見出し画像

古生物飼育連作短編小説Lv100 第六十七話をサイトに掲載しました

こんな時節……というか先行き数年は分からないので時節も何もあったもんではないですが、小説の中の動物園は平和な春を迎えて開園しております。今回もよろしくお願いいたします。

サイト

カクヨム

以下はネタバレ込みの解説です。

岐阜県の前期中新世のゾウ、アネクテンスゾウ(ゴンフォテリウム・アネクテンス)を出してみたいなというのはかなり前からうすぼんやり思っていて、今出てる標本が成体なら現生のゾウよりはだいぶ小柄で扱いやすいから現実のゾウの飼育にまつわる色々な問題が軽減されていいなーとか考えていたのです。

化石哺乳類がご専門のかたからお話を聞いたところ第3大臼歯がすでに生えているので成体だということで、本格的に調べを始めたのが1年くらい前だったと思います。

アネクテンスゾウはほぼ顎しか出ていないとはいえ他のゴンフォテリウムと特徴を比較することは可能というか、むしろ顎が分かるというのが生態を推測するのにちょうどよかったりします。

国立科学博物館の標本同士で見てみましょう。こっちがなんだか種名のない一般的なゴンフォテリウムです。

画像1

今のゾウと同じように大きくてマッシブなことが分かりますね。臼歯の形が現生のゾウよりカバに似ていることはゴンフォテリウム全体に共通しています。

そしてこちらがアネクテンスゾウです。上顎は臼歯の映えている部分のみです。

画像2

長さが6割くらいなのもさることながら、下顎が細くて後ろのほうの関節も低いことが分かると思います。これだとあんまり長い時間物を噛みしめるのに向いていないので、アネクテンスゾウはやわらかいものを中心に食べていただろうということになります。

画像3

下顎の先端の牙だけ拡大するとこうです。左右非対称に削れていますね。向かって右(ゾウにとって左)の牙の先端がちょっとえぐれてるのも見えます。この個体の牙の使い方に癖があったようです。やわらかいものを食べていた割に牙が削れることはあったというわけです。

では具体的に何を食べていたかということで発掘地を省みるわけですが、アネクテンスゾウが発掘された平牧累層ではいわゆるドングリの仲間のような落葉広葉樹を中心に木の葉の化石が色々と発見されています。だいたいは近縁種が今も岐阜県に見られるようですが、常緑樹と落葉樹の比率が違ったり今岐阜に生えていないフウが生えていたりしたようです。近隣の他の地層も(実はそっちの方が情報が多いですが)ほぼ同様です。

つまり、アネクテンスゾウは木の枝からやわらかい葉だけを鼻や牙を使ってもぎ取って食べていたようです。より後の時代のゴンフォテリウムには草を食べたものと木の葉を食べたものがいたらしいのですが、アネクテンスゾウは初期のゴンフォテリウムなのでそのこととも噛み合っています。

それから平牧累層は湖で堆積した地層ということで、アネクテンスゾウも現生のゾウと同等かそれ以上に水浴びをしたと思われます。

飼育動物の行動を考えるためには脳の発達具合も重要で、特にゾウともなると知能が高いために動物福祉上の要求も高まるのですが、こちらの論文によるとごく初期の長鼻類モエリテリウム、もっと現生種に近いマムート、そして現生種で、体重に対する脳容量の比は各々の年代の一般的な範囲に収まるようです。

The Evolutions of Large Brain Size in Mammals: The Over-700-Gram Club Quartet'

となるとアネクテンスゾウも現生ゾウほど脳が発達しているということはなく、ほどほどの知能だったのではないでしょうか。特にゴンフォテリウムの頭蓋が大きく盛り上がっているわけではないこととも合致します。

それからこちらの論文……フランス語なので面食らうのですがまあ英語でも自動翻訳に頼るわけですし……ゴンフォテリウムの中でも後期のものには現生のゾウと同じように牙と体格に性的二形が見られるとのことです。アネクテンスゾウでは差がもうちょっと小さかっただろうとは思います。

L'anatomie cranio-mandibulaire de Gomphotherium angustidens (Cuvier, 1817) (Proboscidea, Mammalia) : données issues du gisement d’En Péjouan (Miocène moyen du Gers, France)

というわけでクロサイやマレーバクのような木の葉を好む大型の草食哺乳類を大筋でモデルにして飼育環境を考えるわけですが、平牧累層が堆積した当時のアネクテンスゾウの生活を植物と湖から考えたということで、飼育環境も植物の活用と水場の用意から考えるわけです。

今までの感じだと運動場そのものを緑一杯にしてきたわけですがそれはゾウだとナウマンゾウの回でもうやっちゃったというのと、飼育施設の規模が抑えられるのがアネクテンスゾウを描く上での利点だったので、ほどほどの施設で植物を活用する方法、つまりオーソドックスなやり方をかき集めたものになりました。

主に世話する植物はやはり平牧累層でも産出していて現在の雑木林でも目立つ存在であるコナラです。なお発掘地に近くて、コナラの雑木林をきちんと管理して里山の環境を残そうという動きがある美濃加茂市を念頭において描写しています。

先程触れたようにナウマンゾウの回でゾウ飼育の自分なりの理想を全て描いてしまったので、それより小さいゾウをオーソドックスな施設で飼育するお話をただやるより明確に対比させたいというのと、遠く離れた施設同士に何かつながりができるということを描きたくて、エレファントセンターのファンにご足労いただきました。当初の予定ではモエリテリウムの長風呂対決だったという。

事件が起きるでもなく、特別な工夫を思いつくでもなく、ただ真面目に一日の作業をこなす様子です。おかげで一日中動物園にいられるみたいなお話になりました。

参考になった主な施設を書き記しておきたいと思います。ここに書いた以外のところも細かいところで元になっているはずです。

国立科学博物館 瑞浪化石博物館 京都大学総合博物館 大阪市立自然史博物館 神奈川県立生命の星地球博物館 豊橋市自然史博物館 仙台市科学館 渋谷区ふれあい植物センター

のんほいパーク 千葉市動物公園 多摩動物公園 埼玉県こども動物自然公園 金沢動物園 大森山動物園 京都市動物園

次回と次々回もひらまきパークのお話になります。それともう1話やって第九集収録分完成ですが、昨今の情勢に思うところがあるのでそこから先の展開は今までと違ったものになるかもしれません。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?