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思い出からは程遠い しそジュース

「おふくろの味」というものを、私は何も引き継いでいない。

母親は一人で色んなことをてきぱきとこなす人だが、その一方で人に何かを教えることに気が進まない人でもある。料理にしても「あぶないから」「大丈夫大丈夫」と言われ、キッチンに一緒に立って何かという思い出もなく、レシピなど何も教わらないまま来てしまった。
料理に凝り始めてしばし。ふいにそんな今を勿体なく思ってしまった。

母の作るもので特に好物だったのはメンチカツ。ばくだんおにぎりの様に目一杯のデカさで提供されるそれはソースなしでもしっかりと味がついていて、昔いちばんの好物だと伝えた時には「安上りな子だね」と苦笑された記憶がある。ただ、今の私に揚げ物の調理は遠い存在(というか今後習得する機運はあるのだろうか)。引き継ぐ資格は持っていない。

そしてもうひとつが『しそジュース』だ。夏休みの頃、夕方にリビングへ向かうと紫蘇の香りがいっぱいに拡がっていた思い出。大量の赤じそを煮出して作られる鮮やかな赤紫の液体は2ℓのペットボトルに詰められ、夏の間はそれを水道水で薄めて飲んだのだ。
懐かしくなる。夕焼けの色をした、夏の思い出の味。

・・・

「― まぁこっちは大丈夫だから、帰ってこれそうだったらいつでも。」
「せやね、今のご時世、様子見しながら考えるわ。…そや、ちょっと教えて欲しい事があるんやけど、」

帰省の相談がてら、電話でしそジュースの作り方を教えて欲しいと相談してみた。母はやはり気が進まない様子だったが、夏の梅干しを漬ける時期に赤じそが手に入りやすいのでそれを使っていたこと、煮出して砂糖とクエン酸で味を付けるだけのシンプルなものであることを教えてくれた。それぞれの分量を聞いたが、本人も把握していない部分だった。適当でいいらしい。そこが一番重要だと思っていたのでだいぶ肩透かしを食らってしまった。

そして一週間後、母謹製のしそジュースが宅急便で送られてきた。『リンゴ酢でも作れるみたいだからやってみたので送ります。煮出した後のしそもふりかけにしてみたから食べて』。違うんだ母よ。飲みたいというよりも、作れるようになりたいという話だったんだよ。思えば、母はとても献身的な性格というか、世話焼きな人でもあった。
500mlのジュースとタッパーいっぱいのふりかけ。自分で作るどころではなくなってしまったが、久しぶりの母らしさを感じながらありがたく頂戴した。リンゴ酢で酸味付けされたジュースは思い出の味とまた違い、鮮やかな赤色だけが控えめに思い出を撫でていた。

・・・

当然これで話を終える訳にはいかない。レシピが適当であるなら、作る事自体は容易であろう。そう、googleに質問だ。

ジュースとは言い条、実態としてはハーブティーのようなものというか、加える砂糖もクエン酸も単に味付け目的らしい。確かにシンプルだ。

次は材料だが…結局赤じそを手に入れる場所は見つからなかった。検索の副産物として大葉(青じそ)でもokという情報を得たので、今回はそちらでやって行くことに。クエン酸も手に入らなかったが、思い立ったが吉日だ。代用可能とのリンゴ酢を買って、いざ。

薄めて飲む用として作りたいので、2倍希釈を目指して水500mlを沸かす。続いて大葉は42枚ほど入れる。30枚98円と安く売っていたものを2パック買っていて、別な料理でなんだかんだ20枚弱使ったその残りだ。
引き続き中火にかけ、5分ほど煮出していく。鍋からかすかに紫蘇の香りが上ってきた。記憶ではもっと強く広がってたが、あれは赤じその葉が溢れるほど入っていたから、そんな桁違いの規模あってこそなんだと思う。

薄く黄緑色が付いたのを確認し、大葉を取り出し絞る。続いて砂糖を100g、少し置いてさらにリンゴ酢を150ml。思い出の赤からは程遠いが、完成した。
ペットボトルに詰め、さっそくミネラルウォーターで割って飲んでみた。うん、酸味も甘味も悪くないバランスだが…あまりにもリンゴ酢だ。ほんのかすかに紫蘇の香りが認められる、飲みやすいリンゴ酢ドリンクに仕上がってしまった。思い出からは、程遠かった。

・・・

当然、これで話を終える訳にはいかない。

リベンジを果たすべく、私はドラッグストアをハシゴした。昔ドラッグストアで働いていたことがあり、クエン酸のパッケージは良く覚えている。
3件目にしてやっと緑のラインが入った箱を見つける事ができた。『手軽で簡単に作れる 乳酸飲料やシソジュースに・・・』改めて見てみると作り方まで記載されている。母がいちいち分量を言わなかったのも、ここに書いてあるからかもしれない。このタイミングで妙な納得をしてしまった。

手順は同じだ。まずは水を550ml沸かす。前回より少し多い?私も適当なのだ。大葉は100枚680円のものを買ってきたので、そこから60枚。前回より強く煮出したいので、中火で15分。黄緑の澄んだ液体はここまで同じ。火を止めて砂糖100gを溶かし、少し冷めた後でクエン酸を小さじ1杯。心なしか香りが前回より強い気がする。冷やすのが待ちきれず、コップに氷を入れ、おたまに掬って3杯ほど注ぐ。しっかりと混ぜて冷やす。

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甘酸っぱい味と香り。これだ。記憶のものはもっと甘味が強かっただろうか。そこは母の目分量だろうが、しかし核は覚えているそのものの飲み物だ。色こそ違えど、ようやく辿り着いた。
最初に思いついてから3か月ほど、電話で聞いてから2か月ほどかかってしまった。感慨もひとしおである。

ペットボトルに詰めると300mlほど。2倍希釈とはいえすぐ無くなる量だ。今回の製法だとだいぶ贅沢な飲み物になってしまった。

折を見て、赤紫蘇をまた探そうと思う。

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