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古生物飼育小説Lv100 第八十五話をサイトに掲載しました

一番好きだと言える古生物のひとつアンハングエラの回ですが、いやそれだけに、まただいぶ時間をかけてしまいましたが、今回もよろしくお願いいたします。

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カクヨム

以下はネタバレ込みの解説です。

アンハングエラはいかにも翼竜らしい翼竜の一種です。翼竜といえばプテラノドンが圧倒的に有名ですが、アンハングエラはプテラノドンに比較的近縁で全体的な体型も似ているものの、頭部は色々と異なります。

これは神奈川県立生命の星地球博物館のプテラノドンです。歯のない尖ったクチバシ、後頭部のトサカがもはや翼竜のイメージになっていますよね。

これは群馬県立自然史博物館の2020年の特別展「空にいどんだ勇者たち」で展示されたアンハングエラです。アンハングエラの特徴である、尖った歯が綺麗に並び、上下がトサカ状に膨らんだ顎がよく見えます。
ヘッダーの生命の星地球博物館の骨格のように翼竜は高いところにぶら下げた状態で展示することが多いので、こんなに目前に見る機会は少なく、すごく存在感のある展示でした。(今回アンハングエラを獣と呼んでいるのもこの展示の印象が強かったためです。)

このように、トサカのある翼竜は多いとはいえその形はプテラノドンのようなものばかりではなく様々ですし、鳥と違って歯が生えている種類が(少なくとも白亜紀前期までは)多数派なのです。
私がアンハングエラを特に好きだと言っているのも、この鳥とは異なる顔付きが翼竜らしさだと思っているからです。

頭以外の体つきは、翼である前肢が長くて後肢が短いこと、胴体が小さくて丈夫なこと、頸椎の棘突起が発達していることなどプテラノドンによく似ています。ただプテラノドンがオスは翼開帳(今まで翼長って書いてしまっていましたね……)が6mかそれ以上になるいっぽうアンハングエラは大きくても5mのようです。アンハングエラと同じ地層からアンハングエラに近縁でプテラノドン並みの大きさの翼竜が何種類か見付かっています。

過去2度にわたって「海外でアンハングエラが飼育されている」という描写をしてきたので、ディプロドクスやティラノサウルスでもそうしたように今回きちんと登場させることになりました。

しかし第十一話で「もしかしたら上手くいかないかも」と主人公達がうっすら思っていたくらいで、飛ぶものを飛べる状態で飼うのは大変なことです。
プテラノドンより小さいとはいえ5m弱ともなると現生のどの飛ぶ鳥より大きいのでなおさらですし、さらにアンハングエラ(やプテラノドン)の生態は現生の鳥の中でも特に飛ぶ距離が長いアホウドリをモデルに考えられています。

一度アホウドリの暮らしているところを見に八丈島への往復の船に乗ったことがあるんですが、

繁殖期以外は本当に水平線まで陸地がないところで浮かぶか飛ぶかして暮らしているんですよね。

アンハングエラもこんなだったら飼うのが難しすぎるので、本当にアンハングエラの生態をアホウドリに例えるのが正しいのかを考えました。

アホウドリが陸地のない外洋で暮らすとき、長い距離を飛んで食物を見逃さないために「ダイナミックソアリング」という技術を使い、飛んでいないときは水面に浮かんでいます。アンハングエラにはこれらができるのでしょうか。

ダイナミックソアリングとは、向かい風になって上昇し、追い風を受けて下降しながら加速することを繰り返すことで動力なしで飛び続ける技術です。このとき、地表(水面)近くほど摩擦によって風速が小さく、上昇するほど風速が大きくなっているので、その差によって風からエネルギーを得ることができます。
翼が長い体型をした海鳥の多くが利用している方法なので、同じく海で暮らしていた翼の長い翼竜もこれを行っていたと考えられていました。
しかしこの方法を行うには、ある程度スピードが出るように体重に対して翼が大きすぎないことが必要です。
しかしプテラノドンやアンハングエラは体重に対してかなり翼が大きく、同じ海鳥でもむしろグンカンドリのように熱上昇気流に乗って浮かび上がる方法に向いていたという研究結果が出ています。
(といっても、同じ研究で特に翼が退化していないはずの巨大翼竜があまり飛ばなかったはずだとしているのがちょっと妙なのですが……。)
熱上昇気流は外洋よりもむしろ、昼間であれば海辺の陸地、夜間だと陸沿いの海上にできやすいものです。

飛んでいないときの過ごしかたですが、その辺の小川や公園にもいるカルガモが呑気に水面に浮かんで過ごしているのですから、浮いて過ごすくらい別に大したことのない能力に見えます。
しかし外洋では水に浮かんだまま毛づくろいなどもこなさなければならないのです(翼竜は羽毛に近い体毛で覆われていました)。
これもやはり鳥特有の能力であろうという研究が出ています。なぜそうなるのか骨格を見てみましょう。

これは我孫子市鳥の博物館に展示されているシマアジという(紛らわしい名前の)カモの骨格です。頭より胴体のほうがずっと大きいですし、重心はだいたい膝のあたり、つまり胴体の真ん中あたりにあります。首はよく動いて、頭を持ち上げておくことができます。
つまり、胴体だけを水に浮かべて首から先は自由に動かすことができます。

これは東海大学自然史博物館に展示されていたアンハングエラの骨格です。翼竜は翼になった前肢の手をついて歩くので重心は後方にある必要はなく、ほぼ肩に重心があります。
頭を水から上げたまま水面に浮こうとしたとき、浮力の中心が重心より後ろになるので前につんのめってしまいます。このため、顎も水につけて顎に働く浮力でバランスを取ることになります。
また首も頭を持ち上げておくほどの長さや柔軟性はありません。
つまり、アンハングエラ(というか翼竜一般)が水面に浮かぶと、頭を持ち上げることができないままその場に伸びていることになってしまうのです。
(ここを考慮しないままランフォリンクスが水面に浮けることにしちゃったなあ。)
これでは毛づくろいのような日常の生活をこなすことができません。

水面に浮かんで過ごすという何気ない行動でも、鳥がああいう体のバランスだったからできたことなんですね。

よって、アンハングエラにはアホウドリのように本当に陸地のない外洋で過ごすことのできる特徴があまりなく、陸地からそこまで離れずに過ごしていただろうと考えたのです。
これならまあまあ常識的な飼育施設で収まりそうです。
(飼育に都合が良いように考えているところはあると白状しておかなければなりませんが……。)

といっても、見慣れた施設とはだいぶ違ったものでなければいけなさそうです。
私が今までに見た中で特に立派なバードケージといえば日本平動物園のもので、海鳥であるインカアジサシも池の上でのびのびと飛び回ることができますが、ドームの壁はメッシュで、風は特に防がれていません。
アンハングエラが生息していた白亜紀当時は両極にも氷がないため、地球全体の温度差が小さくて風が穏やかだったようです。軽くて大きな翼竜が繁栄していたのはそのためではないでしょうか。
そこで、野球ドームのように風を遮るドームとして、内部の空気の循環で上昇気流を再現できるように考えました。
これがなければ国内の施設としていたところだったのですが、さすがに国内の規模ではなくなってしまうので所在地をアメリカとしています。

さて、完全に外洋で暮らすと考えないのであればものすごい航続距離があったわけではないことになるので、そこまで翼が細く狭かったと考えなくてもいいな……という風に、姿について考えていくと、割とオーソドックスに、後肢の足首まで皮膜があったとしていいようです。
後肢の向きは慎重に考える必要がありましたが、あんまり文章には反映されていないです。ただ同じ皮膜の翼を持った動物でもコウモリの後肢は飛ぶこと以上にぶら下がることに適応したとても特殊なもので、参考にしすぎないほうがよさそうです。つまり、後肢はただ後ろ向きに蹴り出した姿勢で、膝は腹側を向いているのがいいかなと。

だいたいWikimedia Commonsに収録されているこれみたいな感じで。

あっそうだ。この絵だと翼端が真っ黒で、実際真っ黒だと太陽光で温められた翼に接している空気の温度が上がり粘性が下がって翼の効率が良くなる、という研究があるんですが、これは鳥類におけるものです。
鳥類の翼の表面は爪や髪と同じく生きた細胞ではない羽毛でできているので、直射日光で数十℃ほど温められても問題ないようです。いっぽう、翼竜の翼は血の通った皮膜でできているので、そこまでの高温には耐えられないのではないか……ということで、灰色になっているというのにとどめました。
皮膜は内部の繊維でしっかり補強や制御が行われているとしました。

それから、そんなに見かける復元ではないのですが、腕や指本体と皮膜の間の段差は気嚢で埋められて、滑らかで厚みのある形状になっていたとする復元を意識しています。この論文によります。
細かい段差は体毛で埋められていたかもしれません。
オオコウモリよりはるかに大きい翼竜では、こういう段差はより問題になるかもしれません。

餌に関しては第一集収録分でやったような養殖した同年代・同地域の魚を捕獲させるということで簡単にしていますが、捕まえる動作はグンカンドリを参考にしています。
アンハングエラとその近縁種のクチバシの上下にあるトサカは水中での水切れをよくするためのものだと言われていますが、この機能についてはよく考え直しました。
ほぼトサカがないといっていい化石もありますし、近縁種でトサカがもっと大きく形が違うものもいます。
また、トサカがほとんどない個体でもクチバシの断面は鋭い三角形で、トサカがなければどうしても水切れが悪くなってしまうとはいえないように見えます。
さらに、大きな個体ほど相対的にトサカが大きくなるとのことで、大きさによって条件が大きく変わると考えない限りトサカが力学的にそこまで重要とは思えないのです。成長によって大きくなるというのはむしろ異性やライバルにアピールする器官に見られる特徴です。
加えて、魚食性とされる翼竜は多数いるのに頭骨の形はかなり多様です。確かにアンハングエラの含まれるオルニトケイルス類の翼竜の多くがクチバシの先端近くに上下に膨らんだトサカを持つのですが、本当に必要なものだったらプテラノドンやランフォリンクス、ドリグナトゥス、いや、いっそ現生の鳥類にもあっておかしくないのではないでしょうか。
現生鳥類に似たようなトサカの例はないのかを探してみたところ、アメリカシロペリカンのクチバシには「パートナーを見付ける時期のみ」「位置や形、数もあまり決まっていないトサカが生える」のだそうです。どうも本当にこの位置にトサカを生やしても邪魔でも便利でもないようです。

というわけでトサカの機能はもっぱらディスプレイであると割り切っています。
考えてみれば鳥や翼竜のような飛行動物にとって、運動以外の生態に従って姿に工夫がこらせる場所って頭部か尾くらいしかないんですよね。ディスプレイに用いるものが獲物を捕るためのクチバシに詰め込まれていても仕方ないのかもしれません。
飛んでいても陸にいても互いに目立つ頭頂部と、ディスプレイ行動のときに目立つトサカの前縁が赤いものとしました。

ディスプレイの甲斐あってカップル成立となれば繁殖なんですが、翼竜の繁殖については色々証拠が集まりつつあって、翼竜は生まれてすぐ飛べたとも、アンハングエラに比較的近縁なハミプテルスの場合生まれてしばらくは飛べなかったとも言われていますが、今回はまだそこまで成果が出ていないものとしています。

同じ地層から出ているのでここにいないわけがないということでタペヤラも登場させました。浅い海の地層だけれど針葉樹をはじめ植物がたくさん出ているので、案外、日本の三保松原のような風景だったかもしれませんね。いやマツではないんですけれど。

アメリカに施設があるというやや込み入った設定なので最初から最後まで見学中として、翼竜のことを詳しく描写するために主人公は翼竜にあまり詳しくなく、鳥の飼育展示の参考にするために見学しに来たということにしました。
それで鳥、特にインドガンについて思うところを言わせているわけです。
ちょうどアラリペマイコドリ(アラリペマナキン)というアンハングエラが発掘されている地層のあるところにしか生息しない小鳥がいるのでチラッと登場させましたが、上で考えたアンハングエラの色に妙に似ているので、ちょっと変な感じに……。

いつも主人公が真面目一辺倒なので今回はちょっとアホを意識しましたけど、いややっぱり真面目くさって考えすぎてるのかなこれ……。インドガンを想うあまり当てもないヒントを求めてアメリカにまで行ってるしな……。

ちょっとでもアンハングエラが美しくかっこよく見えていたら幸いです。

次回で第十一集収録予定分最後のお話ですが、あまり時間がありません。応援のほどよろしくお願いいたします……!
飛ぶもの中心の第十一集のラストを飾るのは、身近だけれど飛んでいることに気付かれない生き物です。でも、昆虫じゃないです!

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