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横一列に並べない

 大学の図書館前で、部活の強化練習に向けた決起集会が開かれていた。士気を高めるために決意表明をするようだ。体育座りでコンクリートの地面に座る部員たちの前に、我が少林寺拳法部の主将が起立していた。決意表明と言えば、普通ひとりひとりがみんなの前に出て来て強化練習に向けた意気込みを語る状況をイメージするのだが、どうやらそうではないらしい。事前に部員ひとりひとりが意気込みを紙に書いて主将に提出しており、それらを代表者である主将がひとつずつ読み上げていくのだった。

 みんなの熱意あるメッセージが読み上げられる中、ひとり私だけがおどおどしていた。実はかなりふざけた文章を書いて提出していたのだ。空気が読めないというか、どうやらみんなふざけるものだろうと思っていた節がある。残念ながら文章の内容はほとんど覚えていない。だが「パンティ」という語を書いた記憶だけが残っていた。(頼むから読み上げないでくれ)私は心の中で祈っていた。

 ついに私の紙が読み上げられるときが来た。主将は一瞬、言葉に詰まった様子だったが、さすがは部の統率を任されているだけあって、ふざけた文章をすべて飛ばしまともに言える部分だけを読んでくれた。私はひと安心した。安心したついでに、隣に座っていた同期のHの横腹を小突いて「実はこんなふざけた文章を書いていたんだよ」と照れながら告白した。するとHは、「主将のナイス判断やな」と言って笑ってくれたので、私はまたもや救われた気持ちになった。

 全員分の決意表明が終わり、「起立!」主将の指示に従って後ろを振り返った。するとひとつ上のOBの方がいて、みんなで一礼をした。

「記念に写真を撮ろう」ひとつ上の代で主将だったIさんが言った。決起集会で記念写真を撮るなんて不思議だと思ったが、断る理由もなく、またみんな写真を撮られるのが好きだったので、急遽準備をすることになった。

「とりあえず身長順に並んでみて」とIさんがおかしな注文をつけた。しかし私たちは言われるがままに横一列に並ぼうとした。それくらいなら瞬時に並ぶことが出来る。そう思っていたのに、誰もが他人との身長の比較をすることが出来ず、「どっちが高い?」だの「ぼくって低い方ですか?」だのと言い合っていた。

 だいぶ時間が経ってようやく背の高い順に並べた。そう思っていたのだが、私のふたつ隣の背の高い方に高校で同じ野球部だったFが立っていた。いやちょっと待て、Fは俺より身長が低いはずだ。と、私はなぜFがここにいるかということよりも順番の間違いの方に違和感を抱き、「Fの順番がどう考えてもおかしい」と主張した。すると「確かに。Fはもっと低いはずだ」「いやそんなことはない。Fはそれくらい背が高い」と活発な議論が始まってしまった。

 収拾がつかないこの状況を傍目に、私はバケツのことを考えていた。学部棟の方へ行ってバケツに水を汲みここに持って来る作業を2回ほどしなくてはならない。なぜそうしなくてはならないのか、目的はさっぱりわからなかったが、急いでそうしなくてはならない気がしていた。私はついに、身長の高低の比較すらできない部員に腹を立て、「水を汲んでくる」と叫んで学部棟の方へと走り出した。目が覚めた。

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