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京急油壺マリンパークでした

53年の歴史を刻んできた京急油壺マリンパークが老朽化によって今月いっぱいで閉館してしまうというのです。

老朽化とはいったものの、国立公園の中にあったため改築できなかったマリンピア松島のような場合とは違って純粋に予算不足で改築できなかったに違いありません。ここの魅力を知る者としてこんなに悔しいことはありません。

一見、古臭い上に他の神奈川の水族館と比べて交通の便も悪く、他の水族館があれば問題ないように見えるかもしれません。しかし内容も立地もここの唯一無二の魅力を形作っていたのです。

とにかく、閉館前になんとか一度は、と21日に訪問することができました。

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天候にはとても恵まれました。

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まだ水を張っている途中のキタイワトビペンギンのプールも日に照らされて煌めいています。

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こんなにもイワトビペンギンの一挙手一投足がつぶさに見られるところは他にありませんでした。

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電鉄らしい遊具はレトロっぽく見えてもピカピカの現役です。「さかなのくに」という駅名が凝っていますね。ではその魚の国に向かってみましょう。

魚の国 汽車窓水槽

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「魚の国」という名前もレトロかつ説得力のあるメインの施設ではムカシオオホホジロザメ、いわゆるメガロドンの顎を復元した模型が門番を務めてきました。

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このキイロハギのような魚が集まって人魚になるタイルアートも決して現代的ではないのでしょうけれど、とても優美で見事です。

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チョウザメは「魚の国」館内で最初に出会う魚であり、なおかつ特に印象深い魚のひとつです。特にシロチョウザメは飼育連続49年に達していました。

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しかし「魚の国」とは実はマリンパークのすぐ目の前に広がる相模湾のことでもあり、「汽車窓式」と呼ばれる昔ながらのスタイルで廊下に並んだ水槽に展示されているのは地元の生き物達なのです。干潟のカニは種類ごとに思い思いの位置取りで過ごしています。

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人間の住処に近い環境にも魚達は潜り込んでいます。

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甲殻類の水槽には以前感銘を受けたアサヒガニこそ見当たりませんでしたが、私の特に好きな甲殻類であるセミエビやトラフカラッパに楽しませてもらいました。

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沖合に行くとギンガメアジなど大きくてパワフルな魚も泳ぎ回っています。

そもそも水族館に来ること自体何ヶ月かぶりで、生き物の魅力に触れることから離れていたのです。こうした水族館ではおなじみの生き物達の姿が、最近私に足りていなかったものを呼び覚まします。

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廊下の水槽と反対側にはサメの標本や、相模湾に関わってきた研究者達に関する展示が並んでいます。これは開館当時の館長の著書です。

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相模湾は世界的にも注目されてきたフィールドなのです。

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オオワニザメの剥製です。背中に取り付けられたフックはこの標本が以前吊り下げられていたことがあるという来歴を感じさせ、また一見古い標本でありつつ、鼻先の表面に並んだ感覚器官の小穴など細部まで観察することができます。

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汽車窓水槽はまだまだ続きます。手足のように変化した鰭を持つカエルアンコウが足取り軽く水底を闊歩しています。

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植物のようですがヒトデの遠い親戚、ウミシダです。

魚の国 ホール~ドーナツ水槽

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廊下の先のホールに出るところには、巨大なマンボウ(正確にはウシマンボウと思われます)の実物大レリーフや、

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立派なダイオウイカの標本があり圧倒されます。しかもとても観察しやすいのです。

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汽車窓水槽はトロピカルな雰囲気になりながらもホールの壁に続いているのですが、可愛らしい魚が揃った中で、並のイセエビより二回りも大きいニシキエビは大迫力です。

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しかしホールの主はなんといっても上階への螺旋階段に取り囲まれて隠されていたメガマウスザメの剥製です。5m69cmの威容で我々を見下ろします。その下には同一個体の頭や鰭、背骨などの軟骨質の骨をはじめとする標本が並んでいて、メガマウスのみならずサメへの理解が深まります。

このメガマウスザメこそ油壺マリンパークで最も重要な展示といってもよいものですが、閉館間際という今になってやっと気付いたことがあります。

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それはこのメガマウスザメが2階の、見慣れた種類の魚が大半であるドーナツ水槽に取り囲まれているという配置から見いだされることです。

メガマウスザメは謎のサメです。その珍しさもあって深海に生息していると思われることが多いのですが、深いとはいっても本当に深海と呼ばれる水深200mより深く潜ることは少ないとも言われています。それでも世界で50例ほどしか見付かっていないのですから、どこでどのように暮らしているのか突き止めるのが本当に難しいのです。

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そんな謎のサメが暮らしているどこか未知の海は、しかし美味しいイサキや可愛らしいカゴカキダイといった、食卓や水族館ですっかりおなじみの魚達が暮らしている身近な海と確かにつながっているのです。

これまで私は、海の生き物の暮らす場をまるで水槽のように個別に分かれたものと捉えていたのかもしれません。しかし、私がどの海を眺めようと、そこは今まで見てきたあらゆる水族館で表現されていた世界につながっているのです。

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ドーナツ水槽の中でもサメ(とサメのような魚)の世界が表現されています。上は恐ろしげな顔に見えるものの小さな魚を主食にしているシロワニ、下はノコギリザメと間違われがちなノコギリエイです。サメとエイの違いは頭部にありますが、ノコギリエイはサメとエイが分かれて間もない頃の特徴をとどめているようです。以前私はこの水槽で、餌付けの時間にノコギリエイがイサキを真っ二つにするのを見たことがあります。

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オオメジロザメや、この中ではスマートなレモンザメのほうがヒトにとっては脅威でしょうか。一見ただサメらしいサメに見える種類でも、陸ではライオンとチーターとユキヒョウが違うように、姿も性質もそれぞれ異なるのです。

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1階にいる、美ら海水族館から来たサメのコーナーのネムリブカやヤジブカは小柄なだけにまたさらに異なります。

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振り返ればドーナツ水槽のシロワニが神々しく。

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ホール1階といえばこのイシダイとデンキウナギが人間の一日になぞらえたパフォーマンスを行うコーナーです。定期的にガイドに沿って右の水槽からパフォーマンスを行っていきます。

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魚に芸を強要し、人間のやることを投影して可愛がる時代錯誤な見世物に見えるでしょうか。しかしイシダイに記憶力や判断力、色を紫外線領域まで見分ける能力があることを示し、来館者に感心してもらうことができるのは確かなのです。いくら環境を美しく大迫力に再現したところで、こうした細かな能力を直接見せることはできないでしょう。もしこのパフォーマンスがなくなっても、イシダイにこれらの能力があることは忘れられるべきではないと私は考えます。

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ホールの隅にある小さな特別展の部屋ではタイドプール(潮が引いても磯に残った水たまり)の企画展を行っていました。近隣の岩がちな海でよく見られるものです。

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アマモの間に潜む宝石、キヌバリです。こんな目を見張るほど綺麗で可愛らしい魚が、キヌバリ以外にも何百種類も日本の沿岸に潜んでいるのです。

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ホールではマリンパークの53年間の歴史を振り返る展示も行われていました。

かわうその森

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「魚の国」の生き物は皆海水生でしたが、場内には淡水生の生き物の施設もあります。そのうち野外の「かわうその森」の入り口近くにはコツメカワウソの施設がありますが、あんまりにも人気なのでほとんど撮ることができませんでした。

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「かわうその森」本体は緑地公園のように中を歩けるビオトープです。場所場所に合った植物が植えられて茂っていますし、

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放たれたものであろうとはいえ川の中には自然な姿で暮らす魚がいます。ずっと水槽の中の魚を見てきたので外ではこうなのだということを思い出させてもらえてありがたいです。

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小さくとも金の穂を実らせた田んぼや、外からやってきて住み着いた生き物の姿もあります。……閉館したら彼らの暮らしはどうなるのでしょうか。

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小さなサルスベリの木に咲いた花でクマバチが仕事をしています。先のことはともかく、どの生き物も生を全うしています。

みうら自然館

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淡水生物の屋内施設もあり、それがこの「みうら自然館」です。ここは三浦半島の絶滅危惧種と注意が必要な外来種に集中し、生物多様性保全をテーマとした展示を行っています。

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ひっそりした館内ですが、壁には可愛らしいイラストが直接描かれています。

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ゲンゴロウはいつ見ても美しく可愛らしくかっこよく面白いものです。

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ホトケドジョウです。ゲンゴロウも含めて水田の周りの生き物は危うい立場に立たされているのですね。

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「かわうその森」のビオトープで生まれた小さなニホンアカガエルです。

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トウキョウダルマガエルです。関東にいるトノサマガエルっぽいカエルはこっちの種類なのです。魚をたくさん見たせいか、いつにも増して魚っぽい顔に見えました。両生類って本当に面白いですね。

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ギンブナです。次第に館内・水槽内ともに暗くなっていっています。

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ナマズは本当はこんなに流麗な姿をしているのです。

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注意すべき外来種、アメリカザリガニです。なんてことなさそうに見えますが自力で池をいじくりまわして環境を大幅に変えてしまう恐るべきポテンシャルを秘めています。それに、こんなかっこいいもの安易に手放しちゃだめです。

屋外~展望台

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最初のほうにも見ましたが再びキタイワトビペンギンのところへ。ペンギンって実物を前にしても普通に可愛いっていう人が多いですけど、しっかり鋭い顔つきしてますよね。

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慰霊碑が海を望んで立っています。

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碑文です。まさか私達のほうがここを去ることになろうとは思いませんでしたが思いは同じといえましょう。

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この建物はワークショップなどが開かれることもありましたがもっぱら休憩室であり、屋上は展望台になっています。

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海の見える教室。

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屋上の展望台から慣れないパノラマ撮影を試みましたが、どうでしょうか。noteでこんなに横長の画像が大きく表示できるのかよく分かりませんが。

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油壺マリンパークはこの海とともにあったのです。

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ソテツが花(大胞子葉)を咲かせています。やはり生き物達は施設の行く末などかまわず生に勤しんでいます。

ファンタジアム

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ショーの時間が近付いてきました。屋内型スタジアム「ファンタジアム」に向かいます。

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この飾りもそこはかとなく「今時そういう感じが伝わりづらい」ものにはなっているでしょうけれど、もはやこれが個性になっていたのです。

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おお、最後に君のひょうきんな顔を拝めないとは。この急な階段、昔の公民館みたいな内装もこれっきりなのです。

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もちろんスタジアム内もこのとおり。手の触れる部分はニス塗りの木です。

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いつもマスコットキャラクターのペンギン君に仮装させてストーリー仕立てのショーを行っていましたが、今回は海獣の軍勢を率いて海から太平の世を築き上げようとする戦国武将という設定でした。

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53年の歴史があり何十年も活躍しているベテラン選手もいるとあって、パフォーマンスは非常に洗練されています。

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アシカの白羽取り。

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油壺マリンパークのショーの底力を感じさせたのが、意外にもオルガン演奏でした。アシカの楽器演奏なんて間延びした微笑ましいものになるに決まっているのですが、このときばかりは選曲の妙によりゆったりした重厚なテンポとなり、完璧な演奏だったのです。「ああ人生に涙あり」……つまり、水戸黄門のテーマです。

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イルカ達もテクニックとパワーを見せます。

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メインストーリーは終わり、終幕の挨拶に入りました。マリンパークのロゴを高々と掲げています。

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アシカのハードルジャンプ、秋からのショーで見せるはずだった技のうちほんのひとつなのだそうです。

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さらば、ペンギン君、さらば。

私は決してイルカの飼育展示やショーを手放しで肯定する立場には立っていません。つまらない展示しかできないのならやめてしまえとすら思っています。しかし今回ばかりはそんな考えは少しも浮かびませんでした。

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屋外プールには以前バンドウイルカがいたのですが、なぜだかゴマフアザラシになっていました。

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この三浦の海にはファンタジアムがあった。そのことを私は忘れません。

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雲が出てきました。海が暗い鈍色になる前に帰りましょう。

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ここそのものには二度と来られません。しかし私はこれから、他の水族館や海で何度もここのことを思い出すでしょう。海はどんなに身近でも神秘でも全て繋がっていて、人がレトロだの都会的だのと言い出す程度の時間では本質的に変わらずにあったということを、今回学ぶことができたからです。


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