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気丈な母が泣いている

帰省した。といっても前回の帰省から二週間しか経っていない。
友人と飲んだあと23時すぎに帰宅すると、母はまだ起きていた。

母を見て驚いた。母の体はこんなに小さくなったのかと。
私より少しだけ背が低い母は、たった二週間の間にだいぶやつれていた。

母の変化は、父の体調が原因だと察せる程度には事情を聞いていた。およそ一ヶ月間微熱が治らず食欲が無いと。
「心配かけると思って言わなかったんだけど」と父の病状を彼女は話し始めたが、すぐにしゃがみこんで涙を流した。
80歳を超える母の父母には言えないだろうし、一人で思いを抱え込んでいたのだろう。
「ごめん、近くにいてあげられなくて。ありがとう、父のそばにいてくれて。」気を遣われていた私が彼女にかけることのできた言葉はこれだけだった。

その後トイレに行くために布団から出てきた父を見た。元々体重の軽い父親であるが、さらに痩けたように見受けられた。声も言われてみればかすれ気味で、実年齢より五ほどは老けてみえる。
明らかに弱っていて、「もしかしたら長くないかもしれない」とも感じるような空気を纏っていた。

母は父に対して体調を伺い、ついさっき泣いていたとは思えない元気な声をつくり、わざとらしい日常会話をした。

そんな気丈な母の姿に私は涙した。

思えば彼女は昔から強い人だった。
父が職をなくした時も、彼女は非正規雇用で働き、貯金を少しずつ削りながら子ども二人を育てた。貧乏だからと言い訳をしたり、心が貧しくなることなく生き抜いた。
私は当時の家計状況をよく知らないが、修学旅行にも行けたし、部活の活動費も出してもらえていた。不自由なく普通に私が過ごしていた裏に、母の葛藤と苦悩があったのであろう。

私は大人になって、母の弱さが分かるようになった。彼女も私と変わらぬ一人の人間であり、超人でも君子でもないのである。すごく泣き虫で、周りを気にする割に空気の読めないところがあるし、ちょっと世間知らず。
だからこそ、母の人を守るときに見せる強さには恐れ入る。彼女は強かである。はっきりと確かに。

人のためにこんなに人は強くなれるものなのか。
私にはまだ分からない。母と同じ歳になれば分かるのだろうか。

隣で眠る母を見て、限りのあるこの時間がのびればいいとも思うし、限られているからこその美しさもあるのだとも思う。

私はあと何日父母と過ごせるだろうか。
せめて今だけは、家族はここにいる。
心からの愛と感謝を込めて。

★2023年11月追記
父はすっかり元気になり、健やかに生きています!

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