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少年H

 小学校のフェンスに沿って歩いていると、後ろで少年野球部の後輩だったHが当時と変わらぬ背丈で歩いてくるのを見かけた。

 3つ年下のHとは小学校を卒業して以来一度も会っていない。少年のHは、泣き虫で嫌われ者だった。何か不満があるとすぐに泣く。涎や鼻水を盛大に垂らして泣くので、どこか不気味でもあった。

 そんなHがこちらへと近づいてくる。むこうはまだ私に気づいていない。会って話すのが面倒だったので、私は近くの病院へと走った。病院には広い駐車場があるはずだった。しかしそこは荒野で、奥の方に今にも崩れそうなロッカーがひとつあった。その裏に身を潜め、Hの様子を窺った。じっと見ていると、Hはそのまま通り過ぎて行けばいいものを、くるっとこちらへ向きを変え、やはり近づいてきた。私の存在に気づいていたのだ。

「一緒に野球しよう」とHが言うので、私はしかたなく付き合うことにした。断ることが出来ず、後輩に対して愛想笑いばかりしていた。

 小学校の運動場を歩きながら、Hは「さっきまでKくんのお父さんとトスバッティングしてたんよ」と言った。Kは小学校時代の私の同級生で同じ野球部のチームメイトだった。それにしても、Kの父親とHとの間に接点があるのは意外だ。

「でも熱が出たからやめにしたんよ」

「え? 大丈夫なん、それ」

「うん。心配になって今日の朝に東京から戻ってきたんよ」

 私はHの言っていることが瞬時に理解できなかった。ここは徳島のはずだが、Hは東京にいたのか? 東京にいたとして、そこでKの父親とわざわざバッティング練習をしたのか?

「親戚のおっちゃんに帰った方がいいって言われたんよ」

 わけがわからないまま目が覚めた。

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