですね。

前肢の棘は結局さほど考察に有効ではなかったんですけれど、コオロギやキリギリスは分類的に広い範囲にわたって飼育方法が確立していて大筋で化石種にも通じそうなのであまり難しいことは考えていないです。

今回登場させた2種類はどちらもプロファランゴプシス科という、キリギリスのような姿をした化石種がたくさん含まれるグループです。ピクノフレビアはドイツのゾルンホーフェンという始祖鳥と同じ産地から複数発見されていて、ニッポノハグラは石川県の桑島化石壁というところから翅のみ発見されています。

国立科学博物館のアボイルス

化石では横から潰されているので生きていたときより縦長でキリギリスらしさが増しているかもしれませんが。

プロファランゴプシス科は絶滅していなくて少しだけ生き残っています。ハンプウィングド・グリッグといいう種類はちょうど鳴いている動画がありました。これ、なんと針葉樹の花粉を主食にしてるらしいですよ。

科の名前の代表になっているプロファランゴプシス・オブスクラは150年前の標本1つしか知られていないということで、つい先日この標本から鳴き声の高さを推定したという論文が出ました。動画で聞けますが、節回しなどは不明ですがだいぶ低い声です。あわてて内容に反映させています……。

さらにはなんと化石種の鳴き声も推定されています。それがこのアルカボイルスという種類の鳴き声です。ほぼこれを参考にして鳴き声を描写しています。

全体的にスズムシみたいな高い音というよりキリギリスの仲間らしい低い音だったみたいですね。

都市の緑地公園などでも案外色んな種類の鳴く虫の鳴き声を聞くことができ、昆虫の世界に深入りするにはよさそうなグループです。まあこういうのって鳴き声を聞き分けられるようになってからがスタートなんですけどね。

ムカシナンバンダイコクコガネ

ダイコクコガネはタマオシコガネ(フンコロガシ)と同じく、コガネムシ類のなかでも動物の糞を食べる「糞虫(ふんちゅう)」の中の1グループで、主にオスに角が生えているのが特徴です。この角を何に役立てているのかははっきりしないのですが、少なくともオスが目を付けた糞の上に陣取ってライバルを追い払うことはあるようです。

ナンバンダイコクコガネはその中でも特大の、ゾウやサイの糞を食べるものです。その一種の左右揃った前翅の化石が石川県から発見されていて、ムカシナンバンダイコクコガネと呼ばれています。

国立科学博物館のオウサマナンバンダイコクコガネ

しかしゾウやサイの糞を食べる虫が日本から見付かるってどういうことでしょうね。もちろん、当時の日本にはゾウやサイがいたということです。といっても2000万年ほど前のことなので今とはだいぶ違う種類です。

瑞浪化石博物館のアンネクテンスゾウの顎
茨城県自然博物館のステゴロフォドン牙~上顎
国立科学博物館のカニサイ下顎

現在のナンバンダイコクコガネが生息しているのはゾウがいる東南アジアやアフリカですが、2000万年前には日本でゾウやサイとナンバンダイコクコガネの関係が確立していたんですね。

このことをとある本で「大きな動物の糞に頼っていたせいでその糞がなくなって絶滅した」と面白おかしく取り上げているようですが、当時の日本のゾウやサイ、ナンバンダイコクコガネの時系列的な繁栄と衰退や、正確な絶滅の原因(これはそもそも人間が絶滅させたものでもないとはっきり分かることはありません)が判明していない以上そんなにはっきりと言い切ることはできないでしょう。ゴシップめいた言いかたをするよりも、哺乳類と昆虫の歴史の一幕に化石を通じて触れられることを喜びたいものです。

話の組み立てについて

ゴキブリは年代の順番に紹介していったほうが面白いですし色んな種類を出していると施設の職員目線のお話はやりづらいので、昆虫館の来館者目線にすることはすぐに決まりました。

それから一つひとつの種類の存在感は薄くなるので主役同士のやり取りで話を回すことを意識して、何に対立して何で分かり合うのかはきちんと決めておきました。ちなみに愛花の名前はアガパンサスから来ているので、名前の由来になった花も見た目の印象がだいぶ離れたものを選んでいます。

あんまりにもゴキブリなどの虫に対して恐怖が強いキャラだと話が進まなくなるので、常識人担当のほうもほとんど昆虫を怖がりませんでしたが、自分が現代の都会人として異様に昆虫が平気すぎる自覚はあるので、共感できるキャラクターなのかどうかちょっと迷ったところではあります。

自由研究する話でもありますし、セミが元気に鳴いていてコオロギやキリギリスの仲間も鳴き始めてきた時期にこのお話が出せてよかったです。

さて第十一集収録分はここまできっちり飛ぶもので来ましたが、次のお話は飛ばなくなったものになりそうです…!?

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