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夏の日の1993

高校3年生の夏、わたしはアルバイトを始めた。年齢で言うと17歳だった。

人生ではじめてのアルバイトはファーストフードショップ。

はじめての「いらっしゃいませ」は声がまったく出せず、初日のわたしに命じられたのは奥でサラダを50こ作る、という仕事だった。

一緒に入った友達は、初日から表でオーダーをとっていた。少し斜にかまえ内弁慶な活発さしか持ち得ないわたしに比べ、友達はストレートに活発な子だった。

大きな差がそこでついたであろうことは今なら分かるが、その時のわたしは働いていることが新鮮すぎたし何より優劣つけられているとはまったく感じていなかった。

数時間後には、奥の倉庫でサラダを作りながらいつのまにか大きな声で「いらっしゃいませ〜」が言えるようになっていた。

客の姿は見えない、見えていたのは仕入れのダンボール箱と並んだからのサラダカップだけだったが、それすらまぶしく見えていた気がするほど。

うっすら聞こえる店内の有線は、TRFと大黒摩季、そしてclassの夏の日の1993が流れていた。


数ヶ月して夏休みに入ると、わたしはほとんどをバイト先で過ごすようになった。朝から晩までシフトが組まれていたことも不満ではなかった。

単に楽しかったのだ。

店長は、その店ではじめて店長になった24歳の男性だった。丸々と太っていて、同じくバイトしていたガリガリの奥さんとは結婚数ヶ月の新婚だった。

店長の上には地域を統括するマネージャーがいて、ちょくちょく顔を出しにやってくる。

わたしが務めていたお店は新規エリアのオープンから数年後だったので割とマネージャーもよく来ていた印象がある。

ある日、マネージャーと店長が会議に出るためアルバイトだけでお店を回すことになった。2人がお店を出ていく時、何人かいたバイトの中で「頼んだよ」と声をかけたのはわたし1人だった。

明るく返事をして手を振り見送ったあと、一緒にバイトを始めた友達と少し年上の女性が「なんであんたにだけ?」と言った。

わたしは「純粋にそこにわたしがいたから?」と答えた。本当にそう思っていた。その2人の目線に嫉妬があったのかもしれないが、基本的にはどうでもよかった。

そんなことより、わたしよ?

初日、サラダを50個作らされた落ちこぼれよ?


しかし、店長はそれから明らかにわたしをかってくれるようになった。気持ちよく働いて欲しいからおだてていたのだと思うが、それでも「お前がいると助かるよ」と大人に言われるだけではりきったものだった。

店長がわたしを褒めてくれていたので、マネージャーもわたしによく声をかけてくれるようになった。

マネージャーはもともとバイトにはあまり声をかけず、どちらかというと距離をとっていたように見えた。本人もそう言っていて、その理由は自身が店長時代にバイトに手をつけてしまいもうそういうのはこりごりだそうで…。実際、バイトで話をするのはわたしくらいだった。

マネージャーは当時26歳。店長でもとても大人に感じたのにさらに大人だ。しかし店長と同じで、いや店長を超える巨体であった。

「わしだって若い時は痩せてたんだ」

と見せてくれた写真は確かに半分くらいの体で若いマネージャーがいた。しかしもう倍以上にふくらみ無駄に貫禄がついてそしてあの年で、自分のことを"わし"という。

マネージャーも結婚していて、子供が生まれたばかりだった。想像に違わずムチムチ丸々とした男の子の写真を見せてくれる顔。もう本当におじ…大人でしかなかった。


当時、わたしが住む街にはファーストフード店がその店しかなく土日はかなり繁盛していた。ぐんぐん売り上げを伸ばしていて土日になるとマネージャーが一緒に働くことも多くなっていた。

マネージャーはめちゃくちゃ仕事ができる。なぜ分かるかというと売り上げがぜんぜん違うのだ。店内のオペレーションがスムーズにいくので、お客さんの回転率が上がりどんどんお客さんが来る。

あとは単純にハンバーガーを作るのが早い。

そしてその形が美しい。

仕事ができる男はカッコよく見える、ということをこの時知った。


そんなある日の週末、わたしが事務所で休憩をしていたら、近くのシンクで野菜の仕込みをしていたマネージャーがわたしの名前を呼んだ。

事務所から顔を出すと、どうでもいいことを何か言われる。用事がないから事務所に戻る。するとまた名前を呼ばれる。その後何度か名前を呼ばれ→顔を出す→なんでもない、暇だから呼んでみただけ、なんてのを繰り返した後に…


「わし…なんでお前の名前呼んでんだろ。好きなんかな?」

わたしは動揺を悟られないように適当なことを言ってまた事務所に引っ込んだ。

あの時、シンクの前でキャベツを千切りにしながら首だけをこちらへ向け、まっすぐにわたしを見る目、ムチムチに盛り上がったほっぺのふくらみを鮮明に覚えている。



夏が終わる頃、お店も順調に回り始めてマネージャーが顔を出す頻度は減っていった。


お前のこと、好きなんかな?


の答えを聞かないまま、バイトをやめもう20年以上経ってしまった。

夏の日の1993を聴くと今でもあの夏のさまざまな出来事が色鮮やかによみがえる。

わたし、マネージャーのこと好きだったんかな?

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