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[うつ治療・書籍紹介]「恐怖」のパラドックス フランクファランダ著


私たちの心は当然自分自身が「心地良くなるもの」をおいもとめ
私たちは意識的に

「自分自身にとってちょうどよい」と
思われる可能性を考える


書籍抜粋






久しぶりに書籍をご紹介します。

私自身が学んできたこととこの本の内容を掛け合わせると
ほぼこの書籍の指摘が該当しているのではないかと感じます。

大袈裟ではなく、

うつ病に関する決定的な治療法は
これからご紹介する書籍の内容で語っている

恐怖にうちかつ

ことになるんでは無いのだろうかと思います。


書籍の内容は私以外にも多数の方が書籍紹介などしていると
思われますので内容より

この本で語れている結論を
私なりに解説したいと思います。


結論だけ先に書くと

想像が人間を成長させるが
恐怖に支配されると考えることをやめてしまいます。

そして、過去に恐怖体験した人間はその恐怖から身を守ろうとします。
人によっては感情を奥底にしまい込む、俗に心を殺すことです。


そして、過去の恐怖体験から安全な場所・環境を望みます。



書籍には

防衛化が慢性化すると幸せで満たされた自分を取り戻す事が難しくなる

と書かれています。

これは心の防衛化。

望まないものを仕切りで隔て
パーソナリティをいくつも細かく分解する能力とされています。




その終着点は 恐怖の殲滅です。

これは、現在のパレスチナ自治区で起きている問題の根底です。
過去にユダヤ人が体験した恐怖から

ガザ地区、ひいてはパレスチナ人を殲滅しようとしています。


これが 人間の行き着くところであり

安心や安全を手にしたとしても、必ずまたその安心と安全を脅(おびや)かされる。

つまりは


安心=安全 を望む事が 結果的に負の連鎖を招くという事です。


もうひとつ、重要なことを述べますと


安全というのは実は一番コストがかかる


ということだそうです。


うつ解決の確信的話を言及しますと


夢を持つこと・希望を持つこと

想像することです。



自分自身にしかできないことです。

そして、自分自身信じてきたもの、信じているもの、信じている人

それら(裏切り含め)が否定されたとしても
それを恐怖としてしまい込んではなりません。

今ある脅威や恐怖が仮になくなったとして、次に必ずそれ以上の恐怖がまた人を支配し続けます。

それを克服し人間を成長させていくものは唯一

想像することです。

それが科学の発展に努め人の暮らしを豊かにしてきた人の叡知(えいち)です。


私なりの講釈は一番最後のあとがきで記載しますので
見たい方だけどうぞ。



問題はもしあなたが何のリスクも負わなかったら
その分、かえってリスクが大きくなることです、

エリカジョング(小説家・詩人)





この書籍内で出てくる専門的用語


内省領域

概念融合領域

行動傾向





「恐怖」のパラドックス

フランク・ファランダ著




この本で書かれていることは

恐怖 と  想像

は常に人に共存しており
恐怖が人間の人格形成から人間の行動原理に
繋げていく

という事です。


偶然にも前回投稿しました内容で 自分自身を見つめる学問がない
と記載しましたが

こちらの書籍にも

人は他者に対しての行動や改善点は見つける事が得意だが

いざ、自分自身のことになると急にわからなくなる

という人が圧倒的に多いと書かれておりました。


想像とは何か


それは、将来の夢だとか
もっと豊かな生活をしたいとか

誰しもが一度は想像したことのあることを指します。


それがいつの日からか、
そのような事は考えなくなったりしてはいませんか?

それは何故なんでしょうか。


それは、周りからの否定や過去の失敗のトラウマ

自分自身がうけた、何かしらの傷に対して

自分を守ろうとしているからです。


例えば学校や職場で


「いいから、いわれたことだけやりなさい」

「余計な事は考えるな」

このようなことを言われた経験はありませんか?


また自分が信じていたことを

「そんなもの信じてるの?」

「なにそれ?へんなの」

このように言われ、それから同じような目には合うまいと
人には言わないけどしまい込んだものはありませんか。


これまでの自分なら楽しいことを想像していたのに

あのような体験は二度としたく無い

これが人間の恐怖の本質です。


また、親や職場での抑圧された、もしくは支配された環境に身を置くと

自分ではどうすることもできないことに対して

諦めるようになります。

これが、人間の想像をうばっていきます。


現在のロシア情勢

そして、

日本の選挙投票率など

こういった所に如実に反映されていることからも
この本の指摘は的をえていると思います、


ロシアでは反体制派は弾圧され

もはや国の意向に反する意は述べられず

ロシアの若者は諦めていると報道されています。



日本の投票率の低さは、自分では(自分一人が)投票に行ったとしても

何も変わらない

その諦めからです。

諦めたんです。

人生をよくしようとすること。

自分を成長させようとしたこと。


あんな風になりたい、

あんな人になりたい


すごく、希望に満ちた人生だったのに

何かのきっかけや出来事で

もう無理だ、
そういつの間にか自分自身で自分を守ろうとしてしまうことが

結果的に

無力感や脱力感

絶望感をもたらします。


これは友人関係や人生でも同様です。


また、おなじようなことになる

こいつも同じような人間だ


これら全ては全て人間の恐怖からくるものです。



未来は暗い
それは全体で見れば一番良い姿であると
私はそう思います。

ヴァージニアウルフ(小説家)




安心と安全の先にあるもの




人間をやまいから救ってきた大きなものとして

ペニシリンがあります。

しかし、このペニシリンを開発した
スコットランドの科学者で医師の

アレクサンダーフレミングはノーベル賞のスピーチで
このように語っています

「バクテリアは学習が早いので過小投与に注意しなければならない」

この指摘は結果的に将来を予想したかのように

薬物耐性が重大な危険性を招いているとニューヨークタイムズが指摘しています。

そして、大量の処方箋が発行され
ジェネリック抗生物質という安価な薬を生み出したが

生産の中心となる中国やインドではアフリカのケニアのナイロビにある
キベラで多くを生産しており

キベラはアフリカでもっとも大規模な都市スラムと言われており

貧困、不衛生な環境、飲料不足からこの世の地獄に等しいと言われております。

その様な環境下で薬が作られていると言うことです。

この問題は現在の

日本でも、処方箋による大量発行が問題となっており
年々処方箋に対して厳しくなっていることからも同様と言えます。




抗生物質が効かないカンジタオーリス



アメリカでは(2021年時点)1年間に抗生物資耐性バクテリアに280万人が感染し、35000人が亡くなっており

最近では
カンジタオーリスと呼ばれる抗生物質が効かない
真菌が世界に広がっており

カンジタは主要な抗真菌処理にも耐性を有し、
今や最も危険な難治症となっている。


この様に、人を恐怖から救い安全を提供する
ペニシリンがもたらしたものは

結果的に

更に人を恐怖におとしめる

物となったことである。

と記述されてます。


そして、安心と安全を手に入れようとした結果がジェネリックであり
それは次なる恐怖に導いています。

これは日本で現在起きている問題です。



2025年度には医療費が50兆円に上るそうです。

ちなみに国家予算は220兆円です。

いかに医療費が掛かっているのかご理解いただけましたでしょうか。


この様にして、負のスパイラルを招くのは結果的に

人の恐怖に他ならない

という事が書かれております。

そして先に書いた通り、安心と安全はコストがかかり
それを求めた

我々自身にかえってきます。



我々が恐れなければならないのは
恐れる心そのものだ

それがまた、後退を前身へと転換させるために必要な努力を麻痺させる

言いようのない不合理で、
不当な恐怖そのものである

フランクリンルーズベルト(32代アメリカ合衆国大統領)





仮想現実AIの未来



本書籍ではAIに関する 予想も書いており

AIがいずれ人の様に意思を持ち始めた場合

人間を恐怖と見なす

という事です。

その結果、人間の殲滅をAIが行っていくという事です。

一見SFの世界とも言えますが

私は大いにありえるだろうと思いました。


人間の代わりになる事は人間と同じ様に考えること出したら

それはその様になって然るべきと思います。


長くなりましたが、以上が書籍に書かれてる一部内容です。




自分のやっていることが、実は自分の知らないプロセス次第だと誰も思いたくない。
自分の選択が自分の意思、意図、あるいは自己統制の結果だと考える方を好む




後書き



こちらをご覧になりに来られている方もまた、
きっかけは

何かの恐怖から

何かを学んだり対応しようと思い訪れたのかと推察します。

私も勉強をはじめたきっかけはコロナでした。


色々な恐怖が襲いました。

一番怖かったことは何か

経営ができなくなり、雇っていた人を路頭に迷わせるのでは無いのか

だけれども、

その当事者たちが何故か一向に同じ方向を見てくれない。

そんなジレンマと恐怖からでした。


何度か書きましたが


結果的に一番勉強していなかったのは自分だったことに
衝撃をおぼえ

それから改めて学ぶことの楽しさを見出しました。


結果論でいうと


全てなくなりました。


その恐怖の原因だったものも全て。


絶望しました。

自分ではもはや
どうすることも出来ず40を迎えた
中年である人生は

もはや何かに見いだす事は半ば諦めておりました。


私よりも諦めていたのは
周りの方が早かったとも思います。

言葉には出さないけれど

多くの人は死ぬんじゃ無いのかともおもっていたと思うし

無理だと言われた事は一回二回ではありません。


今現在どうかと言えば


未来に対して 希望を持ってます。

正確には 希望を持つ事ができて 

わくわくしてます。

まだおおくのこをかけませんが一部もう書いてもいいかなともうことだけ

笑い話として書いておきます。



何ヶ月か前にある政党の推薦を受けようと思い応募しました。


面談まで行きましたが落とされました。


これを周りに話せば

当然無理でしょ
という人しかおりません。

普通なら、これをトラウマとして

人に話す事はもちろん、
いうことすらはばかれますが
幸い私にはあまり恐怖がありません。



そして、結果論で言えば


その政党から出馬しようとした人が
結果的に世の中から叩かれる結末になった

という事です。

私と違い、学歴も素晴らしく

まさかこんな人が
自分達に迷惑をかけるとは政党も思わなかったはずだし

仮にですが

私とその人が選択肢としてあった場合

ほぼほぼ私以外を選択するはずです。


これは可能性論を説いてます。


世の中に受け入れられるほうはどちらか?

スキャンダルにならないのはどちらか?

そういう諸々の可能性論です。


これが前回の問題のドアの本質です。


何故そのドアを選んだのか?


それはそちらの方が可能性として高いと

思ったはずだからです。



結果は先に述べたとおりですが
私からすると

私のことも選ばなくて正解だと思ってます。


そして、もう一つ


本当に世の中を変えたいと思うなら
自分で政党を作るつもりの気持ちで
なければ無理だと思いました。


議員と言っても結局、
政党に属していればサラリーマン同様である事。


最後になりますが


世の中がこんなんだから夢や希望を持てない

もしくは

何もできないのではなくて


それは自分自身が勝手にそう思い込んでいる事。

誰かが何かをしてくれて良くなることを想像してはいけません

苦難という恐怖から逃げてはダメだということです。


後進国の若者が未来が見えないなんてうつになってるでしょうか。


アフリカや南米をはじめとした後進国から
多くのプロサッカー選手が生まれ

皮肉にも先進国の若者に夢を与え続けています。


今そこにある恐怖は、安心で安全で生活を脅かさない環境が

結果的に自分をむしばむ病魔であるとまとめさせていただきます。


心を壊し続けなければならない

それが開くまで

ルーミー(13世紀詩人)


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