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民話風小話 ラッコとイシカゲガイ

「Lv100」第八十八話の副産物で、民話風に書いたもののどこの地方の民話ともつかないお話です。

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 イシカゲガイという二枚貝が海の底の泥砂にいる。やけにふっくらと丸い格好をしているが、開けてみると中にはなんと足のようなものが一本、折り畳まって収まっている。驚かされるとこれで飛び跳ねて逃げるのだ。
 いっぽう、ラッコはカワウソの親類だ。丸々とした体で海を泳いでアザラシのような振りをしているが、細かいところはアザラシよりも川のカワウソとそっくりなのだ。
 どうして海にこんな変わり者が住んでいるのか。それにはこんな訳があるという。
 
 人も獣も大して変わらないような大昔。
 あるカワウソが、いたずら者のカエルに悩まされていた。
 カワウソは毎日、川に潜って獲物の小魚を捕る。そして何匹も捕れた小魚を、川辺の平たい岩に並べて悦に浸るのがお決まりなのだ。
 しかしそこに、匂いを嗅ぎつけてカエルがやってくる。
 横取りをしようというのではない。カエルは魚を食べたりはしない。
 カエルは並べられた小魚のいっぽうの端に座り、
 「へへえ、これが今日のお前さんの稼ぎかい」
 と言ってから、思いっ切り跳ねて、カワウソの獲物をひとっ飛びに越えてみせる。そして、
 「今日も飛び越せちまったねえ。まあ、お前さんの泳ぎじゃこんなもんだろうさ」
 と、ゲロゲロ笑いながら行ってしまうのだった。
 これをやられるとカワウソも悔しくてたまらず、大漁気分も失せてしまう。
 とはいえせっかく小魚がたくさん捕れたというのに、やせっぽちで皮が不味いカエルなぞ捕まえても仕方がない。
 結局、獲物を平らげて気を紛らわせるしかないのだった。
 そうして毎日カエルのからかいに耐えているうちに、カワウソの頭にはある考えが浮かんだ。
 それからのカワウソは、澄ました顔でカエルをやり過ごしながら、カエルが飛び跳ねる様子をしっかりと目に収めるようになった。
 そしてある日のこと。
 カワウソは小さな獲物をちょっと獲っただけで漁をやめて、慎重に間を測りながら獲物を河原に並べた。
 そこに、お決まりのカエルがのしのしと偉そうにやってくる。
 「へっへっ、間を開けて並べたってこれっぽっちの獲物じゃおんなじことさ。今日もおいらがひとっ飛びにして……、あれっ?」
 カエルが飛び跳ねて降り立ったのは、カワウソの最後の獲物だった。カエルはカワウソの獲物を飛び越えられなかったのだ。
 「こいつは一体どういうことだい。まさかこのおいらがこれっぽっちの魚を飛び越えられないなんて」
 「ふふふ、そいつは貴様が大きく育っちまったからさ。苦い皮を剥ぐ手間も惜しくないような……、たっぷり肉の付いた食べ応えのある体にねえ!!」
 そう言って高らかに笑いながら、カワウソはわずかな獲物に目もくれずカエルに躍りかかった。
 カエルはたまらずさっきより力を込めて飛び跳ねるが、カワウソの言うとおり、陸に上がって長く育ってきた体は重くて、思うようには跳ねられない。
 それでもなんとか転がるようにカワウソの牙と爪を逃れ、勢いのまま川の中に飛び込んだ。
 「おっと、しまった!だからといって泳ぎでも負けるものか!」
 カワウソもカエルの後を追って飛び込んでくる。
 カエルは、前まで散々馬鹿にしてきたカワウソの泳ぎの腕前から必死になって逃げることになってしまった。
 とはいえ水の中なら、重くなった体もいくらか気にならなくなる。カエルの泳ぎはカワウソといい勝負だった。
 そのまま二匹はどこまでもどこまでも泳ぎ続けて、とうとう、海まで出てしまった。
 「くそう、塩水の中じゃ分が悪い。体が弱る前に隠れるところでも見付けなけりゃあ」
 カエルが逃げながら目をぎょろぎょろさせると、海の底に大きなお椀のような貝殻が見付かった。
 「しめた!あいつの中に隠れるんだ!」
 「待ちやがれえ!」
 カエルは力を振り絞って貝殻の中に飛び込んだが、慌てて閉じたので片脚がはみ出たままになってしまった。
 そこにカワウソが勢いにまかせて噛み付いたものだから、カエルは片脚を食いちぎられてしまった。
 「ふん、片脚だけで済ますものか……」
 そのうち力尽きて殻を開くだろうとカワウソは粘ったが、息が続く限り待っても貝殻は開かなかった。
 仕方なく息継ぎをしてまた潜ってみたものの、今度はたくさんある貝のどれにカエルが隠れたのか、すっかり分からなくなってしまった。
 カワウソは諦めず、毎日海にやってきては閉じている貝を何個も拾っては壊し、ああ、また普通の貝だった、と言っては貝の肉を食べ続けた。
 そのうち、海に住み着くようになり、美味い貝ばかり食べてすっかり肥えてしまった。それが今のラッコだ。
 貝殻に隠れたカエルのほうはというと、こちらは、もうすっかり海の水をすすって暮らす二枚貝になり果ててしまった。
 それでも、散々カワウソをからかうために飛び跳ね続けた報いか、一本残った脚は消えなかった。
 カエルだったイシカゲガイは、今でも驚かされるとカワウソが来たと思って一本の脚で必死に飛び跳ねて逃げるのだ。

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