見出し画像

作詞成功体験:風が吹く瞬間

 もうあれはそうとしか言いようがない。いきなりわけわからない事を言ってるけど、会話に指示語が入りすぎると老化現象なので気をつけてほしい。90代の祖母はとても元気だが、少し大げさに言えば「あれがねぇ、そうそう・・・あれであれよ。」みたいなことを言う。まったくもって何を言っているかわからない。単語が思い出せないらしいのだが、だからといって指示語ばかり使っては相手に伝わりづらい。指示語だけで伝わるのはBackstreet Boysの "I want it that way" くらいだ。(ずいぶん昔の大ヒット曲だけど、"I want it that way"=それをあんなふうにほしい っていう意味。)

 私の言わんとするあれは、うまく作詞ができたときのこと。作詞の成功体験についてちょっと書いてみようと思う。

 それなりに作詞経験を積むと、まあ70~80点くらいの歌詞はなんとなく書けるようにはなる。(とはいえ私は100点満点の歌詞が正解だとは思っていない。)だいたいの人が読んだら意味が分かる、歌唱する人のらしさや方向性はある、サビになんとなく良いワードがある、きちんとメロディーに乗ってる、歌詞がまとまってる、などなど。もちろん、いやいまいちだろうって日もあるけども。でも頑張れば及第点くらいの歌詞は書けるようにはなるわけだ。ところが及第点だからといって、その歌詞がいい歌詞とは限らない。どんなにいい歌詞を書いていても、コンペで選ばれるとは限らない。たった1フレーズでも忘れられない言葉があればそれで勝ちだし、めちゃくちゃでもそれでいい。点数なんか凌駕する魅力があれば、それだけでいい時もある。

 じゃあその”いい歌詞”って何?と聞かれれば、申し訳ないがこれは結構「感覚」だと思う。万人に「なんかいい」と思わせるのがヒット曲。選ぶ人の心に残るものがいい歌詞。人に習えるのは高得点を取れる歌詞の書き方。でもいい歌詞の書き方って、結局自分で試行錯誤するしかないんだよね…というのが持論。だけど、いい歌詞を書いたときの「自分の感覚」だけは覚えてる。その時に風が吹くんだ。

 歌詞はたいていパソコンで書く。そうすると音源を聞きながら、モニターに映し出される文字を見るわけだけど、当然それは平面。だけどいい歌詞が書けたときは、2Dの世界が急に3Dになる。歌詞が立ち上がる。本当の意味で文字が歌詞になる。あの感覚は本当に気持ちいい。

 音源を数回聞いただけで、ふっと湧いてくるように言葉がすらすら出てくるときもあるし(俗にいう降ってくるってやつ)悩んで考えて調べてやめてもう一回向き合って、長い葛藤の末に組み合わせた言葉が動き出すときもある。あの風が吹く瞬間。そろそろ味わいたいと思いつつ、今日も苦悩している。ああ、作詞が進まない…

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?