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『たとえ恋は終わっても』 野中柊

週3程度、営業の仕事をしている。
昨日は、どんなに懸命に話をしても、お客様にその言葉が全く響かなかった。

言葉が上滑りしている…。
営業経験は半年ほどだが、初めての感覚にとまどった。

そして、お客様をお待ちしているあいだ、元彼のことを思い出した。

なにをしても、なにを話しても、楽しかった。あまりに夢中だったので、あえて言葉にはしなくとも、ふたりで死ぬのならこわくない、そう感じていた時期さえあったと思う。だからこそ、ふたりで生きたかった。
どちらかが死ぬまで、ずっと。
 (p.50)

このように思わせてくれるくらい大好きだった彼にふられた。

好きで好きで会いたくてどうしようもなくて。
長文のLINEを送った。
数行の返信が届いた。

すべっている。
そう自覚して、諦めた。

商品サービスにしても何にしても、相手にとって必要がない・興味がないものは、響くことなど無いのだ。

営業については、終盤に何とか結果を残せた。
恋愛については、以後恋をしていない。

「こんなにきれいな運命線をあまり見たことがない。35歳ごろからいいことあるよ」

ついこのあいだ、右手の運命線を指でたどりながら、知人男性に言われた。
その感触が嬉しかったのに、のちに既婚者と知った。

すべっている。
と思った。

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『たとえ恋は終わっても』野中柊 『私らしく、あの場所へ』(角田光代、大道珠貴、谷村志穂、野中柊、有𠮷玉青、島本理生、講談社、2009) 第4話に収録

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