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思うところあって公開 12年前のポケモンの性差についての論考

「リモートポケモン学会」というサークルがありまして、ポケモンの魅力を語りたいかたが集まってYouTubeを中心にプレゼン活動を行っているのです。

このプレゼン内容は多岐に渡り、例えば今私がこれを書きながら流している動画はパルデア地方に封印された4匹の「災厄ポケモン」の来歴はどのようなものだと考えられるかというポケモン世界の古代史を論じたプレゼンです。

もちろん私の主な守備範囲である生物寄りのものもあります。例えばこちら。

リモートポケモン学会では「ポケモン週末レポート」という、週ごとにお題となるポケモンの種族についてTwitter(現X)で各位思い思いに論じるという企画も行っています。
こちらについてはリユルンさんというかたがnote上でまとめていらっしゃいます。

私もこちらによく参加させていただいておりまして、先週末はドクロッグのヤドクガエルとの幅広い類似、のど袋(鳴嚢)の大きさが雌雄で異なること、そのような雌雄の細かい違いは第5世代(ブラック・ホワイト)以降は追加されなくなったことについて扱いました。

この性差について、一気にワッと類例を列挙したり傾向の変化について述べたりしているんですけど、実はポケモンについての論考を集めたわたなべ氏(当時のペンネーム)の合同同人誌「ポケ論2」に寄稿した内容の一部にそれ以降の内容を追加したものなのです。
細かい経緯はこちらの記事に。

第5世代当時の記事なのですが、第6世代以降こちらで論じた内容からは離れたデザインのポケモンが続々と現れたように思います。
それは別にポケモンが無軌道になったりネタが切れたりしたわけではなくて、もちろん当時の私がポケモンのデザインを読み切れていなかったこともありますし、前向きな理由として、3D化やSwitchの登場といった技術の発達によって可能なことが増えたことや、それまでのポケモンのデザインが増えれば増えるほどさらに新たな挑戦も行われていくことで、ポケモンの表現の開拓が進んだためだと思います。

しかし、このデザインの論考と同時にポケモンの性差についての論考も寄稿したのですが、実はこちらのほうが今でも通用するというか、明らかな路線変更なく今日まで続いてきたように思われます。
何しろ第5世代時点で「今後はケンホロウやプルリル系列のような大きな性差があるものに絞られるだろう」と予想したところ、次の第6世代で雌雄でデザインがはっきり異なるカエンジシとニャオニクスが登場し、それ以降も同様に続きましたからね。
性差という限定された分野に限定したのがよかったのかもしれません。

で、そのときにまとめた内容から切り出したものを週末レポートで使ったので、デザインの論考と同じく性差の論考もここに掲載する良い機会だと思ったのです。
それに、自分がポケモンを好きなのはこうやって「ポケモンの世界」について色々考えることができるからだなって改めて振り返りたくなるような出来事がゲーム業界の中でありまして。

12年前(第5世代当時)の内容ですので微妙な表現やその後のポケモンの展開から逸れた部分もあるかもしれませんが、ご容赦いただければと。


ポケモンに性淘汰圧は加わっているか ――ポケモンデザインにおける性別の役割

1 おませなニドラン

 筆者は先日、ある高名な動物・古生物学者の方とお食事の席をご一緒し、興味深いお話を聞かせていただく機会があった。その方がおっしゃるには、「だいたいの動物の進化には性淘汰が関わっているのではないか」とのこと。
 性淘汰とは、生存競争に有利にならない特徴でもそれが交尾相手の獲得につながるものであれば結果的に多くの子孫を残すことになり、その特徴が強まっていくという概念である。例えばシカはオスだけがとても立派な角を毎年生え代わらせ、これを同性間の順位付け闘争に用いる。またクジャクはオスだけが非常に長い飾り羽を持ち、メスに対するアピールに用いる。
 その方はさらに、とても変わったものを食べる動物が現れる背景にも性淘汰があるのではないかとおっしゃった。そのときに挙がった例はウミガメの仲間のオサガメで、オサガメがわざわざ深海に潜ってクラゲを食べるのは、そのような限定的な餌のありかに向かうことで同種の異性と出会いやすくなるのではないか、ということだった。
 雌雄で外見が大きく変わるものもほぼ変わらないものもいるが、実際の生き物においては雌雄の区別は重要な要素である。有性生殖することこそが、生き物の多様性の原動力だ。
 では、ポケモンではどうだろうか。数あるキャラクターシリーズの中でも特に生き物らしさを意識したポケモンの場合、性差はどのように扱われているだろうか。
 実を言うと筆者は初代から長い間ポケモンから離れていたため、ニドラン以外のほとんどのポケモンに性別が備わったことをつい数年前まで知らなかった。しかし、ニドラン以外のポケモンにも性別ができたと知っても、特性や持ち物の存在ほど奇異には感じなかった。やはりニドランの存在はほかのポケモンにも雌雄があることを暗示していたのだろう。ニドランの場合は特に性差が大きいためにゲーム内で描写されるにいたった、と解釈していたわけだ。これによりポケモンはさらに生き物らしさを強めることになった。
 それに初代のアニメの中でもポケモンの性別は描かれていた。ニャースの涙ぐましい恋模様は読者の皆様の心にも刻まれているのではないだろうか。だが、今回ポケモンのデザインにおける雌雄について改めて調べた筆者は、そこに意外なものがいくつか隠されていたことを知った。
 結論から言うとやはりポケモンは実際の生物と似てはいてもキャラクターとして独自の性質を持った存在であり、性差もまたタマゴのシステムだけでなくデザイン上、ゲーム上のさまざまな演出に役立てられていたのだ。

2 アチャモの雌雄を仕分ける仕事

 グラフィックに性差が付けられるようになったのは「ダイヤモンド・パール」以降である。グラフィック上のポケモンの性差がどのようなものか知った筆者は、実際の生き物の性差と比べ似た点と異なる点があることに気付いた。そして、ポケモンの性差をいくつかの類型に分類できることも分かった。
 以下に挙げるのは、英語版ポケモンwiki「Bulbapedia」の「List of Pokemon with gender differences」という項目に掲載されているグラフィックの性差の集計結果である。これによりポケモンの性差が実際にどのようなものか解説していきたい。
 なお、一種類のポケモンが複数の相違点を持つ場合もあり、それぞれの類型に一つずつカウントしてある。また進化すると相違点が変わるものも多い。
 以下、まだ進化していないポケモンとその進化形すべてをまとめて呼ぶ場合、未進化のものを用いて「コラッタ系列」「コリンク系列」のように呼び、進化関係のどれかに例外がある場合は個別に表記する。

・装飾的な部分の大小 41種族

コラッタ系列、ユンゲラー、フーディン、スリーパー、メガニウム、レディバ系列、ウソッキー、エイパム系列、ウパー系列、ヤミカラス、ニョロトノ、ニューラ系列、リングマ、オクタン、ワカシャモ、バシャーモ、ドクケイル、コノハナ、ダーテング、アサナン系列、ロゼリア、ロズレイド、ゴクリン系列、ノクタス、ミロカロス、コロボーシ系列、コリンク系列、ドクロッグ、ケイコウオ系列、ユキノオー

 雌雄どちらにもある装飾的な部分の大きさが異なるという種族が最も多い。
 その中でモデルとなった実際の生き物に特に似ているのは、ニョロトノとドクロッグ(オスの鳴嚢が大きい……カエル)、ドクケイル(オスの触角が長い……ドクガ)、ワカシャモとバシャーモ(オスの冠羽が長い……ニワトリ)、コリンク系列(オスのたてがみが長い……ライオン)の八種族である。またコリンク系列でもメスにたてがみがないわけではない。
 モデルとなった生き物には合っていなくても生き物の雌雄によく見られる特徴を持っているものもいる(メガニウム、レディバ系列:オスの触角が長い ゴクリン、ニューラ系列:オスの飾り羽が大きい 等)。
 さらに生き物の雌雄というより人間の男女を連想させるものも見られる(コラッタ系列、ユンゲラー、フーディン、マルノーム、コロトック:オスのヒゲが大きい スリーパー、コロボーシ:メスの襟巻が大きい ロゼリア、ロズレイド:メスのマントがスカートのように長い 等)。しかし、雌雄や男女というものを連想しづらいものも多い(ヤミカラス:オスの帽子が大きい リングマ:メスの肩の毛が長い 等)。
 筆者は別稿の「ティラノサウルス型ポケモンは記載されるか」で、ポケモンのモチーフは自然的なもの、人工的なもの、タイプに関するものに分かれると述べた。ポケモンの性差も自然的なものと人工的(文化的)なものに分かれていると考えられるため、二つを区別する際には自然的性差と人工的(文化的)性差という言葉を用いることにする。

・色彩や模様の違い 31種族

バタフリー、ピカチュウ、ニドラン、クサイハナ、ラフレシア、ドードー系列、コイキング系列、ネイティオ、ヤミカラス、ソーナンス、キリンリキ、アチャモ、アゲハント、ルンパッパ、ムックル系列、ミツハニー、パチリス、ブイゼル系列、ヒポポタス系列、グレッグル、ユキカブリ、モジャンボ、ケンホロウ、プルリル系列

 装飾的な部分の違いに次いで多い。この中で色彩だけを一目見て雌雄どちらか分かりやすいのはソーナンス(メスは口紅をしている)、グレッグル(メスは包帯のような模様の位置が胸まで上がっている)、プルリル系列(メスはピンク色)だろう。いずれも文化的性差である。他は予備知識がないと色彩だけでは雌雄どちらかは当てづらい。
 またバタフリー、アゲハント(二種族とも翅の模様)、ケンホロウ(腹部の色)は自然的モチーフに基づき、モデルとなった生物に近い。最初にもらうポケモンで唯一性差のあるアチャモ(お尻の小さな模様)は「ヒヨコの雌雄分け」をイメージしたものか。ほかは特にモデルと関係ないようだ(ピカチュウ:メスのほうが耳の黒い部分が多い クサイハナ、ラフレシア:花びらの斑点が違う 等)。
 ミツハニーの場合は後に言及するようにメスしか進化しないが、三匹一組となっているうちの下の個体の額にある赤い模様はその目印にも見える。

・牙や角といった凶器の大小 14種族

ズバット、ゴルバット、サイホーン系列、トサキント系列、グライガー、ハガネール、イノムー、マンムー、ヘルガー、ドンファン、ジーランス

 装飾的な部分の大小と似ているが、凶器となる尖った部分についてのみ特に分けて考えることにした。
 こちらに含めたものはすべてオスのほうが牙や角などがほんの少し大きい(ズバット、ゴルバット、イノムー、マンムー、ドンファン:オスのほうが牙が長い サイホーン系列、トサキント系列、ヘルガー:オスのほうが角が長い グライガー:オスのほうが毒針が大きい ハガネール:オスのほうが奥歯が多い ジーランス:オスのほうが顎が大きい)。
 サイホーン系列、ドンファン、イノムーとマンムーではモデルとなった生物でもメスのほうが凶器が小さい。ただしサイホーン系列では大きい方の角ではなく二本目の小さい角に大小の差が付けられている。
 実際の動物の場合、同種で争うための武器ならオスのほうが大きいことが多いが、狩りや食事、防御に使うものならメスでも発達している。いずれも自然的性差であるといえるが、自然的モチーフに角のないトサキント系列やヘルガーも含まれる。さらに、シカやカブトムシといったメスに角のない生き物をモチーフにしたポケモンでは、角の大きさに雌雄差はない。つまり、自然的モチーフに必ずしも合致してはいない。

・形状自体の違い 13種族

フシギバナ、ピカチュウ、ライチュウ、ニドラン、ヘラクロス、ビッパ系列、フカマル系列、ケンホロウ、プルリル系列

 部分の大小ではなく形状自体が違うものもいる。ビッパ系列(オスは尾や覆面のでっぱりが多い)やライチュウ(メスは尾が尖っていない)では比較的目立たない。
 文化的性差に当たるのはピカチュウ(尾の先端)やヘラクロス(角の出っ張り)で、メスがはっきりとハート型になっている。さらに全体が人間の男女の衣装を思わせるプルリル系列は、文化的性差の最たる例といえる。
 メスにだけ種があるフシギバナ、実際のキジのようにオスにのみ顔に飾りがあるケンホロウは自然的性差といえる。またオスの背鰭に切れ込みがあるフカマル系列はオス同士で争う生態を想像させ、これも自然的性差の一つだろう。
 全体のデザインが異なるニドランには自然的性差と文化的性差の両方の性質が見られる。

・腹部の大小の違い 4種族

ストライク系列、ドンメル系列

 装飾の大小に近いが、胴体自体の違いなので分けておく。
 どちらか片方を見ただけでオスかメスか分かるほどの違いではないが、実際の生き物では子供を産むメスのほうが腹部が大きいのは普通である。ストライク系列のモチーフであるカマキリでは顕著に確認できる。

 以上五種類の類型に分類することができた。また、自然的性差、文化的性差、特に性別を想起させないものにも分けられるようだ。
 なおデザインの違いではないが進化系列が雌雄で異なるものもここに特記する。ゲーム中で雌雄片方しか存在しないポケモンの一覧はBulbapediaの「Gender」という項目に掲載されている。

・進化系列の違い 5種族

ニドラン、キルリア、ユキワラシ、ミノムッチ、ミツハニー

 いずれも片方の性別のみに与えられた進化先はそれぞれの性別を強調したようなデザインになっている(雌雄どちらもいるサーナイトについては後述)。
 またミノムッチは、オスだけ翅が生えたガの姿になるがメスはミノムシのままであるという実際のミノガの生態によく合わせてある(ガーメイルの図鑑説明はメンガタスズメという別のガに酷似するが)。ミツハニーの場合は実際のハチが限られたメス個体しか女王になれないことを反映している。

 以下三つの節では、この集計結果を中心にグラフィックや形状デザインの面からポケモンの雌雄について考察する。さらにその後に続く二節で、性別比率とデザインの関係にも触れておく。

3 ストイックなクロバット

 前節に列挙した名前を見てみると、まずユンゲラーやピカチュウなど進化前は性差がないが進化して性差が付いたものがいくつもあるのに気が付く。これは成長により性的に成熟する様子を表現していると取れる。ポケモンの生き物らしさにも、ポケモンを育てていくというゲーム性にも沿った設定といえる。
 逆に進化するとグラフィック上の性差が何もなくなるものが三種族ある。ゴルバット、ヤミカラス、グライガーである。すべて進化形がシリーズ続編で追加されたものだ。
 ズバットとゴルバットはオスのほうが牙が大きいが、クロバットに進化すると大口を開けて牙をむき出しにしたデザインから前歯を食いしばったデザインに変わってしまう。クロバットの設定やすばやさを考えるとこのような空気抵抗の少なそうな姿に変わるのは頷ける。もしかしたらクロバットも口を開けるとオスの方が歯が大きかったりするのかもしれないが(「バトレボ」で牙系の技を使わせたら確認できるだろうか?)。
 ヤミカラスはオスのほうが帽子の山の部分が大きいが、ドンカラスに進化して帽子のデザインが変わり、山が低くなるとこの違いはなくなる。ドンカラスは帽子のつばやスカーフ状の綿毛など性差を付けられそうな部分が他にもあるように見えるが、そちらに切り替えず雌雄とも完全に同じ服装をしているかのようなデザインにしたようだ。
 グライガーの場合はオスのほうが尾の毒針が大きいが、進化してグライオンになると毒針は小さく二本になる。毒針より腕のハサミに重点を置いたデザインである。このため、毒針が小さすぎて雌雄により大きさの違いを付ける余裕がなくなったのかもしれない。
 しかし、これら三種族の進化前の姿はどれもグラフィック上の性差が目立たず、進化して差がなくなってもそれほど不自然には感じられない。
 これらだけでなく大半のものは性差があってもごくわずかで、参考にした対応表がなければ筆者もなかなか気付くことができなかっただろう。また、単体で見たときに雌雄どちらかすぐに分からないものが多い。カラナクシ系列の地域差のように、あくまで図鑑を揃えていく楽しみの一環として用意されたものに見える。雌雄のグラフィックの差は第四世代になってから新たに付け加えられた要素なので、それまでに確立されたデザインの範囲内で許容される程度に抑えられているようだ。第四世代で登場したポケモンに関しても同程度の性差に合わせてある。まずそれぞれのポケモンのデザインがあり、そこから逸脱しない程度に性差が加えられている。

4 ヘラクロスの乙女心

 ライオンをモチーフにしつつメスにもたてがみのあるコリンク系列のように、モチーフとした生き物では雌雄どちらかしか持たない特徴がデザインの中に含まれていることがある。これもそれぞれのポケモンのデザインから逸脱しない程度に性差が加えられた結果であろう。
 例えば、もしレントラーのメスを実際のライオンのようにたてがみなしでデザインするとしたら、たてがみがないメス一体のみがその場にいても魅力や個性のあるデザインになるように工夫する必要があるだろう。しかし、ライオンそのものにしか見えなくなり、キャラクターの独自性が崩れる恐れもある。
 ヘラクロスではどうだろうか。レントラーがライオンを思わせるのとは比べ物にならないほどカブトムシらしいデザインだが、カブトムシと違ってメスも立派な角を持っている。第二世代で登場したときに角の有無という大きな性差を付けたとしたら、ニドランのように別種族扱いにするしかなかったであろう。その場合メスはかくとうタイプではなくじめんタイプを持っていたかもしれない。しかし、ヘラクロスのアイデンティティはなんといっても第一世代になかった強力なむしタイプの技「メガホーン」であり、それを放つための角を持たないメスを別に出すのはバランスを欠いただろう。実際に第四世代になってみると、ヘラクロスのメスは角の出っ張りがハート形をしているという、モチーフとは無関係な文化的性差を持つにいたった。モチーフの生き物に忠実なデザインのポケモンでも、キャラクターとしての役割や独自性を保つためにモチーフから距離を置くべき部分があることが読み取れる。
 性差がないために先の一覧に挙げていないが、カイロス、オドシシ、メブキジカなど、モチーフと違ってメスにも角があるポケモンはほかにもいる。これらもヘラクロスのメガホーンと同じく、ハサミギロチンおよびシザークロス、さいみんじゅつ、ウッドホーンという、それぞれのアイデンティティとなる技を角によって放つ。
 もしこれらのメスに角がなければ、オスとはまるで別物として扱わねばならなかっただろう。大きさを変えるだけでも技の威力に影響が出そうに見えかねない。角がもともと生き物にとって武器であり、ポケモンが戦うキャラクターである以上、武器である角は生き物と違って雌雄どちらのポケモンにも必要なのだ。これらのポケモンでは角は雌雄とも同じように武器にするのだと割り切られている。
 オスのほうが角が長いものについても見ておくと、サイホーン系列では雌雄差は小さいほうの角にだけ付いている。つのドリルは長いほうの角から放つのだろう。武器にするはずの角に大きさの違いが付いているのはトサキント系列のみだが、目立たない程度に抑えている。ヘルガーの場合は角を武器にしない(実は耳なのかもしれない)。
 角以外でも、モチーフの生き物では片方の性にしかない特徴を持っているものもいる。コオロギなどの昆虫は一部を除きオスのみが鳴いてほかのオスと争ったりメスにアピールしたりするが、コロトックは雌雄どちらもバイオリンを取り入れた姿で、鳴き声を発する。また人間のどちらかの性別だけを思わせる人工的モチーフを付け加えられていても、雌雄とも存在するものもいる。ミミロップはバニーガールに似ていて、ママンボウはハート型のシルエットやアイシャドウのような模様を持つが、どちらもオスも存在する。
 ルージュラやダゲキなどのように雌雄どちらかしか存在しない設定にすることもできたのではないかとも思われるが、そういった人型のポケモンが特定の様式に沿った女性・男性という人工的モチーフしか持たないのに対して、人間以外の生き物をモチーフにしたポケモンでは雌雄が揃っていないと不自然に感じられるのではないだろうか。
 ただしガルーラは明らかに動物型だがメスしか存在せず、またミルタンクに対するケンタロスのような対になる異性のポケモンもいない。子供の入った育児嚢はカンガルーでもメスだけの特徴でありオスには付けられず、また育児嚢のないガルーラというのも出せなかったのだろう。
 性淘汰や繁殖における役割の違いにより、片方の性だけが強い特徴を備えるに至った生き物は数多い。前述のカブトムシやシカの角、コオロギの鳴き声、カンガルーの育児嚢などがまさにそれである。もし生き物をキャラクターのモデルにするなら、そのような目立つ特徴はキャラクターに個性を与えるのにうってつけだろう。特にそれが武器となる部位であれば、戦うキャラクターであるポケモンにおいては是非とも欲しいところである。反面、生き物らしく描くなら雌雄に分けることもまた重要である。
 モチーフでは片方の性にしかない特徴を持ちながらできるだけ雌雄両方とも登場させるなら、性差という点ではモチーフと距離を置く必要が生じる。そこでレントラーではたてがみの有無ではなくたてがみの長短を性差とし、ヘラクロスでは角をハート型にするという文化的性差を付け加えた。この両者からはポケモンデザイン上の難しいバランスが垣間見える。

5 着飾ったブルンゲル

 前節で挙げたものと違い、むしろ性別を強調することによりデザインが決定づけられているものも見られる。
 現在完全に雌雄別々にデザインされているものには、どちらも単体で見て魅力や個性のあるデザインになるような工夫が施されている。同一種族または同じ名前で雌雄別々にデザインされているのは、第一世代からいたニドラン、第五世代で登場したケンホロウとプルリル系列のみである。
 別種族として図鑑に記載されているが、雌雄片方しかいないことから、同種の生き物の性的二型(雌雄)のように見えるペアもある。ニドランの各進化形、ケンタロスとミルタンク、バルビートとイルミーゼ、ラティアスとラティオス、ガーメイルとミノマダム、ワシボン系列とバルチャイ系列(この二系列だけはモチーフにした生き物が異なる)である。ニドラン系列、バルビートとイルミーゼ、ケンホロウは図鑑説明も雌雄の対比を意識している。
 キジがモデルであるとはっきりしているケンホロウ、漠然とネズミやウサギに似ているが何がモデルかはっきりしないニドラン、モデルであるクラゲに対して大幅に擬人化されたプルリル系列がそれぞれ雌雄別々にデザインされている点は非常に興味深い。
 モチーフであるキジに忠実なデザインのケンホロウでは、性差もまたモチーフどおりである。実際のキジのようにオスが踊りでメスにアピールするのだろうかなどと想像することもできる。いわゆる「序盤鳥」であるだけに身近な野山の生き物の暮らしが垣間見え、ポケモンの生き物らしさを演出している。
 また、顔面の飾りや胴体の色は武器にも、また能力値や特性の根拠にもならない。そのため、前節のヘラクロスの角などと違ってモチーフどおりの性差を再現しても戦闘面に影響はない。これだけ性差が大きくても同一種族として許容されるのは、雌雄同じようにバトルに参加できるためだろう。
 ニドランはモデルを特定できないが小さな哺乳類のようであり、また毒針や毒角という凶器を特徴とする。デザインの違いも、主にゴルバットやサイホーン系列などの場合に似た凶器の大小に見られる。これは自然的性差といえる。さらにメスおよびその進化形のほうがオスより丸みを帯びており、それはニドクインとニドキングの胸部で最もはっきり見られる。このようにニドラン系列は一目でオスらしい、メスらしいデザインと分かるようになっている。別種族扱いのため、これらは自然とステータスや技にも反映されている。序盤でちょっと脇道に逸れればニドランに会えることもあり、ポケモンの生き物らしさの演出に初代から貢献している。
 プルリル系列は文化的性差のみを持ち、はっきりと人間の男女のファッションをモチーフに取り入れている。実際のクラゲは形態をさまざまに変化させながらライフサイクルを送るが、クラゲとして知られる姿の時期にしか性別はなく、このときも外見に性差はあまりない。性差の乏しいクラゲをモチーフにしたプルリル系列に大幅な性差が加えられているのは一見奇妙に見えるが、ふわりとした触手と着飾ったような姿はよく合っていて、とても華やかなデザインに仕上がっている。雌雄それぞれは水色のみ、ピンクのみなのに全体ではカラフルな印象がある。このような色彩の変異ならカラージェリーフィッシュなど一部のクラゲに見られるので(性別によるものではないが)、それがヒントになったのかもしれない。
 無機質な感じがするメノクラゲ系列との差別化を図ったのだろうか。いわゆる電気クラゲとして晩夏の海水浴場で恐れられるのがメノクラゲ系列なら、プルリル系列は水族館で来館者の心をほぐす優雅なクラゲの姿といったところだ。図鑑説明はプルリル系列のほうが恐ろしいが。第五世代の新ポケモンのほとんどが性差を持たない中、プルリル系列の性差により、単調になりがちな水上でのエンカウントが少し華やかなものに変わっている。性差ではないがバスラオの色彩変異も同じ意図だろう。

6 カイリキーちゃんとゴチルゼルくん

 生き物としては人間だけをモチーフにして自然的モチーフを持たないポケモンもいる。そのうち女性・男性どちらかに見えるものは、性別比率もそれに合わせて偏っている。上で少し触れたルージュラやダゲキなどである。
 主な人型ポケモンをメスが多くなっていく順に並べると、バルキー系列・エルレイド・ダゲキ・ナゲキ(メス0%)、ワンリキー系列(25%)、マネネ系列・アサナン系列・エルレイド以外のラルトス系列(50%)、ゴチム系列(75%)、ムチュール系列・ユキメノコ(100%)となる。
 また、人間だけでなくユリやチューリップもモチーフにしているがチュリネ系列(100%)も特記しておきたい。チュリネはホワイトにしか登場せず、同じ場所にブラックでのみ登場するモンメン系列と対になるはずだが、モンメン系列は雌雄50%ずつである。前節で触れた別種族だが同じ生き物の雌雄に見えるポケモンには当てはまらない。
 デザインに合わせて性別比率が偏っているとはいうものの、女性的・男性的なデザインでもオス・メスが存在するものも多いのが分かる。
 バルキー系列やダゲキ・ナゲキにメスがいないのは、またはワンリキー系列にメスもいるように設定されたのはなぜだろうか。またムチュール系列やチュリネ系列とゴチム系列ではどうだろうか。
 しかし、特に気になるのはラルトス系列、特にサーナイトだろう。ミミロップ(これも雌雄50%ずつ)やドレディアと並んで「萌え系ポケモン」と呼ばれることもあるほど女性的なデザインに見えるにも関わらず、雌雄の偏りがまったくない。サーナイトだけ見るとデザインから感じる性別と性別比率は無関係なのかと錯覚するくらいだ。
 ヒントになりそうなのが、サーナイトの耳らしき部分が横向きに尖った「エルフ耳」のようになっていることである。ただエルフと言った場合(エルフーンのように)単なる妖精を思い浮かべるが、ここでは「指輪物語」に登場するような、眉目秀麗な青年・少女の姿をした北欧神話風の半神的な種族を指している。サーナイトは一見女性的だが本来はエルフ族をモチーフとしたポケモンで、そのために雌雄が同数存在するのかもしれない。
 同じようにモチーフまで遡って考えるとすれば、ワンリキー系列はレスリング選手やボディービルダー、ゴチム系列はゴシックロリータファッションをまとった人をモチーフとしている。これらのモチーフは、人間でもどちらかの性に偏っているとはいえ男女どちらもいると言わねばならない。
 これに対して、サワムラー、エビワラー、ダゲキは実在の男性格闘家をモデルとしている。ルリリ以外は進化によって性別が変わらないのでサワムラー・エビワラーの進化前であるバルキーと、もう一体のバルキーの進化先であるカポエラーもオスのみとなる。ダゲキと対となるナゲキも、ダゲキと同様に鍛錬のために髪の毛を剃った格闘家の姿をしている。
 ムチュール系列は「ヤマンバギャル」と雪女を「山姥」というキーワードで結び付けたものである。またチュリネ系列はピーチ姫のようなステレオタイプなお姫様、お嬢様の姿をしている。これらは女性を直接モチーフにしているようだ(「ギャル男」というのも当時存在したが……)。
 性別が進化条件になっているエルレイドとユキメノコも、それぞれ侍と雪女、つまり男性・女性を直接モチーフにしていると思われる。
 このように、人型で男女どちらかのように見えるポケモンでも、雌雄どちらかしか存在しないのは完全に男女どちらかをモチーフとしているものだけなのではないかと考えられる。自然的性差は自然的モチーフに反することもあるが、文化的性差は人間の男女に直結するナイーブなものであるせいか人工的モチーフに非常に忠実になっている。
 これもまた性別を利用してポケモンの世界に奥行きを与える演出といえるだろう。メスのカイリキーやオスのゴチルゼルを持っていたらなんだか面白いだろうが、メスのダゲキやオスのルージュラ、ドレディアがいたら流石に不自然そうだ。

7 ヒトカゲ牧場の秘密

 人型でなく、また別種と雌雄ペアになっていなくても性別比率が偏っているものもいる。
 最初に受け取るポケモン(いわゆる御三家)やイーブイ、トゲピー、リオルといったゲーム中で誰かからもらうポケモン(メス12.5%)の性別が偏っているのは、えんがわ氏が「ポケ論!」収録の「出現率に見るポケモンの革新性」で述べられたとおり、希少さの演出ではないかと考えられる。これらは特殊な生態を持っているために繁殖力が低く希少で、人為的に殖やしたものを人からもらうしかないというわけだ。どこかでヒトカゲらがトレーナー入門用に養殖されているのだろうかなどと想像できる。
 またピッピやプリンなど妖精系の珍しいポケモンの性別比率(メス75%)も希少さの演出であろう。
 ちなみにバオップ系列、ヒヤップ系列、ヤナップ系列も御三家やイーブイ等と同じ性別比率となっている。これらは三猿とも呼ばれ、第五世代御三家と対比された存在と見なされている。御三家と同じ三すくみのタイプであること、最初に選んだポケモンに有利な一体がサンヨウジムに登場し、その前に相性を補完する一体を受け取れること、隠れ特性が御三家と同じこと、というように何かと御三家に対応している。野生でも出現するが、揺れる草むらでのみ見つかる珍しい種類である。性別比率でも御三家に似せ、また珍しいポケモンとしての設定がなされていることが分かる。
 先で少し触れたが、ミツハニーの性別が偏っているのは限られた個体しか女王になれないというハチの性質を表現するためのものだろう。実際のハチのコロニーは少数のオスと女王、それに不妊のメスである多数の働きバチという構成になっているが、これをミツハニーの場合はメスしかビークインに進化できないことで表現している。モチーフの性質を既存のシステムに合致するようアレンジしている。
 歴代の「ネコ型ポケモン」だけを取り上げてみると複雑な設定が見られる。エネコ系列とニャルマー系列のみメスが75%と偏り、ニャース系列、ニューラ系列、チョロネコ系列は雌雄半々となっている。実際のネコでも三毛猫のみオスがとても少なかったりするのでそれを表現しているように見えるが、性別が偏った種類と偏らない種類を決めた基準は何だろうか。
 デザインによるものだとすれば、女性的なデザインかどうか、デフォルメされたネコに見えるかむしろネコ以外の動物に見えるか(ペルシアンはピューマ、ニューラ系列はイタチ、レパルダスはヒョウに似ている)が基準であるように思われる。もしくは単に登場した順番の影響で、第三世代(エネコ系列)、第四世代(ニャルマー系列)で性別を偏らせていたのを第五世代(チョロネコ系列)でバランスを取っただけかもしれない。どちらにしろ結果的には実際のネコのように種類によって性別が偏っているという演出が出来上がっている。
 実際の生き物においては、オスよりメスが少ない集団の中ではメスを多く産むほうが子孫の繁栄に有利で、オスが少ないときはその逆となる。親が子供に投資できる総労力は子供の性別で変わるわけではないが、もしメスを育てるのにオスの二倍の労力が必要だとしたら、メスの数はオスの半分になると考えられる。しかし、その場合は集団内で数の少ないメスを産み育てたほうが有利なので、結局子供の性比はだんだん等しくなっていく(フィッシャーの原理)。そのため大半の生き物で雌雄の比率は等しいが、性転換する魚や、カイアシ類というプランクトンなど、雌雄の比率が大きく異なるものもいる。また卵が孵化するときの巣の温度で性別が決まるワニなども雌雄の比率が偏る。
 大半の生き物では雌雄の比率が偏ったりはしないが、個々の繁殖戦略によっては御三家のポケモンと同等かそれ以上に比率が偏る。自然的モチーフを持つ生き物らしいデザインでありながら性別比率が偏っているポケモンからは、おそらく何らかの特殊な繁殖生態があるのだろうということが読み取れる。

8 おわりに

 以上、それぞれのポケモンの性別に関するデザインや設定について見てきた。
 実際の生き物は有性生殖によって変異が促進され、性淘汰が働き、多様性が増加した。繁殖という行動を果たすうえで、置かれた環境や生態的地位によってそれぞれの生き物が取った戦略は非常にさまざまである。
 すでに述べたようなシカやカブトムシなど同性との闘争によって異性を勝ち取るもの、キジやクジャクのように異性に対するアピールを行うもの、ハチのように女王だけが子を産むものなどの見慣れた例に留まらない。メスだけが産卵に必要な栄養補給のために吸血するカ、決まった時期しかオスが生まれず単為生殖と有性生殖を使い分けるミジンコやアブラムシ、極端に小さいオスがメスに寄生するチョウチンアンコウやボネリムシなど、いくらでもアンバランスで独特なものが挙げられる。
 人為的なキャラクターであるポケモンの場合は、モチーフとした生物や人工物から姿形や行動などの目立つ特徴を取り入れる。完全に実物を再現する意図はなく、キャラクターとしての性質を優先しているため、ときにはモチーフの性差に反する場合もあるし、別のモチーフ、特に人工的なモチーフから性差を取り入れる場合もある。繁殖戦略のために性差に多様性が生じる様子を表現しているのではなく、逆にキャラクターの多様性を表現するうえでの多様な演出に性別を用いて、キャラクターを飾り付けているのだ。
 世代ごとに新たな演出が生み出されているのを見ると、今後ポケモンの新作が出たときにまた新しい発想のポケモンが登場すると期待できる。性差にもまだまだ応用の余地がありそうだ。
 例えば、産まれたときはすべてメスで、群れの中で最も上位の個体だけがオスに性転換する魚がいる。これをモチーフにするなら、野生では進化前のメスしか出現しないが、捕まえて育てると進化してオスに性転換するポケモンとなるだろう。進化前と進化後で性転換するのは一見奇妙かもしれないが、ルリリ(メス75%)とマリル(50%。差分の25%はオスに性転換する)という前例がある。
 既存の演出を押し進めるだけでも、例えばミノムッチのように雌雄両方に別々の進化先があるポケモンを増やせば、もっと極端な性差のある生き物をモチーフにすることができそうだ。近縁な二種類の生き物をモチーフにしてペアにしたり、タイプや能力値に影響するほど大幅な文化的性差を加えることもできる。ミツハニーのようにどちらか片方を手に入れて進化させたいのにもう片方ばかり手に入るという弊害が起きる可能性もあるが、手持ちに入れておくと同種族の異性が出現しやすくなるような新特性を与えて解消するのはどうだろうか。
 性別比率と野生での出現率が一致しないような演出も可能ではないだろうか。例えばオスとメスが別々の場所に出現するように設定すれば、決まった時期・場所でしかつがいで過ごさない、またはオスだけが危険な場所に狩りに行く、などの生態を連想させる。移動能力の高そうな鳥型のポケモンに似合うだろう。
 また第一世代のディグダの穴のように一つの系列のポケモンしか出現しないダンジョンを作り、入り口付近では進化後のオスが出現し、奥の方にメスや進化前が出現するように設定すれば、実際の生き物のオスが群れの外側でメスや子供を守る生態を連想させる。ディグダの穴に例えると最初にダグトリオばかり出てくるようなものなのでダンジョンとしては難易度の設定が特異になるが、主人公がわざわざポケモンの群れの奥に切り込まなくてはならない理由次第では、ストーリー上重要な場所になるだろう。
 第五世代ではケンホロウとプルリル系列以外、グラフィックに性差のあるポケモンは新しく登場しなかった。間違い探しのようなわずかな性差を付けることを止めて、キャラクターの特徴をはっきり決めるほど大きな性差に絞ったようだ。この方針が続くなら、今後同一種族で性差を持つポケモンが登場する場合、これらと同等以上の大幅な性差となるのではないだろうか。第六世代のポケモンたちは、現実の生き物がそうであるように、ますます華やかなものとなるだろう。

引用・参考文献

「ポケ論!」ポジェット団編 2012年5月 ポジェット団

「List of Pokemon with gender differences - Bulbaped」
http://bulbapedia.bulbagarden.net/wiki/List_of_Pokémon_with_gender_differences

「Gender - Bulbapedia」
http://bulbapedia.bulbagarden.net/wiki/Gender

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